うさるの厨二病な読書日記

生涯中二の着ぐるみが、本や漫画、ドラマなどについて好きも嫌いも全力で語ります。【ネタバレ前提です。注意してください】

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「面白さ史上主義」に対抗する「真っ当さ」の物語。ゆうきまさみ「機動警察パトレイバー」

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21世紀の新型悪役像「内海課長」

togetter.com

このまとめ記事を読んで、頷く部分が多かった。

YouTuberに限らず、「内海課長的悪」「面白ければいいじゃん主義」というのはネットで見かけるし、確実に増えていると思う。

 

自分が欲しいもの、面白いと思うことのためならば、笑顔で法を犯し、人を傷つける内海課長。

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(引用元:「機動警察パトレイバー」22巻 ゆうきまさみ 集英社)

まぁ内海課長の画期的なところ、面白さ至上主義というよりも何を面白がるかというところにある気はするよね。

あれが単に人が苦しんでるところを見るのを面白がる人だったら面白さ至上主義でも単なるサディスト扱いなわけだし

要するに「アニメみたいなロボットが対決するの面白いやん?」という共感しやすい面白さを標榜してるからこそのアレなわけだよね

秀逸だなあと思ったのは、まとめの中のこの文言。

内海課長の目的自体は、多くの人が「面白いそう」「やってみたいな」と思うことだと思う。

従来の悪役のように「人を殺したい、傷つけたい」という目的だと反発が先に立つけれど、内海課長みたいに「最強のロボットを作って、最強のロボット同士で戦わせたら面白そうじゃん」というのは、多くの人が「確かに面白そう」と感じそうだ。

少なくとも自分はそう思うし、シャフトで働いたら楽しそうだな~とも思う。

 

問題なのはその面白さのためならば、法を破ろうが人を傷つけようがおかまいなしのところだ。

人身売買で手に入れた子供をレイバーのパイロットにするために、社会性や道徳を無視した教育をする。

当のバドも幸せで楽しそうなので、一体それの何が悪いのか、ということがすごく分かりにくい仕組みになっている。

内海はまだしも法を犯しているから「悪として可視化しやすい」けれど、これが法律のグレイゾーンでやられると「みんなが面白くて楽しいのに、一体何がいけないのか」ということが非常に分かりにくくなる。

「何がどう悪いのかを指摘しづらい」から、一定の支持を集めやすい点が、この種の人の怖いところだ。

 

こういう「悪を目的としていない悪」「悪と自認していない悪」は、パトレイバーが連載していたときは漫画の中の絵空事だったけれど、ネットを見ているとそういうものがこれからどんどん増えていくんだろうなあと思わされる。

 

善悪の評価軸を持たない、結果論としての「悪」

「悪と自認していない悪」は、そもそも物事の良し悪しの判断の基準が「面白さ」など従来のものと違うものになっているから、理解し合う術がない。

「パトレイバー」の最後の野明とバドの会話には、それがよく表れている。

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(引用元:「機動警察パトレイバー」22巻 ゆうきまさみ 集英社)

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(引用元:「機動警察パトレイバー」22巻 ゆうきまさみ 集英社)


こういう会話がまさに現実のものになりつつある、のが怖い。

それと同時にこういう存在が世の中に出てくるだろうと予見していた「パトレイバー」は、やっぱりすごい物語だなと思う。

 

このまとめ記事を読んで、自分がなぜ、「パトレイバー」がすごい好きなのかということが分かった気がした。

 

「面白さ至上主義」は可視化しづらい悪ゆえに、それの何が悪いのかということを指摘することが非常に困難だ。

まとめ記事でも書かれている通り、

銀河英雄伝説のトリューニヒトなんかもその眷属でしょうか。すなわち、ドラマツルギーにのっとると倒すための筋道がなく、キャラクターの怒りやこだわりによってのみ打ち倒される。

その時代の価値観の内側から出てくるため、善悪の評価軸で精査されづらく、すごく支持されやすい。

それの何が悪いかを指摘すると「時代遅れ」とか「ダサい」とか「空気が読めない」という言葉で封じ込まれやすいと思う。

「面白い面白い」「空気読め空気読め」と煽られたり抑圧されたりして、そういうものに対して多くの人が支持に回ると、トリューニヒトがルドルフになるのだと思っている。

 これをトリューニヒトのように合法的なシステムの枠内でやられると、どうにも対抗手段がない。

 

「パトレイバー」は「悪を目的としない悪」に対抗する物語。

そういう近い未来に必ず出てくるだろう愉快犯的悪=内海への、対抗手段としての物語が「パトレイバー」だ。

こういうものに対抗するには、言葉でも理屈でもより強い力でもなく、一人一人が真っ当な生き方をすることによって、そういうものに容易く与さない社会を作っていくしかない。「地道に生きる平凡な人の力を信じる」そういうメッセージ性がたまらなく好きだ。

 

「真っ当さ」って何だろう? と考えたときに、言葉では説明できないけれど、「パトレイバー」を読むとすぐに分かる。

「特車二課」の面々は、愉快犯的悪=内海に対峙するものとして、すごく「真っ当に」生きている。

 

「真っ当さ」というのは、「正しさ」とも違う。「常識」とも違う。

「道徳」が近いかもしれないが、自分の中ではやはり違う。「真っ当さ」としか言いようがない。

 

人身売買の犠牲者であるバドを探すことにのめりこむ野明を、遊馬や後藤隊長はたしなめる。

後藤隊長が言う「俺たちの仕事は本質的には手遅れなんだ」という言葉や、遊馬が言う「お前のやっていることは自己満足で偽善だ」という言葉は、圧倒的に正しい。

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(引用元:「機動警察パトレイバー」18巻 ゆうきまさみ 集英社)

人身売買の犠牲者の中で、自分がたまたま知りあった子供だけを、仕事の合間の休日に探している野明の行動は、どう考えても自己満足だ。

 

人身売買の捜査に取り組む捜査員のことに思いをはせたり、「自分たちの仕事は本質的には手遅れだ。それでも覚悟とプライドを持って仕事をする」後藤隊長や、「自分の目から見ると、お前のやっていることは偽善にすぎない」とはっきり指摘する遊馬は、すごく真っ当な人だと思う。

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(引用元:「機動警察パトレイバー」18巻 ゆうきまさみ 集英社)

 

でもそう言われてなお「立派な偽善ができるような立派な大人になればいいんだ」と返す野明も、すごく真っ当だ。

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(引用元:「機動警察パトレイバー」18巻 ゆうきまさみ 集英社)

このセリフすごい好き。

 

間違えても困難にぶつかっても、社会のシステムの不合理さを飲み込まれ、ときにはそういう不合理さの一部にならなくてはならないとしても、その中で自分にとって正しいと思えることを、自分のできる範囲で成し遂げようとする。

特車二課の面々の、そういう泥臭くてダサくて地味で特に英雄的でも面白くもない生き方にこそ、たぶん「真っ当さ」というものは宿るのだと思う。

 

野明は「立派な大人」である「お父さんとお母さんに育てられて、杉浦先生に救われて、後藤隊長に働き口を与えられて」今日までこれた。

それは内海から「面白さや楽しさ」しか与えられなかった、バドとの対比に思える。

「立派な大人」というのは、「子どもを幸せにできる人だ」と言う。それが「真っ当な大人」なんだ、と野明は言う。

 

言葉だけならば「でも、バドだって内海といて幸せそうだけれど?」「幸せって人それぞれじゃない?」といくらでも反論が思い浮かぶ。

「真っ当さ」というのは言葉で説明するのが難しい。

だから「真っ当さ」でしか対抗することができない「悪を目的としない悪」は、指摘するのは難しいのだ。

 

言葉で説明するのが難しい、言葉の世界では反論によって簡単に消え失せてしまう「真っ当さ」が、「パトレイバー」ではしっかり描かれている。

 

「パトレイバー」を読むと「面白さ至上主義=内海」というのは、余りに魅力的だ。「真っ当さ」なんてどうでもよくなって、面白いこと、楽しいことを生み出す内海を支持したくなる。

それに対して警察機構というのは、いかにも地味だ。

敵が出るまで何時間も待機して、新機が入るときも癒着があったのではないかとおろおろして、内輪もめやいざこざもしょっちゅうだ。

地味でつまらない「本質的には手遅れなこと」を、それでも自分が負った責任として必死で果たす、そんな「真っ当さ」を身をもって教えてくれるところが好きだ。

これからの時代に多くなるだろう、内海課長のような悪に相対するものとして、「パトレイバー」のような物語が残って欲しいなと思う。

「パトレイバー」は、最初に読んだときは、まったく面白いと思わなかった。「企業がどうの、研究がどうの地味で面白くない話だな」 と思っていたけれど、大人になってからいっき読みしてようやく面白さに気づいた。

内海を見ていると、「自分は面白さ至上主義なんて支持しない」とは言い切れない。

「新しい悪の形」として内海というキャラを生み出したのもすごいけれど、それ以上にそれに対抗する手段をきっちり描いている点が「パトレイバー」のすごさだと個人的には思う。

 

ネットは「面白さ至上主義」や「分かりやすさ至上主義」との親和性が非常に高い。情報が多いので、パッと見で分かりやすく面白いものにどうしても惹かれてしまいがちだ。

「面白さ」「分かりやすさ」以外の評価軸を手放さないことが、今後の社会ですごく大事になるんじゃないかなと思う。

難しいことだけれど。

 

続き。 

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