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うさるの厨二病な読書日記

生涯中二の着ぐるみが、本や漫画、ドラマなどについて好きも嫌いも全力で語ります。【ネタバレ前提です。注意してください】

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「君に届け」にみる女子のプリンセス願望と、女性にとっての自己実現。

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先日読んだこの記事が面白く、とても興味深かった。

papuriko.hatenablog.com

 

自分が理解した限りでは、「闇を抱える男性から、どんな目に合わされても超人的な耐久心で耐え、傷ついたその男性の心を母性で癒すことで、いつかその人のオンリーワンになれる。そういうファンタジーによって、不幸になっている女性が存在する」という話だった。そういった女性の恋愛観に影響を与えた漫画として、「彼氏彼女の事情」と「フルーツバスケット」という人気漫画があげられている。

 

この幻想にはまる女性がなぜ、それを幻想とは気づかずいつかかなう現実だと信じるのか。

この幻想は男性側からも十分、成立しうるからだと思う。成立しうるのだからファンタジーとは言い切れない。それが厄介な点だ。

男性側から成立している例として、ブコメでベルセルクのガッツとキャスカの例をあげていた人がいたが、自分の意見としてはこの典型例はダイの大冒険のマァムとヒュンケルだと思う。

 

saiusaru.hatenablog.com

 

つまり「傷ついて闇を抱えた男性の心を癒すことによって、その男性のオンリーワンになれる」という物語は、女性側の単なるおとぎ話ではなく、男性側にもニーズとして、存在しているということだ。(*男性全員がそういうニーズを持っているわけではなく、持っている男性も存在しうるという話。)

 

「彼氏彼女の事情」「フルーツバスケット」という話は構造がとても似ている。一口でいえば、「少女漫画という装置の構造と機能を、ギリギリまで先鋭化している」

少女漫画というものは、だいたい似た構造をしている。何故かというと、それがめざす目的が一緒だからである。

 

「周りの女子が魅力的と認める男子に選ばれることによる、自己実現」

 

恋愛をテーマにしているほとんどの少女漫画の目的は、この手法による自己実現を読者に疑似体験させることにある。

 

自分はこういった構造の少女漫画が多いことに、昔から不満があった。

「女というものは、結局、男性から選ばれることでしか自己実現ができないのか?女性自身もそう思っているのか?」

という思いが強くあったからである。

女性だって、冒険に出たり、戦って何かを勝ちうることによって自己実現を果たしてもいいのではないか?

恋愛ももちろん楽しいし、当然、恋愛をテーマにした漫画でも面白い漫画はたくさんある。だが、いくらなんでも恋愛ばかりにテーマが偏りすぎだろうと思っていた。

 

「青空エール」が、自分が今まで読んだ少女漫画の中でも一、二を争うくらい優れた漫画だと思うのは、ひとつはその点にある。

青空エールでも主人公の恋愛は描かれるが、最も重要なテーマは主人公が驚異的な努力によって、初心者でありながら最終的に全国大会で金賞を仲間と共にとるという点にある。

saiusaru.hatenablog.com

 

もうひとつ言えば、恋愛をテーマにすることが気に食わないわけではなく、「恋愛を自己実現の道具にすること」に強烈な違和感があるのだと思う。

恋愛というのは確かに上手くいけば、他者に「この世でたった一人の自分」と認められるのだからすんなりと自己実現できる。だがそのぶん、上手くいかなかったときのダメージも大きい。恋愛をテーマにするならば安易に道具として扱うのではなく、その辺りのキツさと難しさも丹念に描いて欲しい。

この本のように↓

ハッピー・マニア 1 (祥伝社コミック文庫)

ハッピー・マニア 1 (祥伝社コミック文庫)

 

 この漫画以上に、女性の生態がわかるものはないんじゃないかと思う。

 

 

「君に届け」ほど、少女漫画の基本構造が分かりやすい漫画はない。

「彼氏彼女の事情」と「フルーツバスケット」は、少女漫画の構造が極端に先鋭化されていると書いたが、この二作品をマイルドな形にしたのが「君に届け」である。

「君に届け」は、「魅力的な男性に認められることによって、自己実現する少女漫画」の最も典型的な例である。

 

映画化もされた有名な漫画なので知らない人もいないと思うが、一応あらすじを説明すると…。

 

無口で地味で「リング」の貞子に似た容姿をしていることから、クラスで浮いた存在になっている黒沢爽子。対してクラスメイトの風早翔太は、さわやかで友達が多く人気者の男子である。二人は仲良くなり、恋に落ちる。

 

細かいエピソードなどをのぞいたメインストーリーはこれだけである。

ストーリーらしいものがほとんどなく、自分と自分の周りの人間の心象風景だけを延々と描き続けるというのも、この構造の少女漫画の大きな特徴だと思う。

 

「君に届け」に類する少女漫画の構造は、だいたい同じである。(*細かい差違はある。)

①主人公の少女は平凡かそれより少し上程度、もしくは冴えないタイプである。

②相手の男子は、異性にモテるタイプである。

③非常に献身的な同性の友人が、たいてい一人か二人いる。その友人は、決して主人公のことを裏切らない。

④主人公に恋愛のライバルがいた場合(友人が兼ねることもある。)、そのライバルと和解したり、別の恋の相手が出てくるなど救済策が用意される。

⑤主人公と相手役、主人公の友人、その相手役などで主人公を中心とした小世界が形成される。

⑥この小世界の中で話の種が尽きるまで、延々と小エピソードが繰り返される。

 

「主人公がその中心に居座る、主人公にとっての都合のいい世界でありながら、誰にも悪く思われず、誰にも攻撃されず、誰にも罪悪感を抱くことのない世界」

 

これがこの構造を持つ少女漫画が最終的に目指す、ユートピアだ。

ちなみにこの世界の外にいるモブにならば、いくら攻撃されても攻撃には入らない。なぜならば、主人公は自分が作り上げた世界によって、世界外からの攻撃から守られているからだ。

これは言葉を変えれば、「世界で唯一のプリンセスになる」ということだ。全女性の夢や欲望は、結局のところここに帰結するのだろうか。

 

「君に届け」が他の作品と違って巧妙なところは、主人公がこの世界を作るために一見、努力しているように見える点である。

例えば、千鶴やあやねという友達を得るために、爽子は二人の悪口を言っていた同級生に立ち向かうし、恋敵であったくるみと和解するために騙されたにも関わらず、自分から話しかけにいく。恋愛勝者としてくるみに罪悪感を抱くどころか、恋に破れたくるみのほうが「ごめんなさい」と謝る始末だ。

 

「爽子はがんばっている。しかもピュアないい子だ。だから風早に選ばれ、それでも妬まれもせず、みんなから愛されて当然なのだ」

 

というエクスキューズが全編を通して、ぬかりなく配備されている。

かくして、くるみも罪を許され、プリンセスが形成する世界の一員として向かい入れてもらえる。

 

恋愛をテーマとする少女漫画のほとんどは、だいたいこういった構図をとっている。

ただ余りに露骨だと、逆に同性の読者から反感を買う。読み手が主人公ではなく、その周りのモブに感情移入するようになるからだ。個人的な意見だが、青木琴美や北川みゆきは、その辺りを失敗している気がする。

より先鋭化して、周りの人間が主人公の信者のようになってしまっているのが、「彼氏彼女の事情」と「フルーツバスケット」だと思っている。この二作品は、プリンセスどころか女神にでもなろうとしているのかとさえ思える、作者の承認欲求の余りの強さに、薄気味悪さを感じた。

まだしも「同性などすべて敵。必要なし」と割り切っている、青木琴美や北川みゆきのほうが潔くていいと思っている。(話自体は好きではないが。)

 

みんなが魅力的と認める男性に選ばれることによって、世界で唯一無二のプリンセスになる。

それはそれで、とても幸せだと思う。

でも、そうではないことを目的とした生き方を示すような少女漫画も、そろそろ出てきていいと思う。

 

女性にとって自己実現とは何なんだろう? 自分は何のために生きるのだろう?

というテーマは、既に女性漫画では「イマジン」という強烈な漫画がある。少女漫画でも、多種多様なテーマの漫画が出てきて欲しいなと思っている。

イマジン 1 (クイーンズコミックスDIGITAL)

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好きだけど、メッセージ性が強すぎて賛否両論あるのもわかる。 

 

恋愛に依存した自己実現って、結局は相手次第になるから、ゆくゆくは辛くなるほうが多いと思う。

恋愛を楽しみながら、人生の様々な可能性を模索しながら生きて欲しいなと思う。

君に届け コミック 1-26巻セット (マーガレットコミックス)

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