うさるの厨二病な読書日記

生涯中二の着ぐるみが、本や漫画、ドラマなどについて好きも嫌いも全力で語ります。【ネタバレ前提です。注意してください】

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【「オタサーの姫」論】 「姫」とは「無能なカリスマ」のことだ。

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「オタサーの姫」について考えだしたらとまらなくなったのでまとめたい。

 

なぜ「姫」なのか? という疑問。

「オタサーの姫」の元々の意味は「女性慣れしていない男性の中に紅一点の女性がいて、その女性がスペックを問わずチヤホヤされる現象」だと思う。

「そりゃあ男の中に女が一人なら、下心もあるし姫扱いされるだろ」

という意見が大勢を占めていると思うし、自分もそう思っていた。

ただそれだけではないような気がしてきた。

 

紅一点になっても「姫化」しない女性もいる。男性でも(「姫」とは呼ばれないけれど)この「姫状態」になる人はいる。

「なぜ『姫』なのか。例えば『アイドル』ではなく」という疑問もある。

性的欲求(疑似恋愛)だけで読み解けるなら、「姫」よりも「アイドル」のほうが呼称として妥当な気がする。

もしくはなぜ「女王」ではないのか。

「男性の中で紅一点」という状態だけでは「姫化」は起こらない。その状態を「姫」と呼称したくなる、別の条件があるのだと思う。

 

「姫」と「女王」と「アイドル」の違い

ある特定の人が「姫」であるとは、どんな状態か?

「同じ場にいるときに、周囲の人がその人の言動に常に注意を向けていたり、その心情に配慮している状態」だと思う。

周囲の人がその人が困っていたらすぐにフォローに入ったり、その人が心地悪い思いにならないように常に気を配っている状態だ。

 

この「配慮」が強制的に行われているように見えると「女王」という呼称がふさわしくなり、「配慮」に対して受け手側も何等かの見返りを(感謝など)等価に近く返しているように外部から見えるのが、「アイドル」状態だと思う。

 

「姫」状態は、周囲が自発的に配慮したり奉仕しているように見え、なおかつその奉仕の見返りとなるものが外部から見ると分からない、もしくは釣り合っているように見えない状態だ。

「なぜ周囲の人が、そんなに姫に気を配るのか。大切にするのか。大して見返りもないのに」という現象なので、外部から見て理解しにくい。

 

「姫」に直接、接していない周囲は、「下心」などの自分に理解できる動機でこの現象を解釈しようとする。でも下心以外の何かがあるから、「姫」は「アイドル」でも「女王」でもなく「姫」なのだ。

周囲の人間は、一方的に「姫」に気遣いやチヤホヤしているように見えて、「姫」から何かを受けとっているのだと思う。この「何か」を不特定多数の赤の他人に与えられなければ、「姫」にはなれない。

 この「何か」は、男性のほうが持っていることが圧倒的に少ないので、男女逆転した黒一点の状態では「姫化」はおこりにくい。

 

この「何か」があると、「利害関係のない多くの赤の他人に『何かをしてあげたい』」と思わせることができる」ので、「姫」になることができる。

 

「姫化」のためのふたつの条件。

利害関係のないまったくの赤の他人に、「してあげたい」と思わせられる「何か」とは何か。

二つある。

 

①相手に「この人は無力だな」と思わせることができる。

②可愛げがある。

 

よく言えば「可愛いから何かしてあげたくなる」と思われている、悪く言えば「出来ない存在だから、自分にも何かしてあげることができる」と見られているということだ。

自分より強くて優れた存在に「かわいいから、何かしてあげたい」とは思えない。

 

余談だけれど「かわいい」は「愛することが可能」という意味だから、「自分の保護下における」というやや支配的なニュアンスを含む。

なので対等な大人同士で言うには失礼な言葉、と受け取る人がいるのも分かる。使うときに関係性や相手を選ぶ、割と難しい言葉だと思う。

 

閑話休題。

「この相手が望むことができる能力がある、という感覚」は自信につながる。そしてその能力を持つがゆえに生まれる「自分は必要とされている感覚」は、自身の価値を実感することができる。

その人のそばにいる限り、自分の能力を確認でき、必要とされている感覚があり、承認欲求が常に満たされる。それが「姫」が周囲に与えているものだと思う。

 

「あなたは無力である」というメッセージを受け取れるかどうか。

ただ、実際にこれを常時出来る人は、かなり少ない。

何故なら「何かをしてもらう」ことは「あなたにはそれはできない」というメッセージとワンセットだからだ。

 

「あなたは無力である」という他人からのメッセージを受け取れるかどうかが、恐らく「姫」になれるかどうかを分ける。

このメッセージを受け取れない人は、「姫」と言われることにいわく言い難い不快さを覚える。

 

「あなたは無力である」というメッセージを受け取れる人は、「無力である=無価値である」とたぶん考えていない。

何もできない存在であっても、それは自分の価値とは何の関係もない、と思えれば、何の抵抗もなく「自分は無力である」というメッセージを受け取れる。

これは男性だと難しい人が多いと思うし、また職場だと女性でも難しい。職場は基本的には、能力で価値をはかられる場所だからだ。

なので、サークルや友人関係のほうが、女性が「姫」化しやすい。

 

「天然姫」と「養殖姫」

多くの他人から「この人は無力だから、自分がいなくてはダメだ」と思わせられるのが「姫」の条件だが、本当に無力である必要はない。

相手がそう思ってくれればいいだけで、実際に無力かどうかは関係ない。

 

「無力であれば、助けてくれる人が現れる」という法則を意識的に使っているか、それとも本人はまったくそんなことは考えていないのに周囲が勝手にそう思ってくれるかでも「姫」の種類が分かれる。

「養殖姫」か「天然姫」かだ。

 

自分が考える最強の天然姫は、司馬遼太郎の「項羽と劉邦」で描かれている劉邦だ。おっさんだが。

 

「項羽と劉邦」で描かれている劉邦は、本当に無能で周囲の人がいなければ何もできない。自分がした失敗を子分に押し付けて逃げたり、自分が戦に弱いことを棚に上げて「俺の部下は使えない奴らばかりだ」と愚痴をこぼしたりする。

一体、劉邦のどこか良くて従っているのか聞かれた子分の一人は「あっしがいなければ、劉兄いはただのでくの棒ですよ」と答える。

「自分は必要な存在である」と感じられ、その人の側にいると自己実現できてしまうというのは、何ものにも優る魅力なのだと思う。

 

また同じく司馬遼太郎が書いた「翔ぶが如く」で描かれている西郷はこれまたおっさんだが、「養殖姫」タイプだ。

「翔ぶが如く」の西郷は有能な人間だが、維新後は部下たちを活かすためにわざと茫漠とした無能な存在になり、求心力を発揮する。行き先は任せ、部下たちが担ぐ神輿の上に乗っかるだけの存在になろうとする。

 

「自分の価値を体感させてくれる人」は、とても貴重な存在なのだと思う。

何もかも自分でやってしまう人には、こういう人徳は生まれにくい。

 

「あなたは無力だ」というメッセージは毒性が強い。

別に無力でもないのに、なぜか周囲からか弱い存在と思われやすい人もいる。そういう人は、「姫」扱いが嫌であればきちんと断ち切ったほうがいい。

「あなたが無力に見えるから助けたいのです」というのは本人が望んでいないときは失礼なことだし、言っているほうも悪気はないのだろうけれど、自分はこういう無力さの押しつけは、一種の価値の搾取だと思っている。

過保護な親が「自分の価値を確かめるために、子供をことさら無力な存在として扱う」のと同じだ。

無力感というのはすごい毒性が強いから、安易に他人に味合わせていいものではない、と思う。

 

「ニセ姫」は、報酬ではなく罰で人を動かそうとする。

「姫」というのは「自分が無力な存在であると相手に思わせることで、相手に自分の価値を実感させる存在」だ。そういう存在だから、周りに人が寄ってくるし、大切にされる。

相手からもらってばかりいるようで、実はギブ&テイクだから「姫」の周りに人が寄ってくるのは当然だ。

 

残念ながら、この点を勘違いしているのが「姫」の偽物「ニセ姫」だ。

相手に「承認」や「価値」を与えることなく、「自分のことを気遣わなければ、損害を与えるぞ」という脅しによって相手から注目を得ようとする。

 

日常で見られるのは「精神的ダメージ」をちらつかせるタイプだ。放っておくと不機嫌になるタイプなどが当たる。

報酬ではなく罰によって相手を動かそうとするので、最初は罰を恐れて周りも思い通りに動くが、度重なると離れていく。

 

メンヘラに好かれる人の特徴と、付き合ったときの対策。

この記事で書いた「罪悪感を刺激することによって、相手をコントロールしようとする人」もこのタイプにあたる。

他人なら離れればいいが、家族内にこの「ニセ姫」がいると逃げることができないので大変だ。

 

「かわいい」は才能なので、発揮したほうがいい。

「姫」の才能は思う存分発揮したほうが、周りも幸せじゃないかなと思う。本人が嫌でなければだが。

 「サークルクラッシャー」という話も聞くけれど、木嶋佳苗のように犯罪に走るならともかく、関係自体は個人の自由だ。個人的にはそういう恋愛観の人には近づきたくはないけれど、価値観自体は人それぞれだ。

 性別や年齢で下駄をはかせてもらっているだけ、という意見もあるかもしれないけれど、それを承知のうえで「姫」状態を楽しむのはアリだと思う。

 

下駄をはいていない状態でなお、みんなから「しょうがないなあ」「〇〇には私がついていないと」と思われるなら、それが真の「姫」だ。

老若男女、異性同性問わず誰もが愛することが可能である「かわいい」は、後天的には決して得ることができない強力な才能だ。

「かわいい」に群がる人々が担ぐ神輿にのっかって、どこまでも走り抜けて欲しい。

わっしょい。

 

あくまで司馬遼太郎の解釈だが、劉邦のカリスマ性を「無能でかわいい」に集約しており、それを描ききっている。

項羽と劉邦 (上) (新潮文庫)

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でも人がまったくついてこない大久保のほうが好き。 

新装版 翔ぶが如く (1) (文春文庫)

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「かわいい」を支配的言語として、連合赤軍事件を読み解いている。面白い。

「彼女たち」の連合赤軍―サブカルチャーと戦後民主主義 (角川文庫)

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リカちゃん ドール ゆめみるお姫さま ピンクジュエリーリカちゃん

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