うさるの厨二病な読書日記

生涯中二の着ぐるみが、本や漫画、ドラマなどについて好きも嫌いも全力で語ります。【ネタバレ前提です。注意してください】

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「自分が自分であるという地獄」を、銀河英雄伝説のアーサー・リンチから学ぶ。

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最近、頻繁にお邪魔させていただいているブログがある。

「銀河英雄伝説」の感想を書かれている、妙香さんのファイログというブログ。(*末尾追記参照)

一話ごとに丁寧に粗筋と感想を書かれているので、見ていない人でもちゃんと楽しめる。毎回、楽しんで読ませていただいている。

ぜひぜひ、多くの人に読んで銀河英雄伝説を知って欲しいなあと思う。

 

「銀河英雄伝説」ついては、当ブログでも何回か触れている。

www.saiusaruzzz.com

 

「銀河英雄伝説」を初めて読んだのは、中学生のとき。魅力的なキャラクターが織りなす練りこまれた歴史ドラマを、夢中になって読んだ。

そのあと、成長するにつれて「結局、これって勧善懲悪の話じゃないか」と思って少し冷めた目で見るようになった。

それから何年もたったあと、社会に出て働き、ひと段落したころにもう一度読み直すと、抜群に面白い。

社会を経験した大人には読むにたえない子供向けのエンターテイメント小説かと思いきや、大人になった今だからこその読み方もできる、老若男女楽しむことができる素晴らしい小説だ。

 

今読むと、ラインハルトの傲慢さは天才ゆえというより、二十代前半の若者のリアルな心象に見える。

物語開始当初は「無能は悪だ」と言い切り、部下の失敗に容赦がなかったラインハルトが、キルヒアイスを失ったあと「キルヒアイスだったらこう言うのではないか」とむしろ、失敗した部下を労わったり慰めの言葉をかけたりするようになる。

それはまさに、自意識過剰で自分以外の人間の気持ちや環境がよく分からず大きな口を叩いていた若者が、年をとるにつれて世の中には色々な人がいて、色々な気持ちを抱えて生きているのだと学んでいく、その過程だ。

 

銀河英雄伝説は娯楽小説に徹するために、キャラクター造形が極力単純になっているが、その底にはちゃんとリアリティが基盤として置かれている。

だからこそ、それほど深い心象が描かれていなくても、キャラクターが魅力的なのだろうと、大人になってから思い至った。

 

先日、妙香さんのブログで読んだのは第24話である。

知らない人のために軽くあらすじを説明すると、

 

銀河英雄伝説では、専制国家の銀河帝国と民主主義国家の自由惑星同盟が長年、戦争を続けている。銀河帝国で産まれた主人公ラインハルトは、自分が帝国を倒して皇帝になろうとしている。そのために権力を持っている貴族を倒そうとしているが、その内乱中に、自由惑星同盟に攻めてこられないように、自由惑星同盟内で軍事クーデターが起こるように陰謀をめぐらす。

軍事クーデターを起こすために、捕虜になっていた元自由惑星同盟少将のアーサー・リンチに計画書を渡し、制服軍人ナンバー2のドワイト・グリーンヒル大将をそそのかすよう指示を出す。

まんまとこの計略にひっかかってグリーンヒル大将がクーデターを起こし、そのクーデターを自由惑星同盟側の主人公ヤンが制圧したのが第24話のあらすじである。

 

自分は実は、昔からこの唾棄すべき卑劣漢(このフレーズは、銀英伝でよく出てくる)であり、裏切者のリンチのことが昔から気にかかっていた。中学生ながら、自分には何となくリンチの気持ちが分かった。

大人になってから読むと、ますます同情の気持ちがわいた。自分がリンチの立場だったら、まったく同じことをしそうな気がする。

たぶんそれは、自分が子供のころから、とてもコンプレックスが強い人間だからなのだと思う。

このアーサー・リンチ少将を例に出しながら、「自分が自分であるという苦しみ」について語りたいと思う。

 

唾棄すべき裏切り者の卑劣漢、リンチの人生

そもそもこのアーサー・リンチは、銀河英雄伝説では端役である。端役であるが重要な人物である。

何をした人物かというと、

 

エル・ファシルという星系で帝国軍の大軍に囲まれたとき、守るべき民間人を部下であるヤンに押しつけてとっとと逃げ出したが、帝国軍に捕まり捕虜になった。

 

という人である。

悲しいほどの小物ぶりである。

この結果、エル・ファシルから民間人を連れて脱出した主人公のヤンは「エル・ファシルの英雄」と呼ばれるようになり、その後大出世を遂げるようになる。この件がなければ、ヤンが将官になり艦隊を指揮する立場になるのは、かなり先になったと思う。(というか、その前にヤンは軍人を辞めたと思う。)

「軍が民間人を見捨てた」という事実をもみ消すために、ヤンをことさら「英雄」として喧伝し、出世させたという裏話があるところが、銀英伝の面白いところである。

 

つまり、身をもって主人公のヤンを歴史の表舞台に押し出した人物なのである。

 

リンチはこれと引き換えに、今までの人生のすべてを失った。

故郷では「民間人を見捨てて逃げた、最低な男」として津々浦々まで知れ渡っている。恐らく、自由惑星同盟に残された妻子は、非常に辛い目にあっているだろう。子供はどこに行っても「あいつは裏切者で卑劣漢のリンチの子供だ」と言われるだろう。

「カラマーゾフの兄弟」のイリューシャのように、たった一人「お父ちゃんの悪口を言うな」と大勢を敵に回して戦っているかもしれない。(泣ける。)

 

銀河英雄伝説は歴史小説の態をとっているので、たまに後世の歴史家の記述が出てくる。

ヤン・ウェンリーの名前は当然のように歴史上で語られているのだが、リンチの名前も「ヤンがエル・ファシルの英雄となるきっかけを作った、無能な上司」ということで出てくるだろう。

「自業自得」と言えばその通りなのだが、一体、リンチがこれほどの罪を犯したのかと思えるほどひどい話である。

フレデリカなど実際に見捨てられた民間人や部下は、リンチのことを八つ裂きにするなり、気が済むまでぶったたく権利があると思う。自分たちの命が危険にさらされたのだから。

しかし、何も被害を被る立場にない人間が、軍隊という組織ならばともかく、リンチという個人をそれほど責めて貶める権利があるのか。

中学生だった自分は、「気持ち分かるよ。自分だけは卑劣漢とは言わない」と心の中で言い続けた。

 

「自分が自分であるという地獄」

真性厨二だったころ、自分が他人よりも劣った存在だと思えて仕方がなかった。自分の価値を感じることができなかった。

厨二特有の自意識から「自分が自分であること」に苦しんでいた自分は、リンチにいたく同情していた。

他人からは逃れることはできる、でも自分からは永遠に逃れることができない。

幸い、自分は厨二特有の自意識過剰ゾーンを脱すると、「自分であること」にそれなりに慣れることができた。何より、こんな自分にも価値を見出してくれる人がいることが大きかった。

今はどんな天才だろうが、お金持ちだろうが、「自分以外の誰か」になどなりたくない。「自分は自分が一番いい」年をとればとるほど、そう思えるようになった。

 

ところがリンチは違う。彼はほとんど全世界から、「お前は卑劣漢の裏切者だ」という自分像を押しつけられている。

そして何よりも、リンチ自身が誰よりも「自分が卑劣漢の裏切者だ」と思い込んでいるのだ。他の誰よりもリンチ自身が、自分を生きている間ずっと、自分自身を責め、終わることなく断罪し続けている。誰よりも自分が自分の価値を認められず、唾をはきかけているのである。

 

これは想像を絶する地獄である。

 

自分にとって自分が苛酷な拷問官なのだ。自分とは離れられないのだから、終わることのない拷問が死ぬまで続くのだ。

この物語の中で唯一、リンチに同情的な見解を示すのがクーデターの首謀者として騙されたグリーンヒル大将である。

「もともと君を買っていたし、今回も失地回復のチャンスを与えるつもりだった」というようなことを言う。そして何のためにこんなことをしたのか、金のためか?と問われて、リンチはこう答える。

「それもあるが、騙されたと知ったときのお前たちの顔が見たかった」

「自己の正しさを信じてうたがわない人間に、弁解しようのない恥をかかせてやりたかった」

自分はリンチがこう言った気持ちが、ものすごくよく分かる。分かりすぎて、涙が出るほどだ。

逆にグリーンヒルの他人の感情に対する鈍感ぶりに、腹が立つ。

「失地回復」などできるはずがないのだ。問題なのは、「他人からの評価」ではなく「自分に対する断罪」なのだから。

「社会的な成功を収めれば、君の苦しみも帳消しにできるだろう?」という言葉は、リンチが味わった「自分自身でい続けなけれなならない地獄」に対する侮辱である。

 

自分が味わい、今も苦しみ続けていることは、そんなものじゃない。お前も味わってみればいい。それがどんなものか。「正しいという信念からの行為が、実は敵軍の利益のためだけに騙されただけだった。そんな自分であり続ける」という苦しみを味わってみろ。

 

自分がリンチでも同じことを思う。

そしてそんな露悪的な思いのさらに奥底には、誰も救うことも癒すこともできない痛みを、せめて誰かに知って欲しい、ただ自分の苦しみを知って欲しいという思いがあったのだと思う。

このブログでも何度も書いているが、「他人の自尊心を傷つける」ということは人間が人間に対して決してやってはいけないことである。それは「魂の殺人」である。

リンチはなるほど、職務を放棄した。その行動は非難されるべきであり、処罰されるべきである。でもそれ以上、リンチの人格を裁いたりしては決していけない

それは殺人と同じくらい、人が人に対して決してしてはいけないことだと信じている。

 

「自分が自分である苦しみ」というテーマで、アガサ・クリスティが「暗い抱擁」という傑作を書いている。

その中で主人公のゲイブリエルが「イヤゴーに同情する(シェークスピアのオセロの中で、オセロを騙して陥れた男)」というシーンがある。

このセリフから始まる、ゲイブリエルの独白にはすさまじい力がある。「自分が自分以外の何者にもなれない」という、魂の苦しみからの絶叫と言っていい。

 

「君がイヤゴーの何を知っている? あの地獄行きの卑劣な小男について、何を知っているんだ? 金のことばかり念頭にあり、しかも自分が常にどんなに下らない人間であるかを意識している……そんな男に生まれたらどんなに惨めか、想像してみるがいい。それは生き地獄だよ。イヤゴーはオセロになりたかった。勇敢な軍人、清廉潔白な男に。でも、背中が曲がる病気の人間が真っすぐな背中を持てないように、イヤゴーはオセロになれなかった」

 

ごく一部の抜き出しであるが、こんなことを話している。(実際は五ページくらいにわたって喋っている。)

そして、「シェークスピアは最初は腸まで腐りはてた悪人を描くつもりだったが、恐らくイヤゴーの苦しみを知り、気の毒に思っていた。だから、彼の誇りである沈黙だけは残したのだ」と語る。

自分は、リンチが「騙されたと知ったときの、お前らの顔が見たかった」「自己の正しさを信じてうたがわない人間に、弁解しようのない恥をかかせてやりたかった」と言ったとき、ゲイブリエルのこの言葉を思い出した。

恐らく、田中芳樹もリンチの苦しみを知っていたのだと思う。そうでなければリンチの答えはああはならない。

 

民間人を見捨てて逃げ出し、卑劣漢の烙印を押され、誰よりも自分自身を責め続けたリンチの生き地獄の苦しみを、田中芳樹はたぶん知っていた。

だから最後に、「その苦しみを知ってくれ」と言わせたのだと思う。

 

「銀河英雄伝説」がなぜ、これほど長く愛され続けているのかという理由は、自分はこの辺りにあると思う。

「自尊心を破壊された苦しみ」なんていうのは、娯楽小説には似合わない。だからリンチも多くは語らない。クーデターが鎮圧された途端、アッという間に死に、アッという間に存在を忘れられ、物語は何事もなかったように進んでいく。

しかし物語的には「ヤンをエル・ファシルの英雄にするためだけに登場し、クーデターを画策してアッというまに死んだ」リンチに対して、作者は恐らく深い共感を寄せている。物語の中で唾棄すべき卑劣漢と罵られるだけだったリンチを、作者だけは理解し、その心情のままに生きさせ退場させている。

 

そういった決して英雄ではなかった人間に対する共感や理解が根底にあるからこそ、銀河英雄伝説は傑作たりえたのだ、と大人になったいま改めて思う。

 

(2017年2月9日追記)

冒頭でご紹介した秋吉妙香さんが運営されていた「ファイログ」は、現在は閉鎖されています。「銀河英雄伝説」を心の底から愛していた素晴らしいブログだったので、とても残念です。

リンクは削除しましたが、そういうブログがあったことを「銀河英雄伝説」を愛読されているかたに知っていただきたいと思い、文章は執筆当時のまま残しました。

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暗い抱擁 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

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 クリスティーは推理小説だけじゃなく、普通小説も傑作ぞろい。

 

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