うさるの厨二病な読書日記

生涯中二の着ぐるみが、本や漫画、ドラマなどについて好きも嫌いも全力で語ります。【ネタバレ前提です。注意してください】

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「半年、ROMってろ」がなつかしい。

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少し前のことだが、ある記事について久しぶりにひどいコメントをもらった。

ある人物に対する差別用語の混じった、ひどい人格攻撃のコメントだ。

恐らくはその人のアンチなのだろう。

このサイトは自分の責任で人格を傷つけるコメントを記載することをいっさい認めていないので、承認していない。

 

自分は、今も昔も、こういった他人の人格を平気で傷つけるような行為を心の底から憎んでいるし、認めてもいない。

他人の言動を批判したり、非難することは自由だと思っているが、他者の人格を傷つける言動は、リアルだろうがネットだろうが認めることはできない。

 

こういう大前提にたった上で読んで欲しいのだが、

 

実はそのコメントを読んだときに、何だか懐かしい感情もわいた。

 

今のように老若男女問わずネットを使うようになるとは思わなかったころ、そのころのネットはそこかしこでこんな言葉が見られた。

怨嗟がうずまくドス黒い感情の群れが、汚水のように轟々と流れている。

そんな場所だった。

その濁流を遠くからずっと眺めていたこともある。

 

ネットの中では、恐らくリアルでは一生、音声化しないだろう、そして一生音声化して聞くことはないだろう言葉が溢れかえっていた。(そんな言葉しかないのではないか、と思えるほどだった。)

 

いつもニコニコ微笑みを絶やさないあの人も、

大人しくてほとんど無駄口をきかないあの人も、

いい加減なことを決して言わないあの人も、

 

本当は、みんなこんなドス黒い、何かを傷つけ嘲笑することでしか癒されないような感情を抱いて生きているのだろうか。

 

ネットを始めたときに、自分が一番初めに感じたことはそういうことだった。

「こんな便所の落書きのような、汚水のような感情を抱えて、それを現実では一生話すことはなく、みんな生きているのか」

 

そして、自分も心のどこかにまったく同じ感情を持っていることに気づいた。

 

「ネットでゴミをまき散らすな」

最近、よく目にする言葉だ。

 

自分はこれが、けっこう衝撃的だった。

何故なら、自分が初めて触れたネットは、汚水まみれのゴミの山のような場所だったからだ。

 

罵詈雑言が飛び交い、人を不快にさせるためだけの意味のないAAが延々と書き連ねられ、嘲笑を浮かべた人間がフラフラと亡者のようにさまよい、隙あらば後ろから斧で殴り掛かって面白半分にズタズタにしていたような、世界の果てのゴミ溜めのような場所だった。

それが自分が気付かないうちに、美しい近代的な街に生まれ変わっていた。

そこでは初対面の人は礼儀正しく挨拶をかわし、顔見知りの人同士が和気あいあいと話すコミュニティがたくさんあり、汚い便所の落書きはそく消され、下水道は配備され、道路のそこかしこに「ポイ捨て禁止」と書かれている。

 

自分が一番最初に足を踏み入れて、呆然と眺めていた、ゴミの溢れる町はもうどこにもなくなってしまったのだろうか。

 

最近、どうもそうらしいということに気づいた。

 

それがいいことなのか悪いことなのかということが言いたいわけではない。

自分は、むしろあのゴミ溜めの山に眉をひそめていたほうだった。

ネットだからと言って、暴言や罵詈雑言を吐く人間を心の底から軽蔑し、意味のないAAや下品な言葉を吐き散らす人間にうんざりしていた。

リアルではさぞ味気ない、誰からも顧みられない生活をしているんだろう、内心そう思っていた。

 

先日、中学生の女の子が「ニコニコ超パーティーに行く」と聞いて驚いた。

今やオタクでも何でもない子が、ニコニコ動画の歌い手に憧れ、おしゃれな普通のOLが2ちゃんねるを見る時代になったのだ。

SNSが発達し老若男女、ほとんどの人がネットをやる時代になった。

 

「半年、ROMってろ」なんて言葉も見なくなった。

もう誰もそんな言葉は使わないし、言われることもないのかもしれない。

 

インターネットは一部の人しか生息しない迷路のような暗い場所から、色々な人が行きかう美しい街並みになってきた。

本当にそうなのかは分からないけれど、自分が感じる感覚はそういうものだ。

 

それがいいか悪いかはわからない。

ただ、ずいぶん変わったな、そう思う。

でもふと、人間が生きている限りは、絶対に生まれるあのドス黒い汚水の流れやゴミの山は、一体こんどはどこに行くのだろうと考える。

まき散らされなくなったゴミは、いったいどこに行くのだろう。どこかに新しい、夢の島のようなゴミ集積地ができているのだろうか。

 

うんざりしながら、眉をひそめながら、それでもそのゴミの山を眺めていたのは、きっと自分自身もゴミを持っていて、それをどこかに吐き出さずにはいられない人間だからなのだと思う。

今もこうやって、美しい街の中を飲み終わった缶ジュースを片手に、ゴミ箱を探して歩いている。

呪詛のように黒い言葉を呟きながら、あのゴミの山を歩いていた人たちは、いったい今度はどこにいくのだろうと思いながら。

 

汚くてひどい場所だった。

ゴミだらけのクソみたいな場所だった。

それでも自分が人生の中で通ってきた場所は、どんな場所でも懐かしい。

どんなにその場所が嫌いで、ひどい場所だったと知っていたとしても。

 

こういうことを書くと、あのころは必ずこう返ってきた。

「懐古厨おつwwww」

それがムカつきながらも懐かしい。