法月綸太郎のデビュー作「密閉教室」を読んだ感想です。犯人やトリックはネタバレしていませんが、多少内容に触れています。未読の方はご注意ください。
「密閉教室」粗筋
机と椅子がない! からっぽの教室で、コピーの遺書を残し、19歳の圭介は死んだ。窓には錠、ドアには目張り。順也が級友の死の謎を追いつめた時、彼は青春という“密室”の中にたたずむ自分を見つける。周到に張りめぐらされた伏線。たった1日の、三重四重の逆転劇。23歳の処女作にして、これは不朽の名作!
(アマゾンの内容紹介より引用)
とても面白かったです。途中までは。
久しぶりに、「ページをめくる手がとまらない」という感覚を味わいました。
ただ、オチがいただけない……。
主の評価はトリック解明までが★4、オチも含めると★3です。
清々しいくらいの、徹頭徹尾の厨二スタイル
登場人物の性格から、話している内容から、オチの主旨から
すべてが厨二です。
「僕はその時、世界から孤絶していた。完全にひとりぼっちだった。(中略)その時、そこに存在していたのは、僕と僕だけだった。」
「そう、命じる僕と従う僕だ。その他には何も実在しない。意識の両面、それが実感できた。ものすごくクリアな関係だった」
「あらゆる人間は突き詰めれば孤立した有機物の塊にすぎず、そこには添付の崇高さなどない。中町のように、一度自己と世界の間に隔絶感を抱いてしまった精神は、遅かれ早かれこの精神にたどり着く。そしてそれは、ひとつの死にも匹敵するほどの絶望に他ならないのだ」
「孤絶」「実在」「崇高さ」「隔絶感」「絶望」
厨二が大好きな用語がてんこ盛りです。胃もたれするほどです。
厨二が大好きな主は、もんどりうって喜びましたよ。
「世界から孤絶していた~云々カンヌン」を話している真部くんは、
「誰かが死の恐怖を克服することが、生の解放そのものなんだ」
という発想を完遂したくて自殺を試みたことがある、という話をしているわけです。
それって、まんま「悪霊」のキリーロフじゃん。
と思っていたら、話の後半でちゃんと「悪霊のキリーロフかよ」って突っ込みが入りました。
「絶対的な理性を保ったまま自殺をすることによって、人間は死の恐怖を超越することができる」
という、理論を打ち立てて実行しようとしたキリーロフは
「厨二の神」だと思っています。
「悪霊」は、ドストエフスキーの長編の中では余り評価されていませんが、主は結構好きです。
本書は1988年刊行なので、いまの高校生とはちょっと違う考え方や喋り方をしています。
やたら哲学的なものの考え方をしたり、本をたくさん読んでいたりね。
その辺りに若干違和感を感じる人もいるかもしれません。
主は、厨二大好きなので、むしろこの辺りは楽しく読みました。
トリックについて
本書のトリックは、推理小説をまあまあ読んでいる人ならば、最初の段階でだいたい想像がつくと思います。
「こうきたら、だいたいこういう理由でこういう方法で、これが目的でしょ?」
と分かってしまうと思います。
刊行年がかなり前なので、このトリックも考え方も、そのあと、亜流も含めて相当使われているので、その辺りは仕方がないかな?と思います。
推理小説は物理トリックにしても、叙述トリックにしても出尽くした感があります。
使い古されたトリックを新しい見せ方で、まったく違うもののように見せるか、
ハードボイルドや社会派ミステリーのように、
新しいジャンルを開拓するかしかないかのような気がします。
あとはトリックや犯人が分かって読んでも面白い、普通の小説のように、再読に耐えうる推理小説を書くとかですかね。
カーやクイーンの本は二度も三度も読もうとは思いませんが、クリスティの本は、何回読んでも面白いです。
綾辻行人の「時計館の殺人」とか米沢穂信の「インシテミル」とか犯人が分かっていても、何度読んでも怖いので、そういうミステリーが増えてくれるといいなあ、と思います。
最後のオチについて
確かにびっくりしますが、これはないんじゃないの?と思いました。
推理の根拠が理詰めではなくて登場人物の性格や関係性による部分が大きいからです。
しかもその推論に読者が納得できるほど、登場人物のキャラクターが立っているわけでもない。
「この人がこういう人だから、こういう行動をとったと思う」
と言われましても、「この人がこういう人だ」って知らないし。
それを小説の中で描写してくれよ、と思います。
これを「推理」だと言われたら、後付けで誰であろうと犯人にできてしまいます。
だいたい、主人公が吉沢信子を好きだったということからして突然言われて、びっくりしました。
主が鈍感なだけかもしれませんが、信子に対して「君は赤い靴症候群」(異常な自己顕示欲がある、という意味みたいです。)とか言ったり、リアルでこんな態度されたら、
「どう考えても嫌いだろう」と思うような態度だったので、ぜんぜん気づきませんでした。
法月綸太郎は、好きな女の子にこんな態度をとるんですかね???
絶対に嫌われると思うので、やめたほうがいいと思いますよ。
何が言いたいのかと言うと、
紙人形みたいなペラペラの人物描写の杓子定規なキャラクターを出しておいて、推理の根拠を登場人物の性格や行動原理に持ってくる、ってそれはないだろう。
ということが言いたいです。
推理小説は、
「このトリックで、この時間帯に殺人が行われたのだから、この人しかできる人はいない」
もしくは、
「この人がなぜ、こういうことをしたのかというのは、こういう理由でしかありえない」
という理屈をを積み重ねて、解決されるものですよね。
「なぜその人が、その性格がゆえにその犯罪を犯したのか」
そういうことがやりたいのであれば、カポーティの「冷血」ばりに事細かな性格描写がないと納得できません、という話です。
根拠になる性格が分からないんだから、根拠にしようがないですよ。
まとめ
余りにオチが納得がいかないことと、厨二全開で内省的なキャラが出てくるかと思えば、
元彼が死んで、まだ好きなはずなのに、普通に元気に喋る女の子が出てきたり、単なる小悪党みたいなキャラが出てきたりと、作者の都合が透けて見えるようなキャラクター設定に多少辟易したことをのぞけば、とても面白い小説でした。
導入の殺人事件の謎も魅力的だし、章が細かく区切ってあることも、読みやすくていいアイディアだと思います。
推理小説好きな人には、平均点以上の満足を与えてくれると思います。
23歳で書いたデビュー作であることを思えば、すごいなと思います。
推理小説が好きな人であれば、読んで損はまったくしない小説です。
推理と青春と厨二をまとめて楽しみたい方は、ぜひ読んでみてください。