うさるの厨二病な読書日記

生涯中二の着ぐるみが、本や漫画、ドラマなどについて好きも嫌いも全力で語ります。【ネタバレ前提です。注意してください】

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【ネタバレあり】宮部みゆき「火車」は、クレジットカードを持つ前の十代に読んで欲しい小説。

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仕組みを知らずにローンを利用するのは怖い。

ネットを見ていると消費者ローンの仕組みを知らないで、リボ払いなどを利用して、のちのち高額な手数料を払っていることに気づいたり、返すのに長い年月がかかったという話を目にする。

新卒で入社した会社の後輩が、クレジットカードの支払いをぜんぶリボ払いにしていた。この後輩も、リボ払いの仕組みをよく分かっていなかった。

クレジットカードなどの仕組みを知らないで利用している層が、意外と多いことに驚く。

仕組みを知っていて利用している人は構わないのだけれど、知らずに利用して借金を重ねて、自己破産したというケースを聞くと、「こういうことも、成人になる前に知っておいたほうがいいのでは」と思う。

 

消費者ローンの怖さを教えてくれる最適な小説が、宮部みゆきの「火車」だ。

初版が1992年なので制度の内容は変化しているが、「お金を借りることの怖さ」の普遍的な部分を骨の髄まで叩き込んでくれる。

 

 

多重債務者たちが陥った恐ろしい運命

宮部みゆき「火車」は、消費者金融の仕組みや多重債務者たちの運命をテーマにした小説だ。

「火車」のいい点は、多重債務に陥った借り手は別に特別な人でも何でもなく、「普通の人だ」と繰り返し強調しているところだ。

 

関根彰子の債務整理を担当した弁護士の口を借りて、
「関根彰子は、とりたててだらしない女性ではなかった。むしろ、多重債務に陥る人は、普通の人よりも真面目な人が多い」
「そう説明しても、あなたはなおこう思っているでしょう。そうなる人は、その人自身に何か問題があったのでは、と」
と語らせている。
決してこれは特別な人にだけ起こる、遠い世界の関係ない話ではないのだ、と繰り返される。

 

事件の真相とも言える、新城家が住宅ローンを組んだことから陥った壮絶な運命は「金を借りるとは、これほど恐ろしいことなのか」と読む人の心を震えあがらせる。

 

「この世で一番重い罪は、借りた金を返せないこと」

 

「火車」を読むと、そんな風に思えてくる。
金を借りた者を追いつめる火車は、借りた本人が死んでも止まることはない。本人が死んでもその「罪」は消えず、子供を標的にする。

 

火車から逃れるために喬子がしなければならなかったことは、許されることではない。ただそんなところにまで彼女を追いつめたものが克明に描写されるにつれ、彼女が感じた恐怖に共感せざるえなくなる。

喬子が袋小路に陥ったのは、彼女自身が悪かったわけではない。
彼女をそこに追い込んでしまった両親も、とりたてて大きな落ち度があったわけではない。

 

知識がなかった、少し見通しが甘かった。

 

ただそれだけで、自分が死んだあとも、人を殺さなければ抜け出せないような地獄に娘までひきずりこんでしまった。
こういう地獄は遠い世界の話ではなく、自分のすぐそばに口を開けているのではないか。
「火車」は、そういったことを、まざまざと実感させてくれる。

 

制度の内容は時代と共に変化しているけれど、「安易に借金することの怖さ」「こういう落とし穴に、誰でも陥る可能性がある」という普遍的なことを教えてくれる。

 

「火車」はミステリーとしても一級の作品

そうはいっても「火車」は、説教臭い退屈な小説ではなく、ミステリーとしても一級の面白さを持っている。

 

「関根彰子に成りすましていた、新城喬子とは何者なのか」

恨みでもない。金銭目的でもない。見も知らぬ相手を、なぜ殺したのか。

自分が殺した相手の思い出の場所を訪ねたり、アルバムを保存しようとしたり、冷酷な殺人者とは思えない行動もとっている。

物語は常に予測不可能で、二転三転して、思いもよらない方向に進んでいく。

 

そして、最後の最後で喬子がなぜこんなことをしたのかという真相の衝撃たるや。
元夫が喬子の生い立ちを口にするあのシーンは、何度読んでも背筋がゾクッとする。主人公が震えながら「初耳だ」と思わず呟いたショックが、自分のもののように感じられる。

そして、今までその苛酷な運命を、その苦しみに満ちた人生を追いかけ続けてきて、その喬子本人にやっと出会ったとき、感動を覚える。

「やっと出会えた」

読者もそう思う。

 

ドラマへのちょっとした不満

「火車」はドラマ化もされた。

この「常に不在の中心人物」で最後の最後に姿を見せる、物語の真の主人公・新城喬子を佐々木希が演じた。

 

佐々木希が嫌いなわけではないけれど、この点は本当に残念だった。

確かに原作にも「そういった事実をまったく感じさせない」とは書いてあるけれど、いくら何でも感じさせなさすぎじゃないだろうか…。

こういう重要な役では、ただ存在するだけでも演技力は必要になる。「セリフがなければ、演技はしないから大丈夫」というものではないと思う。

 

新城喬子は、この悲惨で救いがない社会の歪みの陥穽に落ちたような運命と、誰にも知られることなくたった一人で戦い抜いた女性だ。
決して許されない殺人という手段も含めて、どんな手を使ってでも、自分に与えられた運命に屈さず抜け出す、「ただ自分のためだけに生きる」そういう姿勢に、作者も善悪の観念を越えた共感を示している。

 

社会派ミステリーには、こういう運命と戦うために殺人を犯す女性が出てくるのだが、その中で最も魅力的な人物なんだけど…。
長い物語を経て、最後の最後に出会う物語の真の主人公なのだから、そういう重みや存在感が欲しかった。

 

安易に借金をすることの恐ろしさを教えてくれると同時に、一級のミステリーでもある「火車」は、クレジットカードを持つ前の十代のうちに読んで欲しい小説だ、と思う。

 

(2017 5/8 追記)人物の名前を誤っていたので、本文を訂正しました。誤「新喬子」→正「新喬子」 

 

佐々木希 Non・non

佐々木希 Non・non

 

 確かに容貌は、こういうイメージなんだけどね。

 

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