前回第30回「黄昏」の感想はコチラ↓
衝撃の展開
ツイッターを見ていたら、「今夜は衝撃の展開」という呟きが入ってきたので、それ以上は見ないようにして録画を見たのですけれど、確かに衝撃の展開でした。
秀吉が死ぬのは分かっていましたが、まさか出浦さまも死んでしまうとは……。
源三郎が「前に忍びが火遁の術を見たことがあって、そのときに聞いた音に似ている」と天井裏の出浦さまの存在に気づきましたが、
「そういえば前に出浦さまが火遁の術を使っているのを、源三郎が普通にスルーしていて笑った、という感想を書いたΣ(゚Д゚)」
と思って前の記事を読み返したら、第15回「秀吉」の回で書いていました。
あんな前の回から、伏線を引っ張ってきたのか~~Σ(゚Д゚)
「単身で徳川屋敷に忍び込めるほどの腕を持つ出浦さまが、なぜ追い詰められて自爆したのか」
という結論に辿りつくまでも、「源三郎の顔を見て、隙が生じた」⇒「なぜ、源三郎がこの時間に徳川屋敷にいるのか」⇒「百助以外にも息子がいることを、家康から本多平八郎に話してくれるよう頼むため」という因果がしっかりしています。
ストーリーの流れにも、人物描写にもまったく無理がなく、自然です。
この辺りの物語の展開の仕方は、うまいなあと思います。
秀忠は源三郎の後ろに隠れておびえていましたが、臆病者設定なのか。
「関ケ原の戦いに間に合わなかった」という史実も、この辺りの設定を絡めてくるんですかね。
今後は家康が準主役
個人的には秀吉の死は、前回で終えたほうが良かったような気がします。
「主人公に夢を語り託し、また最初に戻って、出会って死んだ」のほうが、物語としては美しいような気がするんですよね。
それまでがずっと美しい展開だったのならば、「一代の英雄なのに、寂しい死に様」でいいんですけれど、最初に失禁や物忘れなどで悲惨な末期を描いているので、最期は上げて終わりで良かったような気がします。
「三成は寂しい男」って、余り情緒面では他人のことを気にしなさそうな秀吉にまで言われるなんて、三成も相当なものだなと思います。
真田丸の三成は、不器用なところがいいですね。
本当は情熱も優しさもあって、一生懸命なんだけれど、やり方(特に他人との接し方)が一から十まで間違っているところや、自分でもそれを分かっているのにそういうやり方しかできないところがいいです。
山本耕史はうまく演じているなと思いますが、どうしても本人のイメージで器用そうに見えてしまうので、個人的にはもう少し固くて不器用そうな俳優さんでみてみたかったなと思います。(ファンの方、すみません。)
次は関ケ原なので、三成の大見せ場ですね。
どんな風に描かれるのか、楽しみです。
今後、主人公の最大の敵として立ちはだかる家康ですが、真田丸の家康は「お人好しで優しい成分が多め」というところが斬新です。
主の中で徳川家康は、司馬遼太郎の「覇王の家」に出てくる「自分を人間ではなく、徳川家の当主という一個の機能として育て上げた家康」のイメージが強いし、実際、やはりそういう面が強い人だったのではないかなと思うのですが、例え事実がどうあれ、真田丸の家康像もこれはこれでいいなと思います。
「真田丸」は、有名な人物の既存のイメージを打ち破ることが多いですが、「これはこれでアリなのでは?」と思えます。(酷薄な秀吉、心優しい秀次、お調子者の政宗、器量人だった武田勝頼など)
次回は第32回「応酬」です。
それにしても、容赦なく人が死んでいくなあ。