うさるの厨二病な読書日記

生涯中二の着ぐるみが、本や漫画、ゲーム、ドラマなどについて好きも嫌いも全力で語るブログ。

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会社や家族で遭遇する困った人。「不機嫌な人」への対処法。

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誰もが人生で一度は関わったことがあるだろう「不機嫌な人」 

 

自分が考える、いわゆる「不機嫌な人」は二種類に分かれる。

①本当に不機嫌な人

②不機嫌そうに見えるけれど、不機嫌ではない人

 

②についても話したいことがあるのだけれど、多くの場合、問題になるのは①のほうだと思うので、コチラに焦点を当てて話したい。

 

「不機嫌」というのは、心がネガティブな感情でいっぱいになっていて、それを周囲に出してしまっている状態だと思う。

 

なぜそういうことをするのか。目的は二つに分かれるのでは、と考えている。

(1)自分の内部では消化しきれないネガティブな感情を、外に放出することで消化しようとしている。

(2)「自分の不機嫌をどうにかして欲しい」という目的のために、もしくは他人をコントロールするという目的のために、「不機嫌を表明する」という方法を用いている。

字面にすると「迷惑だな」と思うだけだが、特に親しい関係では日常的な現象だと思う。

「自分の感情を自分で責任を持てずに、外に放出してしまう」というのは「甘え」なんだけれども、他人では許されない「甘え」も許してもらえるのが家族のありがたいところだ。親しい関係であれば、多くの場合、お互い様だと思う。

 

大事なのは「本来、自分が責任を持つべき自分の感情を、他人にどうにかしてもらおうという発想は甘えだ」という認識を持つことじゃないかと思う。

 

「家族だからいいだろう」とか「自分は正しいことをしているのだから、正当な権利だ。察しない相手が悪い」と思ったり、不機嫌を受け取める側が「こんなに相手が不機嫌なのは、自分が悪いからでは? 何かしてあげなくてはいけないのでは?」という発想になると問題が起こりやすい。

この考えが「正しいもの」として刷り込まれてしまうと、「不機嫌を受け止める側」がすごく苦しむことになる。

「その人が不機嫌なのは、その人自身の責任だ」

特に相手の不機嫌に振り回されがちな人は、覚えておいて欲しいなと思う。

 

人は行動に対しては責任を持てても「その行動から発生する他人の感情」には責任は持てない。

もちろん、誰かの言動を「嫌だな」「やめて欲しい」と思うことは誰にでもあると思う。その場合は、そう相手に伝えればいい。

 

 言葉で自分の要求を伝えずに、ネガティブな感情を表すことで他人を思い通りにするのは「罪悪感コントロール」だ。この罠にはまらないで欲しいなと思う。

メンヘラに好かれる人の特徴と、付き合ったときの対策。

相手の罪悪感をつつくことによって思い通りに動かそうとする仕組みについては、この記事で書いた。 

【「オタサーの姫」論】 「姫」とは「無能なカリスマ」のことだ。

この記事で書いた「ニセ姫」のこと。

他人から感情というリソースを奪ってそれを悪びれない、最悪な存在だ。

 

結論は、(1)のタイプも(2)のタイプも放っておけばいいと思う。

(1)のタイプは、自分の観測範囲内では本人も放っておいてほしいと思っている人が多い。

負の感情を放出しきったら、後はケロッとしている。

「不機嫌そうだけれど、どうしたの?」と言われると、感情を整理して消化しようとしているのに新たに処理しなくてはいけない情報が入ってきて、余計にイライラするという人もいる。

 我がままと言えば我がままだし、職場だと迷惑な存在だろうけれど、自分のことを分かっている人の中には、なるべく一人になろうとしたり、色々と工夫している人も多い。

 

(2)のタイプは、例えばパートナー間のみで発生するならば対等な関係だし、他の要素でもう片方が甘えている場合もあるなど、他の要因も色々と絡むので一概には言えない。二人で調整すればいいし、調整しきれない場合は離れることも検討に入れていいんじゃないか。

余談だけれど「どうしてもダメなら、別れる自由がある」という前提は、パートナーシップを考える上ですごく大事だと思う。そこで「別れられない」というのならば、その前提を問題として捉えたほうがいいと個人的には思う。

 

問題は誰に対しても、そうすることが人間関係のデフォルトになっているタイプ。

これに乗ってしまうと「相手の感情」という、こちらがいくら考えても分からない、コントロールしようもないものを基準にして動かなくてはならなくなる。そんな苦しくて理不尽な立場に自分を追い込む必要はまったくない。

特に気にせずに、自分の楽しさだけを追求すればいいと思う。

 

「他人をコントロールする」という目的のために「不機嫌になる」という方法をとっているのだから、その方法では目的を達成できないと分かればやめる。

どこでやめるか(どこで目的を達成できないと理解するか)というのは個人差があるけれど、「不機嫌になる」という方法が通用しなければ、必ず別の方法を取り出す。ちゃんと(とも限らないが)不満を話し出す。

「対等な他人同士が、きちんとお互いの要望を出し合って、お互いに調整し合うことで双方にとって最大限心地いい関係を築く」という方向に向かうためには、「不機嫌になる」というイレギュラーな方法は拒否する必要がある。

「不機嫌になれば、相手は自分の思い通りに動く」という成功体験を積ませてはいけない。

 

「不機嫌な人」に対する、個人的な意見のまとめ。

 「その人の感情の責任はその人のみが負う、というのが基本的な考え」

「行動から発生する他人の感情までは責任は持てない。」 *1 

「私の感情をどうにかしてくれ、という要求は甘え。ただ、その感情が発生した原因となる言動をこうして欲しい、と要求することは自由」

「相手を一方的に苦しめるものでなければ、甘え自体は悪いものではない。むしろ、必要なものだと思う」

「言動を改めて欲しいという要求に応じてもらえなかった場合、その相手と離れたり、距離をおく自由がある」

「『不機嫌』によって人をコントロールする人が、親や上司など離れられない関係の場合は、『相手の不機嫌は自分のせいではない』ということだけ覚えておいて、相手の不機嫌にコントロールされない。物理的には離れられなくても、心の距離をおく」

 

他人の感情を基準にして行動する、こんなに苦しい生き方はない。自分の感情に基づいて行動する、ということが自分を大切にすることにつながると思う。

「お互いにとって心地いいものになるように、関係を常に調整しようと試みてくれる人」を大切にしたほうがいい。そういう人が自分と、自分との関係を大切にしてくれているということだと思うから。

感情を一方的に搾取しようとする人のために、心を動かすのはもったいない、ほんと。

*1:「相手を意識的に攻撃したり、過失で重大な結果を引き起こした場合」は除く。ただその場合は、逆に責任なんかとりようがないと思うけど。