うさるの厨二病な読書日記

生涯中二の着ぐるみが、本や漫画、ドラマなどについて好きも嫌いも全力で語ります。【ネタバレ前提です。注意してください】

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「テメエがテメエを笑っているから、何でも悪くきこえるんだよ」認知の歪みについて考える。

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「テメエがテメエを笑っているから、何でも悪く聞こえるんだよ」

 
ネットの漫画広告で見つけたセリフ。
「中卒労働者から始める高校生活」という漫画がセリフ元だ。
評判がいいようなので、読んでみたいと思っている。
読んだことはないので、このセリフがどんな前後関係で、どんな場面で、どんな意図で発された言葉かは知らない。
なので、あくまでセリフだけを抜き出した言及だが、周りを見渡すとこの状態の人がけっこう多いことに気づく。
 
「他人からこう言われたから」
「こう言っていたけれど、お世辞かもしれないし」
「誉められたけど、本当の自分は違うのに」
他人のいい言葉が受けとれず、自分を認められない、肯定できない。
なのにネガティブな言葉は、真正面から受け取ってしまう。
自信がない、だから何もできない。
 
そのままの自分でいたいならば、別にいいと思う。
評価は受け取らない、期待は抱かないほうが楽な面もあることは確かだからだ。
成長なんてしたい人がすればいいと思うし、自分がダメな奴だ、と思うことが悪いとも思わない。思いたい人は、思えばいいと思っている。
 
ただもし自信がもてるようになりたい、変わりたいと思うなら、最初は抵抗があっても、その「他人から見た自分の良い面」を受けとることが「自分はダメだフィルター」をはずす最初の一歩だと思う。
本当の自分がどうかは、とりあえずおいておいて「自分に対して、相手がそう感じた」のは紛れもない事実だからだ。
自分のことを自分が一番よく分かっている、とも限らない。(むしろよく分かっていないひとのほうが多い、と個人的には感じる。)
 
「お世辞や皮肉かもしれない」が、それで調子に乗っても誰かに被害を与えるわけではない。
もし相手が「あいつ、お世辞や皮肉を真に受けてやがる。」と考えるような人間ならば、ご丁寧にその意図を汲みとる必要はない。
意図は無視して、言葉だけをおおいに自分の糧として利用させてもらえばいい。
「ありがとうございます。よく言われます」と笑顔で言えばいいと思う。
多少自惚れても、誰を傷つけるわけでもないし、迷惑がかかるわけでもない。
 
個人的には継続的に他人をバカにしたり笑ったりしている人は、その人自身が自分自身をバカにしたり笑ったりしている可能性が高いと思っている。
たまたまこちらが投影しやすい対象だっただけで、本質的にはこちらには関係ない、その人自身の問題だ。
 
そう思えないということは、相手の意図は関係なく、自分の中にその価値を受け取れない何かがある、というと考えたほうがいい。
冒頭のセリフのように、
「他人ではなく、自分が自分を一番笑っている」状態なのだ。
この原因から目をそらして、他人の真意にばかり目を向けるのは、本質から目をそらすことだと思う。
 
他人を笑う人も、他人から笑われていると思う人も、結局はその人自身の問題なのだ。
 
先日、はてなでも有名な斗比主閲子さんの「私って、甘えてますか?」を購入して読んだ。
認知の歪みや自己肯定感について、非常にわかりやすく書かれていた。
私って、甘えてますか?

私って、甘えてますか?

 

 

この本のいいところは、「これは相手が自慢しているのか。それとも自分が嫉妬しているからそう聞こえてしまうのか」などの個人の感覚からくる、他人から何とも言えない問題を「それがどちらの可能性が高いかは、こう見分けるといい」という方法論が書かれている点だ。
 
今は情報が溢れている時代なので、例えばひとつのケースをさして「それは認知の歪みではないか」「原因は、自己肯定感の低さではないか」ということは指摘されても、「仮にそうだとしたらどうすればいいのか」「他のケースでは、どう判断すればいいのか」ということまでは、分からないことが多い。
この本はそういった部分までフォローされている。本の後半部分の、具体的な読者からの悩み相談からも学べることが多かった。
 
「自分の問題が、何となくこういうものだとわかっているけれど、かといって具体的にどう考えて何をしていいかわからない」
という人は、試しに読んでみるといいかもしれない。
精神論ではなく、考え方の方向性や修正のための方法論が書かれているので、とりあえずやってみるのもいいと思う。
 
「認知の歪み」は誰にでもあるし、生きていくのに支障がない、他人に具体的な損害を与えていないのならば問題はない。
ただそのせいで苦しんで生きるのはもったいない。自分で自分を鞭打って、苦しめているに等しい。
(そういう生き方のほうが楽な人もこの世にはいるので、絶対に変わったほうがいいというつもりはないけれど。)
 
世界は変えられないけれど、世界の見方は変えられる。
「自分はダメだフィルター」を通さない世界や自分は、案外これまで信じていたものとは、まったく違うものかもしれない。
 
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