歌野晶午「密室殺人ゲーム王手飛車とり」あらすじ
<頭狂人><044APD><aXe><ザンギャ君><伴道全教授>
奇妙なニックネームを持つ5人は、お互いの顏も本名も素性も知らない、ネット上のチャット仲間だ。
5人は一人が出題者となり、他の4人が回答者となる殺人推理ゲームの愛好者だ。
ただしここで出題される殺人は、すべて出題者の手で行われた実際に起こった本物の殺人事件である。
「トリックを試したいがための殺人」が繰り返される、殺人ゲームの結末は?
ネタバレ感想
*本書のネタバレをしています。未読の方はご注意ください。
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あらすじが割とありがちなので、余り心ひかれなかったのですが、お盆休みもあるので読んでみようと思いました。
個々の出題は、そんなに面白いとは思いませんでした。
伴道全教授の出題とか、厳密に言えばアリバイ崩しじゃないですしね。アリバイ崩しは正確には、「殺人が起こったその時間の」現場不在証明をどう崩すかですから。
あんなに時間差があったら、トリックもクソもなくないか??
ザンギャ君のネタは殺害現場が公園のほうなのはすぐに分かったし、音の発生方法は別に答えなくてもよくないか?とかね。
コロンボのネタも新興住宅地だから、もともと忍び込んでいたのでは?ってすぐに分かりました。
なんか、子供だましみたいであんまり面白くないなあと思って読んでいたのですが……。
……が。
この本の最後の仕掛けで、大号泣してしまいました。
自分でも訳が分からないほど、朝から大号泣。
同じ家にいても、まったく会わず、存在を抹消されていた兄が誰よりも近くにいて、ずっと一緒にゲームを楽しんでいた。
そういえば、小さいころ、お兄ちゃんの傍らで推理小説を楽しんでいたと言っていました。
家族を描写する<頭狂人>の説明からは、一切の感情表現が省かれていて、本人も冷めきっているように淡々とした口調で語っているのですが、その描写の仕方で、<頭狂人>がどれほど孤独だったか、どれほど心が荒涼としているのか、どれほど絶望しているのかが痛いほど伝わってきます。
そして「兄を軽蔑しているが嫌いではない」「別にトリックを試したいから殺しただけ」「兄を憐れんでいるのではなく、事実を述べているだけ」と語りながら、殺した兄の様子を細かく観察する<頭狂人>の様子から、自分でもまったく意識していない心の奥底で、兄をとても慕っているのではないかということが感じとれます。
そして兄も、自分が殺すと決めた相手に再三再四警告を送ったり、奥さんと子供を殺さなかったり、その描写から実はとても優しい人なのではないかということが感じとれます。
「殺人ゲームをしている人間が、優しいわけないだろう」という意見も尤もなのですが、<044APD>は、家庭環境によって「殺人ゲームをする引きこもり」という箱の中に閉じ込められてしまったのだと思っています。
自発的にこういうことをやっているように見えるですが、「引きこもり」も「殺人ゲーム」も、そういうことをせざるえないように追い詰められてしまっているという印象です。どちらも、本当の意味では自発的にやっているわけではない。
色々なことが重なって、(主に家庭環境によって)そうせざるえない状況に追い詰められてしまっているのだと思います。(<頭狂人>もそうだと思います。)
(だからといって、当然、人を殺していいわけではありませんが。)
なぜ、そう思うのかということを話すと、話が果てしなく長くなるので割愛します。
自分がその箱に閉じ込められている環境の中でも、犠牲者をいたわっている<044APD>は、本来の環境下ではとても優しい人なのではないかと推察できる、この本はそういう作りになっているのではないかと思います。
冷たい両親の下、苛酷な家庭環境で傷ついた兄妹が、昔と同じように、同じものに興味を持って実はお互いに誰よりも近くにいた、そのことにすごく感動しました。
<頭狂人>も<044APD>にも、違う運命があったかもしれない。
その運命では、ネットではなく現実で、殺人ゲームではなく推理小説を一緒に楽しむ仲のいい兄妹だったんだろうとありありと想像ができることが、何とも切ないです。
ひとつすごく考えたのが、<044APD>は、<頭狂人>が妹だと気づいていたのでしょうか??
本編の中では、この件に関しては何ひとつ伏線がないので完全にただの推測ですが、主はうすうす気づいていたのではないかと思います。
そしてさらに推測すると、<頭狂人>がいつか自分を殺すトリックを考えて実行することも予想していたのではないかなと思います。
主の中では、本書は逆説的な意味で、人間の愛情の深さや絆の強さがテーマとなっています。
箱に閉じ込められたような環境でも人は誰かを求め、強い絆を持っていれば自然とつながることができる、そしてそういうつながりがなければ、どんな人間でも生きていくことはできないのだと思います。
<頭狂人>は兄である<044APD>とのつながりを失ってしまったから、自殺を試みるのは当然のことだと思います。
兄の存在が、彼女にとっては唯一の支えだったのだと思います。
「それを何で自分の手で殺したんだ」ということを話すと、話が長くなるので、これも割愛します。
恐らく歌野晶午は、そんなことはまったく意識せず、この物語を書き始めたのだと思います。
こういう構成の物語になったのは偶然だと思いますが、偶然の産物だからこそ押しつけがましくもないわざとらしくもない、絶望的な状況でも失われることがない人のつながりについて描けたのだと思います。
ミステリーとしては非常に物足りない本書ですが、ちまたに溢れる「真実を知ったとき、涙がとまらない」という宣伝文句がこれほど当てはまる本は他にないです。
この本には続編が出ているのですが、この終わり方でどうやって続かせたのでしょうか???
続編を読んだら、また感想を書きたいと思います。