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うさるの厨二病な読書日記

生涯中二の着ぐるみが、本や漫画、ドラマなどについて好きも嫌いも全力で語ります。【ネタバレ前提です。注意してください】

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「遊び人にだまされそうなお嬢さま」は、本当にだまされそうなのか?

うさるごと

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自分はネットで人生相談を見るのがけっこう好きなのだが、特に好きなのは恋愛相談だ。

「既婚者を好きになって付き合っていますが子供を産んでくれと言われます。彼に愛はあるのでしょうか?」とか「高校生ですけれど、同い年の彼氏が毎日死ぬ死ぬ言っています。わたしにできることは何かありますか?」とか、「本当にこんなことがありうるのかいな?」という相談から、「いやいや、他人に相談するまでもなく分かるでしょう」という相談まで色とりどりだ。

他人の思惑というのは、自分の想像の限界を軽く超えてくる。

 

最近見た恋愛相談でこんなものがあり、興味を惹かれた。

 

アルバイト先で出会ったお客さんに誘われて、ご飯によく行くようになった。その人は三十歳手前くらいで、大企業に勤めている。自称遊び人で、何人もの女性と付き合い、ありとあらゆる遊びを経験してきたと言っている。

自分は大学院に通っている二十代前半。男性と付き合ったことはあるが、深い付き合いにならなかった。割と裕福な家庭で育った奥手なお嬢さま。

男性は食事代は必ず出してくれるし、送り迎えもしてくれる。支払い方も女性の扱いも気配りの仕方もスマートで、こんな男性は初めてでとても心惹かれている。

男性はかわいいなどと褒め言葉も言ってくれ、何となくいい雰囲気になる。自分が告白されてきちんと付き合っていない人とはそんな関係にはなれない、というと、大人の恋愛では告白はそんなに重要視されないと言われる。

女性と遊びの関係も繰り返してきたというこの男性は、自分のことをどう思っているのだろうか? 自分は本気で好きになってもらいたいのだが、どうすればいいと思いますか?

 

という内容。

コメントは案の定、「深入りしないほうがいい」が大多数を占めていた。

確かに、客観的に見ると突っ込みどころが満載な内容だ。

本気で付き合いたいと思った女性に「女性と死ぬほど遊んでいる」とは言わないだろうとか本当に付き合いたいのなら、告白を匂わされたときにきちんと告白するだろうとかそんな意見が並んでいた。

「自分のことをどう思っているのか?」というのは、「落とすターゲット」くらいなんではないの?という意見が多数だった。

他人事として読めば、どう考えてもそうとしか見えないのだが、やはり恋は盲目なのだろうか。

 

「初心で奥手で世間知らずなお嬢さまが、ゲスな遊び人にだまされそうになっている」

 

どこかで聞いたような話だが、相談文の応酬が全体的にそんなトーンになっている。その応酬を眺めていた自分も、まあそういうよくある話なのだろうと思っていた。

このままの状況が続けば、いずれお嬢さまは根負けして落ちるだろうし、「自分は遊び人だ」「告白はしない」という予防線をしっかり引いた男は

「オレが遊び人だっていうことを知っていて、君は自分の意思でオレと関係を持ったんだよね? 告白していないから、オレには何の責任もないよね?」

という建前をもって、フェードアウトしていくのだろう。

そういう結末がありありと思い浮かぶので、アドバイスを求められた以上、誰もが必死にお嬢さまを止めていた。

 

そんななか、自分はひとつの意見に目を奪われた。

 

「そんなギラギラした男が近づいてくるということは、あなた自身が別に奥手のお嬢さまでもなんでもなく、その男と同じようにギラギラしているということだよ」

 

自分はその意見を見たとき、天啓のように事の本質が分かった。

自分の目から見たこの相談は、「肉食獣が今まさに、疑うことを知らないウサギをだまして食べようとしている」というものだった。

しかし実は、このお嬢さまもこの男を純粋に心惹かれているわけではなく、この男がお嬢さまを見るような眼で、またお嬢さまもこの男を眺めているのにすぎないのではないか。

 

戦闘力が弱いと見せかけたお嬢さまは実はとんでもない潜在能力を秘めており、この二人は、恋愛というバトルフィールドで互角の戦いを繰り広げているのではないか。

 

よく考えてみれば「自称遊び人」が、「初心なお嬢さま」にここまでこだわるのも変な話である。遊ぶにしてはもっと手軽な相手がいるだろうし、本気で惚れこんだにしては態度が適当すぎる。

実は遊び人も「初心で奥手なお嬢さま」の仮面の底に、自分が全力で相対する何かを認めたのではないだろうか。自分の全遊び人能力を解放しなければならない、みたいなね。

って、書くと、剣豪同士の真剣勝負みたいでかっこよく聞こえる。

 

こう想像すると、こういうのも遊びなんだか真剣なんだか訳がわからなくなる。「死ぬか生きるか」「斬るか斬られるか」「落とすか落とされるか」みたいな。

モテ力が半端ない人は、凡人のように「遊びか本気か」という風に恋愛をカテゴライズしていないのかもしれない。

 

自分のモテ力を総動員しなければ戦えない相手を求めている。

 

上記の相談でも海老蔵が例に出ていたけれど、自分が小指を動かしただけで落とせる女ばかりでつまらなかったところに、米倉涼子が現れたのかもしれない。

ついに自分が全力で相対すべき相手が見つかった、みたいなね。

すべての恋愛力を出しきり消耗したときに、出会ったのが小林麻央だったのだろう。

 

つまりお嬢さまと遊び人、海老蔵と米倉涼子は剣豪同士。

恋愛力が凡人の目から見ると、それは遊びの恋愛だという定義になるが、実はのるかそるかの真剣勝負なのでは?ということが言いたかった。

「ベルセルク」でいうとガッツは真剣にグリフィスと戦い、キャスカを守る。どっちも真剣なのだ。戦う相手か守る相手かが違うだけで。

 

「だまされそうなお嬢さま」は、実は遊び人の潜在能力が探し当てた、最強の剣豪だったのではないか。

そのあとの展開はまったく知らないのだが、ぜひ、倒されないで戦い続けているよう応援している。

 

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