うさるの厨二病な読書日記

厨二の着ぐるみが、本や漫画、ゲーム、ドラマなどについて好き勝手に語るブログ。

【「破妖の剣」完結記念】前田珠子にみる、物語の設定を自ら破壊してしまう長編に向かない作家像。

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子供のころから読んでいた「破妖の剣」が完結した

先日、コバルト文庫で長い間、巻を重ねてきた「破妖の剣」シリーズがついに完結したという話を聞いた。

破妖の剣6 鬱金の暁闇30 (集英社コバルト文庫)

破妖の剣6 鬱金の暁闇30 (集英社コバルト文庫)

 

 破妖の剣1「漆黒の魔性」

破妖の剣2「白焔の罠」

破妖の剣3「柘榴の影」

破妖の剣4「紫紺の糸(上下)」

破妖の剣5「翡翠の夢」全5巻

破妖の剣6「鬱金の暁闇」全30巻

 

なので、シリーズの正伝は全40巻。

「漆黒の魔性」が発売されたのが、1989年だから、足かけ28年にわたってようやく完結したことになる。ライトノベルだとかなり珍しいんじゃないだろうか。

まずは、シリーズ完結お疲れさまでしたと言いたい。

 

自分の中で賛否相半ばする作品群

作者の前田珠子はコバルト文庫で作家としてデビューし、主にSFやファンタジーを中心にして作品を描いていた。

自分に一番初めに「ファンタジー」というジャンルと、ライトノベルというものを教えてくれたのはこの人だった。

そのせいもあるのかもしれないけれど、自分はこの人の作品に対してどうしても愛憎半ば(というと大げさだけれど)する思いを感じてしまう。

「色々と欠点を指摘したくなるのだけれど、面白いと感じる部分も多い」

「面白いと思うけれど、どうしても見過ごせない欠陥が多い」

言葉にするとそんな感じだ。

 

このころ自分が好きだった他の作家のように、手放しで「好きだ」と思えない何かがあった。

子供のときから、前田珠子の作品には「それはちょっと違うのでは??」と感じる箇所が多かった。

 

前田珠子の作品の基本構造

前田珠子の作品群の話の構造は、ほぼすべてが「チート能力を持ったヒロインを中心に世界がくるくる回っている」というものであり、物語の基本構造は少女漫画そのものだった。

この「チートヒロイン」に共感できるか(控えめに言って受け入れられるか)否かが、前田珠子の作品を楽しめるか否かの分かれめになっている。

 

ヒロインのチートぶりはその辺の少女漫画とは比べものにならないほどひどく、

「絶世の美貌を持っていて、自分に心酔している恋人なりカッコいい男キャラがいて、世界を崩壊させるほどの力を隠し持っていて、王女なり力のある人の子供なり、何等かの高貴な生まれであり、周りの人間は(モブをのぞく)ほとんどヒロインに心酔している」

という「容貌、恋愛、能力、生まれ、人間関係」すべてが最高級という設定が多かった。しかも相手役の男性キャラも同じスペックを兼ね備えたキャラが多く、「こんなご都合主義のヒロインに、自分を投影できる人なんているのだろうか」と思っていた。

 

要するに「最高の男に愛されている、すさまじい真の能力を隠し持っている私が大活躍する物語」だった。

ラノベのファンタジーはそういう構造のものが多かったが、他の余分な要素をいっさい排除し、尖鋭化していたのが前田珠子の作品群だ。

それゆえに「無敵の私が大活躍する物語」と関係のない要素である世界設定が、ないがしろにされがちだったのだろうと思っている。

 

以前、少女漫画の基本的な構造は「世界で唯一のプリンセスになることが目的だ」という記事を書き、その世界観の構築度合がマイルドなのが「君に届け」であり、尖鋭化されたのが「彼氏彼女の事情」と「フルーツバスケット」だと語った。

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そういう意味では前田珠子の作品というのは、「少女向けライトファンタジーにおける、カレカノでありフルバだった」と思っている。

ちなみに自分にとっては「彼氏彼女の事情」も「フルーツバスケット」も、割と薄気味悪い物語だ。好きな方には申し訳ないが。

 

長編の物語が破たんする典型的なパターン

世界観の設定をさぼっている

設定自体がしっかりと作りこまれていない物語は、長引けば長引くほどグダグダになるものが多い。

話を展開させるよりどころとなる設定がそもそもないので、話の展開させようがなくなる、もしくは話が破綻するというパターンがほとんどだ。

「破妖の剣」は最後はその典型となっており、ヒロインをうまく動かせないがゆえに、本来は無用なキャラをどんどん増殖させていく、それでも話を進行させられず、同じような話の繰り返しという惨状だった。

現実とは違い、世界観も設定しなければならない異世界ものにおいて、物語の根幹となる世界の設定をさぼるとどういうことになるのか、という生きた見本のようになってしまった。

一巻の「漆黒の魔性」が神秘的で、非常に面白い物語だったことを思うにつけ、この惨状が惜しくてならない。なぜ、こうなった。

 

前田珠子の作品群は、キャラクターやプロットの面白さや魅力は群を抜いていたと思う。

プロットやキャラの魅力で押し切れる中短編は、今思い返しても面白かったものが多い。

「ジェスの契約」と「精霊宮の宝珠」が、特に好きだった。

魅力的なプロットやキャラはいくらでも思いつけるのだろうけれど、残念ながら長編の場合は、その根底に土台となる強固な設定がないと物語を支えきれない。

 

「自分のために戦うヒロイン」が斬新で魅力的だった。

読んだ当時は前田珠子の描くヒロインたちは、好きでも嫌いでもなかった。

正確には「チート設定でありながら、同性に好かれそうな性格の主人公」以上の要素を見出すことができなかったので、あくまで「物語の主人公」という役割でしか彼女たちのことを考えたことがなかった。好き嫌いを考えるほど彼女たちに強い個性を見出すこともできなかったので、興味のわきようがない、というのが正直な感想だ。

 

ただいま思うと、「あくまで個人的な理由で主体的に戦うことを選ぶ少女」というヒロイン像は、すごく良かったと思う。

前田珠子のヒロインたちは、ほぼすべて、自分から戦うことを選んでいる。

彼女たちのことを好きになる男性たちは例外なく強い力を持っているのだが、それでも安易に守ってもらおうとはせず(というか、そういう発想すらなく)彼女たちはごく当然のように自分自身で戦う。

 

特に「破妖の剣」の主人公ラエスリールは初期のころは、「戦うこと自体に自分のアイデンティティ」を見出しており(何かを守るとかではなく)こういうヒロインは当時なかなか見当たらなかった。

このアイデンティティが固定されたままで、ラエスリールが自分の出生や魔性である闇主との関係とどう折り合いをつけて生きていくのか、そういう物語が読みたかった。

この辺りのキャラの設定も固定されないまま物語が進んだために、「今までの犠牲を忘れたかのような人間と魔性の共存」という、初期の話を自己否定するような話にならざるえなかったのだと思う。

 

世界設定やストーリーが破たんするのは珍しくないが、主人公のキャラ設定まで破たんする例はなかなかない。つくづく長編を書くのには向かなかったのだと思う。

 

「破妖の剣」は完結したとはいえ、非常に残念な内容になったようだし、途中で放置されてしまった作品群も多い。

それでも完結した作品は、前田珠子にしか書けないと思わせるような魅力に溢れているものばかりだった。

 

ひとつの物語を完結させる、というのは非常に苦しく大変なことだということは想像できる。だからこそ、壮大な設定の物語は、物語の土台となる設定をきちんと固めてから書き始めたほうが良いのではないかな、と最初は面白いのに尻すぼみになったり、設定が破たんしている物語を読むにつけ思わずにはいられない。 

破妖の剣4 紫紺の糸(前編) (集英社コバルト文庫)

破妖の剣4 紫紺の糸(前編) (集英社コバルト文庫)

 

後任のイラストレーターである小島榊さんには申し訳ないのだが、やはり「破妖の剣」というとあもい潤さんのイラストのイメージが強い。

破妖の剣 本編 全40巻完結セット (コバルト文庫)

破妖の剣 本編 全40巻完結セット (コバルト文庫)

 

色々言いましたが、とりあえず完結おめでとうございます。

 

「破妖の剣」のラスに起きた「主人公教」と同じ現象が起こった、「シュヴァルツェスマーケン」。だが「シュヴァルツェスマーケン」は世界設定が緻密なので、プロット自体は破たんしておらずむしろ面白い。(主人公が滅茶苦茶うざいが)

プロットの土台となる世界設定は大切だ。

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