読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

うさるの厨二病な読書日記

生涯中二の着ぐるみが、本や漫画、ドラマなどについて好きも嫌いも全力で語ります。【ネタバレ前提です。注意してください】

follow us in feedly

「うみねこのなく頃に」が、なぜ批判されたのかを考えてみた。その概論

漫画 漫画

【スポンサーリンク】

漫画版を読んだ感想です。原作のゲーム、アニメ等は見ていません。

「ネタバレ」しています。

 

完結した当初、非難轟々だった「うみねこのなく頃に」について考えてみました。

先に言っておきますと、わたしはこの「うみねこのなく頃に」という作品が、

大好きです。

 

じゃあ、この文章は「うみねこのなく頃に」という作品がいかに素晴らしいか、

批判している人たちがいかに何もわかっていないか、を語っているのかといえば、

そんなことはありません。

わたしは批判している人たちの批判は尤もだと思っていますし、

その気持ちもよくわかります。

 

なぜ、そんな矛盾したことを言っているのかと言えば、

うみねこのなく頃に」という作品は、

アイディアは素晴らしく、ストーリーもよくできているのに、

演出で大失敗しているという面白い作品です。

厳しい言い方をすれば、アマチュアとプロの違いがよく分かる作品です。

読者のことを考えず、

自分の好きなことだけを好きなように描くところは、まさにアマチュアです。

それを商業ベースにのせたのが、失敗だったと思っています。

 

しかも自分たちで商業ベースで発表したのに、作者が、

「この作品を理解できないのは、読者の受け取り方が悪い」

という主旨の発言をしているので、批判がさらに加速化しました。

 

当然だと思います。

対象を選ばずに広告出して、食べてね食べてねって言っておいて、

辛いと文句を言ったら、「うちは激辛の味の店なんですよ」ってどういうことですか?

文句言われるのが嫌だったら、

不特定多数の人に金を払って食べてもらう商売などやめて、

家で家族相手に激辛の食事を作ってりゃあいいんです。

わたしは漫画版で読みましたが、漫画の表紙や帯に

「この漫画は激辛味です」なんて一切書いてありませんでしたけれど???

 

わたしも作者の姿勢には、(特に発表後がひどい。)おおいに疑問を感じています。

ただ、「うみねこ」は批判されるポイントがいくつかあるのですが、

そのポイントが他の批判のポイントとごちゃまぜになっていることが多く、

作品や批判の本質が見えにくくなっています。

 

「みんなが悪く言うけれど、結局、何が一番悪かったのかわからない」

 

という状態だと思います。

 

なので、「うみねこのなく頃に」は、どごが悪くてこんなに批判されているのか、

そもそもこの物語の本質は何なのかということを考えていきたいと思います。

 

うみねこのなく頃に」の一番の批判される部分は、結末だと思います。

実際、ネットを見ると、「最初のほうは良かったのに、結末が最悪」という意見が多いです。

 

「結局、ぜんぶOSS前がう思うなら、うなんだろ)かよ」

 

結末が批判されるのは、この点だと思います。

確かに既存の推理小説を想定して読んだ人なら、この結末は批判したくなりますよね。

わたしはこの点を、多くの読者が誤解していると思います。

(誤解というと語弊がありますが。

作者が理解させられなかった、と言ったほうが、正しいと思います。)

 

うみねこのなく頃に」という物語は、誰が犯人かをあてる物語ではなく、

ファンタジーかミステリーかを争う物語でもなく、

ウィルが主張するように、犯行の動機をさがす物語でもなく、

それらすべてを通して、

この物語がどのようなルールで動いているか、主題は何なのか、

ということを見つけることが目的となっているのです。

 

既存の推理小説のように、犯人が誰かや、トリックや動機を当てることが目的ではなく、

それら全てを知ったうえで、この物語がどういう法則性で動いているのか、

物語内の黄金律を見つけることが目的なのです。

そして、その黄金律こそ、

「世の中というのは、OSSなんだ」

これなんです。

 

うみねこのなく頃に」という物語は、

実はこの事実に気づくための物語なのです。

 

推理小説は一般的に、世の中の(主に物理的な)法則性(ルール)がベースにあることを前提にして、謎解きをします。

つまりルールがすべて開示された状態で、

作者も読者もそのルールに則って推理を進めていきます。

 

うみねこのなく頃に」という作品は、この逆です。

提示された物語内の事象から、その世界を支配するルールを見つけ出すという、

逆転の発想で成り立っています。

しかもそこに、この物語は「ファンタジーなのか、ミステリーなのか」という風に、

読者をミスリードするパッケージまでかぶせられているので、

読者はまんまと普通のミステリーの謎解きの手法で、物語を解読しようとしてしまうのです。

 

この発想には、脱帽します。

わたしはこの仕組みに気づいたとき、本当にすごいなと思いました。

しかも、その仕組みをひとつの物語として破綻なくまとめている、

しかも読んでいてとても面白い、本当にすごい作品だと思っています。

 

ただ、この物語の性質上、どうしても後出しジャンケンのような話になってしまうこと、

しかも後出しジャンケンにも拘わらず

作者が絶対にそれを認めないこと、

さらにこの作品は公平なジャンケンで、

それを理解できないのは読者が悪いと言ってしまったこと、

 

この作者のありえない発言への批判が、作品への批判にまで波及してしまい、

作品の評価を著しく下げてしまいました。

なので、今回は「うみねこのなく頃に」という作品において、

大きな批判のポイントになっているだろうと思われる点、

 

?作品の見せ方の問題

?作者への批判

 

を分けて、それぞれ考えていきたいと思っています。

というわけで、各論に続きます。