「俺物語」の原作者でも有名な河原和音著「青空エール」が、全19巻で完結しました。映画化もされるようなので、これを期に「青空エール」の魅力を語りたいと思います。
「青空エール」粗筋
吹奏楽と野球の名門校として名高い北海道札幌市立白翔(しらと)高校[3]に入学したつばさ。いつかトランペットで甲子園のスタンドに立って野球部を応援するのがつばさの夢だった。
トランペット初心者のつばさは何かとくじけることが多いが、同級生で野球部員の山田大介に励まされながら、共に甲子園を目指す。
(Wikipediaより引用)
吹奏楽の超名門校に入学した主人公が、まったくの初心者にも拘わらず仲間たちと全国大会金賞を目指すという話です。
粗筋だけを聞くと、少年漫画のスポーツものとよく似た構造です。
バスケ漫画の名作「SLAMDUNK」を彷彿させます。
ただ「青空エール」は、これらの漫画とも一線を画します。
「青空エール」のすごいところ
「青空エール」のすごいところは、他の漫画とは違い、主人公に吹奏楽の才能が、まったく無いということです。
最初のころは、周りからまったく期待も理解もされません。
「スラムダンク」のように誰かが眠っていた才能を認めてくれ、その才能を努力によって開花させる話ではないということです。
そこだけをみれば、「青空エール」は恐ろしいほどリアルな話です。
困難、挫折、困難、挫折の連続です。
この漫画のすごいところは、このリアルさと漫画的な非現実さが絶妙のバランスをとっているところです。
あと少しでもリアルに傾けば、読むのが辛いだけの話だったでしょうし、あと少しでも非現実的なほうに傾けば似たような凡百の漫画と同じような話になっていたと思います。
このリアルとファンタジーのバランスの絶妙さが、「青空エール」という漫画をこれほど面白くしているのだと思います。
「青空エール」のリアル
「青空エール」のリアルさは、恐ろしいです。
過去にこれほど、「主人公の才能のなさ」を真正面から描いた作品があったでしょうか?
「平凡」なだけならば、まだいいです。自分の実力を知ろうとして、傷つくことはないから。
でも「青空エール」の主人公つばさにはかなえたい夢があります。周り全員から「とても無理だ」と言われる夢が。
才能が無いのにその夢を追うがゆえに、主人公のつばさは何度も何度も打ちのめされます。自分の才能の無さを、いやというほど思い知られます。
「わたしには才能が無いから、わたしがトランペットを止めるって言っても誰も止めないじゃん。だから、あきらめないでやるしかないじゃん」
(引用元:「青空エール」河原和音 集英社)
十一巻でつばさが、後輩の瀬名に言ったセリフです。
つばさの場合は謙遜でも、努力漫画の主人公特有の「本人だけは、自分の眠っている才能に気づいていない」がゆえの思い込みでも何でもなく、これが事実そのものです。
最初のころなんて、「やめたほうがいいんじゃないか」とか「やめてくれ」とか言われます。
周りがひどい人間だからとかそうではなく、むしろ周りが正常な感覚で、つばさが一人で勝手に無謀なことをやろうとしている、この漫画はそういう環境から物語がスタートします。
顧問の杉村先生からは
「やる気だけはあるけど、これが才能のある子だったら」と言われ、
慕っていた先輩からは
「本気で夢見て、ずっと馬鹿じゃないかと思っていた」と言われ、
挙句の果てに才能のある同級生の水島からは
「本気だとしてもやめて。他の部員の迷惑になる」と言われます。
みんな後から謝るのですが、言っていることは全部事実なんです。(「本音だった」と言われますし。)
つばさ本人が認めているように、みんな意地悪で言っているわけではない。
これが連載開始時点で、主人公つばさを取り巻く現実です。
誰一人として、つばさの夢、やろうとしていることを認めてくれない。
じゃあ、何故、そんな環境で、つばさがあきらめずに頑張れるのか?
それが、この漫画の面白さのもう一端であるファンタジー部分なのです。
「青空エール」はピグマリオン効果教の聖典
「ピグマリオン効果」という言葉をご存じでしょうか?
「自分ではない誰かが自分を信じてくれることで、結果を出すことができる」
これが「ピグマリオン効果」ですが、「青空エール」はこのピグマリオン効果への信仰が全編を通して貫かれています。
大介とつばさの関係が代表的ですが、
自分ではない誰かが自分のことを信じ応援してくれることで、とてつもない力を発揮できる、
「青空エール」その力を描いた話です。
主人公のつばさが恋をする野球部員の山田大介は、その「ピグマリオン効果教」への信仰を具現化した存在だと思っています。
つばさの驚異的な努力は、その神様=大介への信仰の力なのだと思いました。
つばさが苦しさの余り生み出した幻覚だった、というオチで最終回を迎えるんじゃないかとどきどきしていましたが、結局、最終回まで生身の人間のままでした。
「青空エール」は登場人物がすごい
「学校一のモテ男」「どエス王子」で、行動原理が「主人公との恋愛」という一点しかないペラペラの紙人形みたいな登場人物は一人も出てきません。
主人公つばさが恋をする山田大介は、「学校一のモテ男」とか「高校生のくせに俺様」などとはまた別の意味で、非現実的なキャラクターです。
山田は一見すると少女漫画の登場人物とは思えないほど、リアルなキャラクターに見えます。
野球部でキャッチャーで坊主頭、内面的な恰好よさがあるいい男ですが、少女漫画に出てくるモテ男たちとはほど遠いキャラクターです。
ただ、内面は恐ろしいほど非現実的です。
強くて明るくて優しくて、友達の悪いところを真面目に指摘できる、面倒見がよく後輩からは慕われ、先輩からは信頼され、かわいがられる。
責任感が強くて、努力家。野球にすべてをかけているストイックな性格。
水島に厳しいことを言われたと、つばさに相談されたときの大介の答えが、素晴らしいです。
「その人、きっと真剣にやってきた人だと思うんだよね。真剣になると、どうしても周りとぶつかるから」
(引用元:「青空エール」河原和音 集英社)
お前、本当に高校生か?と言いたくなるような答えです。
自分は、とっくに高校を卒業しましたが、未だにこんな答えを言える自信がありません。
この答えだけでも、大介は人間ではなく、ピグマリオン教の神に違いないと思います。
才能のない自分、そして、その事実をイヤというほど突きつけてくる環境、そんな現実の中で、大介という神様への信仰だけを糧にして、
ひたすら絵空事としか思えない目標に向かってつき進んでいく、「青空エール」はそんな話です。
大人になった今でも「学校って、何の意味があるんだろう?」と思っている自分にですら、「高校生に戻って、部活に三年間全部賭けるのも楽しそうだな」と思わせる漫画です。

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春日先輩と杉村先生が好きです。