読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

うさるの厨二病な読書日記

生涯中二の着ぐるみが、本や漫画、ドラマなどについて好きも嫌いも全力で語ります。【ネタバレ前提です。注意してください】

follow us in feedly

≪ドラマ≫ 「ゆとりですがなにか」 最終回感想

【スポンサーリンク】

 

宮藤官九郎脚本のドラマ「ゆとりですがなにか」の感想です。いよいよ今日で、最終回です。

 

坂間正和が余りにも恰好よすぎる

最終回の感想は、ひと言でいえばこれです。

なんなんだ、この恰好よさは。

茜ちゃんが羨ましすぎる。できるものならば代わって欲しいです。

 

茜ちゃんが早川さんとのことを言っちゃった後の怒り方

「いやいや、分かっているんだよ。あの時は別に別れているときだったし。きみはモノじゃないし」

とか、言いながら真夜中にサイレンのように叫ぶ。

あんなに怒って傷つくくらい、茜ちゃんのことが好きなんだよね。

 

でも頭の中では正論が思い浮かぶし、自分は男で相手は女だから怒るに怒れないし、男だから泣くに泣けない。

こういう立場のときの男の人って、本当に気の毒だと思います。

女子のように、感情を丸ごと相手にぶつけるわけにはいかないんですよね。

 

だいたい、こういう感情の発散ができないところに追いつめられた男性って、逃げ出すっていうパターンが多いような気がするのですが、正和が恰好いいのは、そこで自分の感情に自分でけじめをつけたところです。

 

「あんなことで、茜ちゃんに負い目を感じてほしくねーし」

 

って、ドラマ史上、過去最高に恰好いいセリフだと思います。

 

現実として考えれば、茜ちゃんはやっぱり早川さんとのことは、お墓の中まで持っていくべきだと思います。

告白することで茜ちゃんの気持ちは楽になりますが、言われたほうは無茶苦茶苦しみますから。

「まーちんが傷つかず、自分が傷つく方法」

は、言わないで自分ひとりでその秘密を抱え込み続けることだと思います。

 

自分の苦しみを告白することで、正和に背負ってもらって、しかもやまじにまで背負ってもらおうとする茜ちゃんは、確かにずるいなと思います。

でも今までの物語の積み重ねで、それは自分の保身からきているずるさじゃない。

早川さんとの関係を自分ひとりで抱え込むには、茜ちゃんは余りに正和のことが好きすぎるんだ、ということが伝わるので、

「ああ、それは黙っていられないよね。傷つけたあとも、傷つけたくないって言っちゃうよね」

と思えます。

 

物語を描く、人物を描く、ということはこういうことだと思うんですよね。

「正論」という見地から見れば、「いろいろと矛盾している」と思うことでも、

その人物をしっかり描けていれば、

「この矛盾があるからこそ、この人なんだ」と思えます。

 

 

それに比べて「真田丸」の北条氏政は……。

まあ、このあと「真田丸」も見ますけれど。 

saiusaru.hatenablog.com

 

 

そしてまりぶは相変わらず、自分以外のことでは常にマトモなことを言います。

 

「お前ら、二人で話し合え」

 

そうなんですよね、この二人、もっと真正面から話し合えばいいのに。

 

 

「他人の間違いを許せる大人になってください」

やまじが四年二組の子供たちに言った、このセリフがこのドラマのテーマです。

仕事をなめきっていた山岸を、早川さんと関係を持った茜ちゃんを、自分を騙してぼったくったまりぶを、接待を受けて契約先を乗り換えた野上さんを、不倫をして自分を捨てた父・麻生さんを、ずるい女である悦子先生を、許せるのかどうか。

 

人は誰でも弱いところがあるし、卑劣なところも、ずるいところもあると思います。

誰もが持っているそういうところを許し合いながら生きていけるかどうか、

そういうお話しだったと思います。

 

人を許したり、他人のダメな部分を受け入れたりすることが苦手な主にとっては、けっこう考えさせられるテーマでした。

自分が正和の立場だったら、茜ちゃんを許して受け入れられるかどうか、それひとつをとっても、かなり考えさせられます。

 

でも正和を見ているときは、坂間正和と宮下茜というキャラクターから、七年半付き合った歳月の重みや絆が感じ取れるので、その場その場の言葉だけの理屈ではなく、

「許してあげて欲しい。茜ちゃんの弱くてダメな部分も受け入れてあげて欲しい」

と思えます。

 

こうやって他人の弱い部分を受け入れながら、自分の弱い部分も許してもらえることに感謝しながら生きていくことが「大人になる」ということなんだなあ、と思えました。

 

 

「ゆとりですがなにか」総評

今期最高のドラマどころか、

今まで見たドラマの中でも一、二を争う素晴らしいドラマでした。

一番いいなあと思った点が、

「普通に生きている人たち」に対するクドカンの深い敬愛です。

 

このドラマは、ごく普通の人たちがごく普通の日常を送るだけのドラマです。

 

普通に仕事に行って、普通に失敗したり落ち込んだりして、普通に部下ともめたり、取引先とうまくいかなくなったり、普通に恋愛して、普通にうまくいかなくて、普通に友達になったり、普通に遊んだり飲んだり、普通の出来事が普通に描かれています。

 

医療現場でもないし、裁判もないし、殺人事件も起こらないし、運命の大恋愛も起こらない。

 

恰好よくもスーパーマンでもない、弱さも狡さも持つ普通の人たちが、

ただひたらすら毎日、平凡な日常を積み重ねて生きることそのものが素晴らしいことなんだ、

そんな風に思えるドラマでした。

 

毎日毎日一生懸命生きる全ての人に、クドカンから贈られた最高のエールであり、人間賛歌だと思います。

 

毎週、とても元気をもらい、勇気づけられました。

製作陣の皆さんも出演者の皆さんも、お疲れ様でした。

記憶に残る素晴らしいドラマをありがとうございました(^◇^)