うさるの厨二病な読書日記

生涯中二の着ぐるみが、本や漫画、ドラマなどについて好きも嫌いも全力で語ります。【ネタバレ前提です。注意してください】

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親から受け継いだ呪いからどう逃れ、どう生きるのか。マイケル・ギルモア「心臓を貫かれて」

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本書は村上春樹が訳したことで、広く流布された。

もともとは村上春樹の奥さんが読み、「すごい本だから、ぜひ読んで訳して欲しい」と勧めたらしい。

 

自ら望んで死刑になった殺人犯ゲイリー・ギルモア

マイケル・ギルモアは音楽評論家であり、三人の兄を持つ。

次兄のゲイリー・ギルモアが殺人を犯し、「死刑にされる権利」を主張し自ら望んで死刑された。当時、アメリカでは「死刑廃止論」が主流で、世間の流れを逆行させる事件だったらしい。

 

マイケル・ギルモアは被害者を悼みつつも、兄がなぜそんな事件を起こし、そんな末路を自ら望んで辿ったのかを探ろうとして本書を書いている。

 

不適当なたとえかもしれないが、それはノベルゲームの分岐探しにも似ている。

どこの分岐で違う選択を選べば、ゲイリー・ギルモアは殺人を犯さず被害者も出ず、本人も死刑にならなかったのか、それをマイケル・ギルモアは記憶を掘り起こし、家族と何度も話し合い、様々な人にインタビューを試みながら必死に探している。

 

そして読んでいくうちに、マイケルも読者もすさまじい絶望の壁にぶち当たる。

 

ゲイリー・ギルモアの人生に分岐点はない。

 

彼と長兄のフランク、三兄のゲイレンは、三つのエンディングが用意されているゲーム盤を渡されて生まれてきた。

幼いころから理不尽な暴力と不和と恐怖しかない家庭で、心身をズタズタに傷つけられながら、

 

①誰も愛することもできず、何事もなしえず、自分を傷つけながらひっそりと消えていく人生

②自分が小さいころから味合わされた、理不尽な暴力や境遇に怒りと絶望を感じ、その怒りのおもむくままに他人を傷つけ殺す人生。

③②と同じルートをたどりながら、他人を殺すのではなく殺される人生。

 

この3つのうち、どれかの人生を選ばなければならない。

そして、このゲーム盤は一手さすごとにどころか、少し指すのが遅れただけで、死ぬほど革のベルトでブチのめされる。スープ皿に顔をいきなり突っ込まれる。「お前たちの面倒はもう見ないぞ」と再三脅される。

彼らはそういうゲームを生まれたときから強制的にやらされ、結局、フランクは①の人生を、ゲイリーは②の人生を、ゲイレンは③の人生を歩んだ。

 

地獄のような家庭環境

フランク、ゲイリー、ゲイレンは生まれたときから、苛酷な家庭環境の中で生きてきた。暴力的で支配的で気まぐれな父、そして父にDVを振るわれながらもそこから抜け出す術を持たず、怒りをみなぎらせヒステリックな性格になった母。

足音ひとつ立てるのにも怯えなければならない家庭の中で、ゲイリーとゲイレンはやり場のない怒りから非行や犯罪に走る。

 

ゲイリーはある日、こんなことをマイケルに語った。

「もし周りの奴らがお前に暴力を振るってきても、決して抵抗しないでくれ。抵抗すれば、お前は奴らに殺されてしまう。だから約束してくれ。どんな目に合っても、決して抵抗しないと」

ゲイリーが涙すら浮かべてそう語るので、マイケルは「抵抗しない」と約束をした。

当時、ゲイリーは少年院から出所してきたばかりだったので、マイケルは「少年院で生き抜く術を話しているのかな」と思ったが、後で気づく。

 

それは自分たちの家庭で生き抜く術だったのだ、と。

 

「殴られても抵抗すれば殺される。だから殺されないために、抵抗せずに殴られ続けるしかない」

ゲイリーにとって、それが家の中で、子供にとって本来一番安全で、安心すべき家庭で生きる術だったのだ。

長兄のフランクも、違う言葉でほぼ同じことを語っている。

「抵抗したり、泣き喚いたりすると、親父はますます激高して暴力を振るう時間が長くなる。無反応でいることが、一番、仕置きを短くする術だった」と。

これを聞いただけでも、彼らが生まれてきた環境がどれほどの地獄だったかということを想像して胸が塞がれる思いがする。

家庭というものが人間にとって生まれて最初に出会う「社会」であり、両親が生まれて初めて出会う「他人」であるならば、彼らが他人や社会をどういう存在として捉えたのか、ということは想像に難くない。

 

両親から受け継がれる、呪いの連環

生まれる前から詰んでいる人生

ゲイリー本人の人生から彼の運命を変える選択を見出せなかったマイケルは、今度は両親の人生を調べる。

一体、なぜ父親はそんなに執拗に家族を虐待したのか。

そして母親はなぜ、自分も暴力を振るわれながら、そこから逃れようとはしなかったのか。そもそもなぜ、父親のような男と一緒になったのか。

 

有名なトルーマン・カポーティの「冷血」も、この本と同じように、恵まれない境遇で生きてきた男が些細な理由で犯した殺人事件を題材にしている。

何の落ち度もない、そもそも関係性すらない無抵抗で善良な一家四人を殺害した犯人は、殺害の動機についてこんな風に語っている。

「被害者たちは、すごくいい人たちだった。あんな風に感じよく自分に接してくれた人は今までいなかった。あの人たちには、自分が今まで人生で感じてきたことのツケを支払わせてしまったのだと思う」

無差別殺人はこういう動機のものが多いと感じる。

犯人が生きてきた過程の中で自覚することすらできない、根源的な怒り、絶望、痛みが積みあがってきていて、その最後の小さな石がのっかって崩れ落ちたときに、たまたま目の前にいた人が殺される。

 

この「心臓を貫かれて」を読むと背筋が凍るような恐ろしさを覚えるのは、その「積みあがった石」が犯人が生まれたときから積み上がり始めたものではなく、もともと積みあがったものを押しつけられて生まれてきたのではないか、という可能性に気づいてしまうからだ。

そして彼らにそんなものを押しつけ、石がぐらつくたびに彼らを嘲笑い、怒鳴り、殴りつけてきた親もまた、まったく同じものを押しつけられて生きてきたのではないかという可能性に気づくからだ。

 

最後の小石がのったことによって、まったく関係のない人を殺してしまうほどの巨大な怒りと絶望は、実はその犯人が生まれるずっと前から積まれてきたものなのだ。

その犯人の親のそのまた親から受け継がれた呪いの連環、そういうものの前に一人の人間の意思がいかに無力であるか、そういうことをまざまざと見せつけられる。

この呪いの連環から抜け出るには、恐らく自ら命を絶つしかないのだと思う。

だからゲイリーは「死刑になる権利」を主張した。

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自分は呪いを子供に伝えないだろうか。

この本を通読するのは、今回で三回目である。

しかし、今回は最初の二回の読書のときには、感じなかった恐ろしさを感じた。本を読んでいて、ページをめくるのが怖いと感じたのは初めてだ。

 

それはたぶん、自分がいま親になってもおかしくない年齢や立場になったからだと思う。

最初の二回のときも、恐ろしい本だと思った。色々と考えさせられた。

でもそのときに根底にあったのは「自分は親からの呪いが作用せずに、大人になった」という意識だった。

自分も親から多くの影響を受け、祝福や恵みと言えるようなものも与えられたし、反対に呪いや抑圧と呼べるようなものも受け取った。そしてそれでいいこともあったし、苦労もしたとも感じている。

でもその呪いも抑圧も、自分に反社会的な行為に走らせたり、他人や自分を回復不可能なまでに傷つけるほど強いものではなかった。

いわば、そういう一種の「安全地帯」からの感想だった。

 

今回この本を読んで感じたのは、自分が親になったときに普通のことだと思っていたり、そんなに強い影響を与えるとも思っていないことが、子供にとっては呪いとして作用してしまうのではないかという恐怖だった。

ゲイリーの両親のように分かりやすい暴力ではないにせよ、自分が良かれと思った価値観、考え、行動、ふるまいが子供の心に致命的な呪いとして伝わってしまうのではないか。そして、そんなことは絶対ないとは正直、とても言いきれない。

自分も父親から受け取ったもので、深く傷ついたことがたくさんあるからだ。

だが恐らく、父親にはそんな感覚はないと思う。深い意味もなくやったことが大半だと思う。

人は何の気もなしに、人に深い傷をつけてしまうことがあるのだとしたら、自分はそんな風に絶対に自分の子供を傷つけることはない、と言い切れる自信がない。

心の底から子供を愛し、生きるために必要だと思うことを伝えようとしている親がほとんどだろうけども。

 

父フランクは、なぜ子供たちを虐待したのか。

ゲイリーやマイケルの父親であるフランク・ギルモアも、親から拒絶された子供だった。

父親ははっきり分からず、母親は彼を受け入れていない。

フランクはゲイリーたちの母親であるベッシーと家庭を持つまで何回も結婚したことがあり、隠し子も何人かいた。詐欺まがいの仕事で金を稼いでおり、後ろ暗いところが山のようにある人間だった。

テキサス州を通過することに異常なほど嫌がっていた、という描写や、ベッシーやゲイリーが知ったフランクの過去は詐欺ではなくもっと重大な罪だった、というような描写もある。

彼の基本的な考えは「他人(=社会)とは信じられないもの、自分を傷つける敵」であり、その基本姿勢で家族とも向き合っていたのだと思う。

 

フランクは三男のゲイレンが子供のときは彼を非常に可愛がったが、彼が成長し自我が育ってくると、その愛情を次に生まれたマイケルに移した。

子供は、彼にとって「幼いころの自分」だったのだと思う。誰にも受け入れてもらえず、社会から爪はじきにされていて、守って欲しくても誰も守ってくれなかった自分。

しかし成長して子供たちの自我が育てば、子供は「幼いころの自分」ではなく「自分とは違う他人=敵」になる。

マイケルを可愛がった一方で、上の三人に虐待を加えたのはそういった心の動きがあったのだと思う。あくまで推測にすぎないが。

 

そして本書の最後では「恐らく父フランクと母ベッシーの間にこんな秘密があったから、父親は特にゲイリーのことを憎んだのではないか」という推察のようなものが述べられる。

フィクションならば、それが結局本当なのかどうかということが明らかにされるのだろうが、父フランクの過去と一緒で、本当のことは何ひとつ分からずに終わる。

何ひとつ分からないまま、またひとつ兄フランク、ゲイリー二人の子供たちの持った石の上に、重い石が乗せられるだけだ。

 

本書の中には、父フランクが前の結婚で設けたのであろうと推測される人物が二人出てくるが、 二人は家庭を持ち、ごく穏やかに暮らしている。

フランクが捨てた息子たちはまっとうな社会人として生き、手元で育てた子供たちは、人を殺し、人に殺される運命をたどることになった。

 

「他の兄弟は罪を犯していない」という言葉への答え

重罪を犯した人間の家庭環境が問題になったときに、「同じ境遇で育った兄弟は、犯罪を犯さなかったじゃないか。だから家庭環境が主因ではなく、やはり本人の資質が問題なのではないか」ということが、よく取り沙汰される。

本書では、この疑問にも一定の答えを出している。

 

著者であるマイケル・ギルモアは、本人が語っているとおり、同じ両親の下で育てられながら三人の兄とはまったく違う環境で育つ。

父フランクは、マイケルにはまったく暴力を振るわなかった。マイケルが生まれたときには年をとり、心身共に昔のようではなくなっていた。

妻を殴ることもなくなっていた。ひどいときは目に黒あざができるほどの暴力を振るっていたらしいが、マイケルは父親が母親に肉体的な暴力を振るうのは見たことがないと語っている。(ただしひどい人格批判や、経済的DVを匂わせる脅しはあった。)

 

ゲイリーとほぼ同じ環境で育った長兄のフランクは、最終的には世捨て人のように生きながら死んだような人生を送る。

三兄のゲイレンはもめ事の末、誰かを殺す前に自分が殺されて人生の幕を下ろす。

マイケルに「なぜ、兄さんはゲイリーのように犯罪や非行に走らなかったのか?」と聞かれたときに、兄フランクは自分とゲイリーの性質の違いのようなものを述べる。そしてこう言う。

「自分がゲイリーのように罪を犯さなかったからと言って、自分が傷ついていないとは思って欲しくない」と。

 

自分も、暴力や犯罪を心の底から憎んでいるし許しがたく感じている。

何の罪もないのに、ゲイリーに殺された被害者や遺族の気持ちを思うといたましい気持ちを感じるし、彼らがゲイリーに対して「可愛そうな環境に生まれたからと言って、なぜ、自分たちが殺されなければならないのか」という怒りを覚えるのは当然だと思う。

 

でも「被害者にもその遺族にも、そして加害者にもならなかった」自分が、こういう話を聞いて、「ほら、兄フランクみたいに傷つけられるだけ傷つけられて、何もせずに生きることだってできるじゃないか。ゲイレンみたいに殺す側ではなく、殺される側に回ることもできるじゃないか。お前もそういう風に生きればよかったんだ」とはとても言えない。

自分がもし生まれたときに、ゲイリー・ギルモアと同じゲーム盤を渡され、たった五分帰るのが遅れただけで、言い訳も聞いてもらえず革ベルトで殴られるような家に育ったたら、もしかしたらその怒りと憎しみを同じように社会に向けてしまったかもしれない。

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たった一度だけ救いを求めた

ゲイリーは中学生のころから非行を繰り返し、教師も手のつけられない生徒の一人だった。彼の余りの素行のひどさに実際に殴るか、殴ると脅して、父フランクに文句を言われた教師がいる。

そのときのゲイリーはまったく反省する様子もなく、教師の言葉が耳に届いている様子もなかった。

しかし彼が殺人を犯し収監されていたときに「この教師こそ自分が人生で唯一尊敬している教師であり、人生で唯一あのときあの人にだけ助けを求めていた。ただ、あのころの自分の態度では先生がそれに気付かないのは無理もないし、もちろん先生は何も悪くはない」

ということを語ったと聞いて、その教師は天地がひっくり返るほど驚いたというエピソードが出てくる。

 

組みあがってしまったように見える石でも、少しだけ揺り動かすことができるのかもしれない。

一人で赤の他人のために大きなことをしてあげることは難しくても、少しずつでも。

 

一人一人感想がまったく違うと思う

多くの本がそうだと思うが、この本は特に読む人の境遇や立場によって感想が大きく異なると思う。

長々と感想を書いてしまったが、ぜひ、実際に手にとって読んで欲しいと思う。

 

ゲイリー・ギルモアが犯した罪は、絶対に許されないことだと思う。

だが「誰かを殺すか、もしくは自分を殺すか」ということを選ばされるような人生を誰にも強制されなかった自分は、事件については被害者の方を悼むだけにとどめたい。

 

自分も周りも傷つけるような悲惨で救いのない人生を歩んだゲイリーだが、彼のために「どうにか違う人生を歩む可能性はなかったのか」とこれほど必死になって考える弟がいたことが唯一の救いだと思う。