横田増生著「潜入ルポ アマゾン・ドットコム」を読んだ感想です。極端な秘密主義でインタビューなどもほとんど受けないアマゾンの内実を暴くために、日本でアマゾンの物流を委託されている、日通のセンターに著者自らがアルバイトとして潜入した体験記です。
この本の要点
「アマゾンの創始者ジェフ・ベゾスが目指したもの」
「アマゾンが日本の出版界に与えた影響」
「アマゾン独自のシステム」
「アマゾンの物流センター(実際は委託先である日通の倉庫)で実際に働いた感想」
など、内容が多岐にわたっていて、どれをとっても面白い内容になっています。
この著者が本を書く姿勢として、潜入ルポものの先駆者であり金字塔でもある鎌田慧の「自動車絶望工場」が頭にあったと思います。
「自動車絶望工場」の根底にある精神は「効率」「生産性」という名目の下に、人間を機械のように扱い働かせるシステムを作り上げた、企業や資本主義社会への怒りです。
「自動車絶望工場」は、資本主義という荒波のなかで、孤立無援でむしりとられていく労働者への哀歌(エレジー)である。(本書P126)
著者はそんな風に評しています。
著者は最初、本書「潜入ルポ アマゾン・ドットコム」もそのような精神の下に執筆しようとしたのではないかと思います。
ところがアマゾンのシステムを調べ、そのシステムを利用するうちに、著者はだんだんと別の思いを抱くようになります。
「私の心のなかには、職場としてこの上ないほどの嫌悪感を抱きながらも、一方、利用者としてはその便利さゆえにアマゾンに惹きつけられていくという相反する気持ちが奇妙に同居していく」
アマゾンの物流倉庫で働くことが、どれほど空しいことかを味わいながら、その人たちの働きのうえで成り立っている、アマゾンのシステムの素晴らしさに魅せられる、この二つの相反する感情の間で、著者はずっと揺れ動きながらこの本を書いています。
ルポものの主眼ともいえる著者の主張や方向性が定まっていないにも関わらず、この本が面白いのは、著者とまったく同じ心の揺れを読者も同じように味わうからです。
アマゾンのシステムは、余りにも合理的でシステマティックであるため、そこで働く人たちに達成感や連帯感などの人間らしい感情をほとんど与えないようにできてます。
創造力や向上心なども、ほとんど期待されていません。
機械のようにただノルマをはたしてくれれば、それで成り立つようにシステムが組みあがっています。
そして合理的でシステムとしての完成度が余りに高いために、働く場所としては無味乾燥でいながら、利用者にとっては素晴らしいサービスとなっています。
アマゾンのシステム
「一人一人の顧客の趣味を知り抜いた親身な店員さんがいる、小さな書店」
それが、創始者であるベゾスが目指したアマゾンでした。
確かにアマゾンにアカウントをすると、
「あなたが買った本と、同じ著者の本」
「あなたが買った本と、同じ本を買った人が買った本」
「あなたが検索したワードに関連する本」
などが、ズラリと出てきます。
自分の趣味を知っている店員さんが、PCの中にいるようです。
アマゾンは、顧客第一主義をとっています。
本や物を買うときは、スマートフォンで数回クリックするだけで、数日以内に手元に物が届きます。
返品も特に文句も言わずに、すんなりと受け付けてくれます。
著者はリアル書店で、「この本はないか」と尋ねたときや電話で問いあわせたときに店員にぞんざいに対応された経験と引き比べて、アマゾンのシステムの便利さやすばらしさにどんどん引きつけられていきます。
ベゾスはアマゾンを立ち上げたときに、まずは顧客層を拡大するために赤字覚悟で注文を取り続けました。
資金繰りも綱渡りの連続で、親や友人知人から借金をし続けます。
利益を出せるようになるまでは、株価が安定せず、株主を説得したりなどの苦労も書かれています。
システムが素晴らしいがゆえに、人にしわ寄せがくる
一回でも誤配をすれば、その人は二度とアマゾンで物を頼もうとは思わなくなってしまうだろう。
顧客を獲得するためには、ミスは許されない。
だが、人間は必ずミスをするもの。
なぜ、人間はミスをするのか? ⇒ 考えることや選択肢が多くなればなるほどミスをする。
ならば「働く人間が考えなくてもいい」システムを構築すればいい。
「ほとんど何も考えずに、誰でもできる作業」
アマゾンはアルバイトの作業レベルを、このレベルにまで持っていきます。
具体的には、一分間に3冊のノルマを課されたうえで、一日中、ピッキングをし続けます。
「入ってすぐの人が、初日からすぐにできる仕事」
創造力も向上心もいらない、こういう仕事を毎日毎日やることがどれほど空しいか、著者は身をもって味わいます。
何も積みあがらない、どこにもつながらない仕事。
一日の大半を費やす仕事というものが、人間の存在の基盤を作るものならば、これは相当キツイことではないか、と著者は考えます。
賃金も交通費込の時給900円。
労働時間は契約で保障されていないため、仕事が少なければ早く上がらされ、多ければ残業がある。
雇用は二か月契約のため人数が多すぎれば、調整弁として二か月単位で簡単に契約を打ち切られます。
仕事を続けても技術や経験など得るものがないため、人の出入りが激しく、「倉庫内が寒いから」などの理由で、簡単に人がやめていきます。
雇用主であるアマゾンも日通も人がやめても気にしません。
翌日には新しい人がやってきて、「誰にでも初日からできる仕事」のため、何も困らずに日々の業務は遂行できるからです。
むしろ、そういった仕事内容であるがゆえに、「定期的に人を入れ替えたいのではないか」というフシさえあります。
このように人がすぐに入れ替わるため、働いている人の間に連帯感は生まれません。
アマゾンは、シアトルのセンターを大規模な組合運動で閉鎖した経験があります。
(アマゾン側は、組合運動のせいではないと否定しています。)
「自動車絶望工場」や山崎豊子の「沈まぬ太陽」などでは、会社の言いなりになっていて労働組合としての役割を果たしていない「御用組合」というものが出てきます。
現代のアマゾンの労働現場では「御用組合」どころか、労働者の横の関係が希薄なので、組合運動が起こる素地すらありません。
時給を引き下げたり、あると言っていた残業が急になくなったり、契約期間は二か月など雇用主側のやりたい放題ですが、
誰も文句を言おうとすらしません。
「自動車絶望工場」や「沈まぬ太陽」を読むと、企業のやり方に対して著者がいう「義憤」が湧いてくるのですが、本書を読むと、むしろアマゾンのやり方にひたすら感心してしまいます。
「そうか。労働者を結束させないためには、人の入れ替えを激しくしたりして、横の関係性を断ち切って、人間関係を希薄にすればいいのか」
この本に出てくる著者の同僚たちは、まるで影絵のように個性が薄いです。
「島崎さん」という中年フリーターをのぞいて、誰一人、思い入れたくなるような人物が出てきません。
読者が本を読むときに感じる、この登場人物たちに対する思い入れの希薄さこそ、恐らく、ここで働いている人たちが日常的に同僚に感じている感情なのだと思います。
関係性を断ち切る
もうひとつアマゾンのシステムでうまいなあと思ったのが、アマゾンのマーケットプレイスに出品している、出品者と顧客を結びつけるようなシステムがないというところです。
顧客が出品者を気に入ってしまったら、直接取引をするようになる可能性もある。
そのために出品者の名前が出てくるのは、常に「欲しいものを検索した後」になっています。
(出品者自身をお気に入りに登録したり、検索したりはできない。)
常にアマゾンの検索システムが間に立ちはだかり、他の競合他社との比較でしか、出品者を目にすることはありません。
ポイントカードなどを作ってもらって、自店へのロイヤリティを高める、という手法は、最近ではどんなお店でもとっていますが、
他者へのロイヤリティを発生させない、
という逆転の発想も、アマゾンは取り入れています。
他者との関係性を極力断ち切り、「町の小さな、自分だけのための本屋さんアマゾン」との関係を一人一人と作り上げる、
アマゾンは、そういうコンセプトを元に作られているわけですが、そのコンセプトがシステムの細部にまで行き届いていること、そしてそのコンセプトから作り上げられた、システムの緻密さがすさまじいです。
アマゾンのシステムを知れば知るほど、働いている人の環境はどうなのか、そういうことに思いを馳せる以上に、ベゾスが自分が思いついたアイディアを、細部まで緻密に構築したその実行力に、ただただ圧倒されます。
ベゾス、すげえええ。
本を読んでいる間に出てくる言葉は、それだけです。
まとめ
アマゾンのシステムは確かに素晴らしいし、とても便利です。
自分も最近は何を買うにしても、アマゾンを利用しています。
自分のアイディアを具現化して成功させたベゾスはすごい人だと思う一方で、日本の書籍の再販制度や雇用環境を、自分が考えるシステムに組み込むために、ポリシーなく利用したり破壊しようとする姿勢は、やはり考えさせられるものがあります。
できるだけ便利で快適な暮らしをしたいという気持ちと、その裏で誰かが犠牲とも気づかずに、犠牲を強いられているのではないか、そういった相反する気持ちを、味合わされる本でした。
アマゾンで購入しました。