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うさるの厨二病な読書日記

生涯中二の着ぐるみが、本や漫画、ドラマなどについて好きも嫌いも全力で語ります。【ネタバレ前提です。注意してください】

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≪ドラマ≫ SKE48松井珠理奈主演ドラマ「死幣」 第五話あらすじ&ネタバレ感想

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SKE48松井珠理奈主演ドラマ「死幣」第5話のあらすじ&ネタバレ感想です。

第4回のあらすじ&ネタバレ感想はコチラ↓

saiusaru.hatenablog.com

 

第5話あらすじ

由夏と若本は、江栗馬村の生き残りである山岡紫乃から「死幣の因縁」の話を聞く。紫乃は「死幣の呪いは、三十年前に村で死んだ夏子という女性によるものだ」と二人に伝える。

夏子は早くに両親を亡くしたために、紫乃が実の娘のようにかわいがっていた。

しかし村長の息子と無理やり結婚させられそうになったために、18歳のときに逃げるようにして村を出て東京に行った。

東京に行った夏子は、そこで知り合った男性との間に子供を二人作ったが、夫に無理心中を強いられたため、二人の子供を連れて江栗馬村に戻ってきた。

しかし戻ってきた夏子に、江栗馬村の人々は冷たかった。仕事にもつけず、生活は困窮を極め、最後の頼みの綱である「七里」を使うことも断られた。

夏子と二人の子供は、ついに蛾死する。

その夏子による怨念が、死幣の呪いの原因だと紫乃は二人に伝える。

 

一方、株でわざと損失を出し、死幣を受け取った灰谷は、死幣を電子マネーに変えることによって呪いを避けられるでのはないかと考えた。

しかし死幣の呪いは灰谷に降りかかり、灰谷は食べ物を喉につまらせ窒息死する。

灰谷の死後、若本は由夏に「死幣のことを、ゼミ合宿の前から調べていた人間がいる」と告げる。

その人物とはゼミの教授である、財津だった。

 

 

第5話ネタバレ感想

今回で「死幣」の呪いの因縁が明らかになりました。

これは、ちょっと評価が難しいです。

このドラマだけ見ると、描写があっさりしているので、かなり拍子抜けすると思います。

本来であれば、ここはかなり力を入れて欲しいところですが、地上波だと描写に限界があるかもしれませんね。

夏子は村八分になっていたわけですが、「これは呪いが起きても当然」というレベルまで描くか「大人の判断をして、ソフトな描写にするか」というのは難しいところです。

村八分の描写については、けっこうえぐい描写の仕方をしている創作物がかなりあるので、これで代替補完するといいかなと思います。

読んだことはないけれど、「夜見の国から」などがかなり踏み込んだ描写をしているようなので、この辺りの村八分の様子とか、「親なるもの断崖」で元女郎という境遇の梅のいびられっぷりなどで脳内補完するといいかもしれません。

 

夜見の国から?残虐村綺譚?上

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親なるもの断崖 第1部 (宙コミック文庫)

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 「親なるもの断崖」は、ぜひたくさんの方に読んで欲しいです。

遊郭に売られた少女たちの、苛酷な運命の物語です。

 

 

閑話休題

夏子親子の餓死の描写も、遺体の様子や室内の様子を見るとまったくリアリティーがないのですが、この辺りも大人の判断なんでしょうね。

こういう点を見ると、ホラーを地上波でやるのって難しいなと思いました。

 

「七里」の制度は、現代の生活保護の制度を当てこすっていると思うのですが、日本人は昔から「お上にお世話になるくらいなら、娘や女房を女衒に売ったほうがマシ」という、それくらい自己責任論が強いらしいです。

これは、国の成り立ちや思想、主に宗教観(宗教ではなく)の違いが大きいと思います。

例えばドストエフスキーの小説では、恐らく知的障害があるホームレスのような状態の女性を「神がかり行者」として町全体で、とても大切に扱ったりする描写があります。

その女性が裕福な夫人にパンを恵んだりしても、裕福な夫人がありがたくいただいたりするんですよね。

そういう「他者への無償の愛が尊いもの」という考えが、思想の基盤としてあるのかどうかという点が大きく異なるのだと思います。(それが実行できるかどうか、賛成するか反発するかはまったく別として。)

個人的な考えでは、日本人の場合は敗戦によって、自分たちの宗教観や思想が一回根底から破壊されているので、さらに難しいと思います。

思想や宗教観があるにしても、それは個々人のレベルでしかなく、民族全体としては、歴史上培われたはずのアイデンティティが喪失しているのが今の日本の大きな問題ではないかな、という気がします。

 

灰谷VS由夏のような構図はネットでもよく見ますし、警鐘を鳴らしている人も多く見ますが、これはもう、個人レベルでやっても仕方のないことだと思います。

「自分には何の関係もないのに、なぜ夏子を助けなければならないのか」という問いに対して「困っている人を助けるのは、当然ではないか」という回答を個人レベルではなく、社会全体が答えられる土壌が今の日本にはないのだと思います。

なので、先日の相模原の事件のようなことが起き、それに賛同する意見を言う人が出てくるのだと思います。

その人たちに個人レベルで意見を言っても、究極的には「価値観の相違」にしかなりません。

その人たちに対して、「なぜ、それがいけないことなのか」ということを答えられるような社会に自分たちがしていかなければならない、そういうことだと思います。

 

灰谷は「死幣を電子マネーに変換すれば、呪いの効力は失われるのでは?」と考えましたが、そう考えた理由がよく分かりません。

呪いは物質ではなく念なのだから、物質であろうがデジタルであろうが、使用(消費)すれば念は発動すると考えるのが当然じゃなかろうか?と思うのですが。

なので、「両替して、両替したほうのお金を使用する」というのもアウトだと思います。(使用しているから。)

確かに考察してみないと確実なことは分かりませんが、どう考えても自分の命を賭けてまでする考察ではないと思いますよ。

 

夏子親子は気の毒だとは思いますが、結局は私怨なので、「死幣は、(お金があることが強いことという)その愚かさを気づかせるために、私たちの前に現れたのかもしれない」という風に、無理にいい話にしなくていいと思います。

そんなに人のためを思っている死幣なら、夏子と似た境遇だった一恵は許してあげても良かったじゃん( ノД`)

 

そんな人間の解釈とかが介在する余地がないものだから、怨念や呪いは怖いものなのだと思います。

この由夏の言葉に対しては、主も灰谷と一緒で

「ちょっと言っている意味がよく分からない(;´・ω・)」

と言いたいです。

この灰谷の言葉を聞いた瞬間、なぜか爆笑しました。

このドラマは、ちょいちょい爆笑のツボがあって面白いです。(自分だけかもしれませんが。)

 

財津教授がフォーカスされたり、若本と敵対する警察の人間が出てきたり、なんだかんだ言って来週も楽しみです。