うさるの厨二病な読書日記

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「人間の真価は自分自身でさえギリギリまで分からない」。「銀河英雄伝説」ウォルター・アイランズから学ぶ。

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ウォルター・アイランズは権力機構にひそむ寄生虫だった。

 

田中芳樹の大人気SF小説「銀河英雄伝説」に、ウォルター・アイランズという登場人物が出てくる。

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(引用元:「銀河英雄伝説」©田中芳樹/徳間書店

「銀河英雄伝説」は、専制君主国家である銀河帝国と民主主義国家である自由惑星同盟が宇宙の覇権をかけて、長い戦争をしている物語だ。

この二つの国は、長い年月の中でどちらも腐敗している。

銀河帝国は貴族の横暴がひどく民衆が虐げられているし、自由惑星同盟は政治家の腐敗がひどく、終わらぬ戦争のために労働人口が激減している。

 

この自由惑星同盟の国家元首となる、ヨブ・トリューニヒトという悪徳政治家がいる。

戦争を賛美することで国民の人気者になっているが、国のことなんてまったく考えていない。自分の保身と利権のことしか頭にない。「悪い政治家」を絵に描いたような男だ。

自由惑星同盟側の主人公であるヤン・ウェンリーの、国内の最大の敵役である。

 

ウォルター・アイランズは、このトリューニヒトの腰ぎんちゃくである。

小説の中では

「伴食という言葉の生きた実例」だの

「権力機構の薄汚れた底部にひそむ寄生虫」だのと言われている。

「銀河英雄伝説」は、人に罵声を浴びせるときも、こういう華麗な表現が使われる。

「腰ぎんちゃく」では済まない。「寄生虫」だ。しかも残念なことにぜんぶ事実だ。

 

「銀河英雄伝説」は、作者視点による「いい人間」と「悪い人間」がはっきりと分かれている。

小説の中で主要登場人物の言葉や地の文章で悪い評価を下されたら、まず浮かび上がれない。

「権力機構の薄汚れた底部にひそむ寄生虫」と言われた人間は、小説の始めから終わりまで「権力機構の薄汚れた底部にひそむ寄生虫」なのだ。(それにしてもすごい表現だ。)

 

実際、親玉であるトリューニヒトは、「民主主義をヤドリギにする怪物」(これもすごい言われようだ。)として、主要登場人物たちの軽蔑を一身に浴びながら死ぬ。

ウォルター・アイランズはこの「ヤドリギ」トリューニヒトにこびへつらい、利権をむさぼり食っていた人物だ。偉い地位につけてもらうために、トリューニヒトに銀食器(!!)をプレゼントしたりする。

「銀河英雄伝説」の物語上のお約束として、小悪党としてろくでもない末路をたどるだろう、そう思われた。

 

しかし・・・!!

 

アイランズは、とつぜん思いもよらない変貌を遂げる。

 

同盟が滅亡の瀬戸際に立たされたとき、突如覚醒する

帝国軍が自由惑星同盟の領土に侵入したとき、トリューニヒトは国家元首にも拘わらず、国民をおいて一人だけどこかに逃げてしまう。悪党として、最低っぷりをいかんなく発揮する。

「悪い奴」は、一挙手一投足に至るまで悪い行動をとるのだ。

 しかし、祖国が滅亡の危機に瀕し、国家元首が逃げ出したとき、

 

「寄生虫」アイランズは突如覚醒する。

 

国防委員長であったアイランズが政府を主導して意思の統一をはかり、今まで理不尽に敵対視してきたヤンたちに全面的に協力するようになった。

 

「半世紀の惰眠よりも半年間の覚醒で、歴史に名前を残した」

 

祖国が平和であったとき、アイランズは悪徳政治家の腰ぎんちゃくの一人だった。平気で賄賂をわたし、利権をむさぼり、公費を横領し、政治家としての理想も大義もへったくれもないような男だった。

 

国を傾ける悪党の才すらないただの小悪党、それがアイランズだった。

 

しかし、祖国が危機に瀕したとたん、突然、人が変わったように強烈なリーダーシップを発揮するようになる。祖国と国民のために戦う真の民主主義政治家になった。

 

アイランズ自身さえ、自分にこんな面があったことを知らなかったのだ。

二十五年もの間、自分は民主主義の端っこに生息して利権をむさぼる、大悪党にすらなれない小悪党だと信じていたのだ。

そして同盟が滅亡の危機に立たなければ、アイランズは生涯を権力におもねり、こびへつらってそれなりに平和に終えただろう。

 

結局、自由惑星同盟は帝国に占領され、アイランズはその後、抜け殻のようになってしまう。

 

自分はこのアイランズのエピソードが大好きだ。

人間というのは自分自身でさえ自分がどんな人間か分かっていないし、人間の真価というのはギリギリまで分からないと思う。

人というのは、そのときの状況や環境で百八十度変わる。

昨日までは「ろくでなしの無能、甘い汁を吸うことだけを考えて生きていた小悪党」で自分でも自分がそうだと信じていた人間が、環境が変わったとたん、思わぬ変身を遂げたりするかもしれない。

 

アイランズの一生が幸せだったのか不幸だったのかは分からない。

そして、どちらが本当のアイランズなのかは分からない。

どちらも本当のアイランズだったのだと思う。

 

でもウォルター・アイランズの名前は、

二十五年にもわたって自分自身でさえそう信じていた「トリューニヒトの腰ぎんちゃくで、利権のおこぼれを預かる寄生虫」としてではなく、

たった半年間だったけれど、自分でも自分にそんな面があるとは知らなかった「自由惑星同盟が滅亡の危機に瀕したとき、強力なリーダーシップを発揮した優れた政治家」として、ずっと歴史に残った。

 

後世の人間は「寄生虫アイランズ」のことはまったく知らず、半年間だけ覚醒したアイランズをアイランズだと信じ「専制君主国家に最後まで抵抗した、真の民主主義政治家」としてたたえ続けると思う。

 

(余談1)アニメ版のアイランズが、すごく立派な外見でびっくりした。夜中に銀食器をプレゼントしに行くタイプにはとても見えない。

(余談2)アイランズの逆パターンがレベロだと思う。

(追記)「トップ画は、レベロではないですか?」というコメントをいただきましたが、アイランズで合っているようです。

コメントを寄せて下さるのは、とてもありがたいです。ありがとうございました。

 

(余談3)ネットで「もともとは理想家で変節したのではないか」という意見もあった。自分は色々と考え合わせるとそうは思わないけれど、面白い意見だなと思う。

 

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覚醒したアイランズの大活躍?が読めるのは、5巻。みんなで応援しよう。

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