ミステリーで主要な謎である
フーダニット(犯人は誰か?)
ハウダニット(殺害方法は何か?)
ホワイダニット(動機は何なのか?)
であるが、ホワイダニットはどんな作品があるか?と考えたときに、とっさに思い浮かぶ作品が少なかった。
今回はこのホワイダニットというものの構造について、自分の考えを述べてみたい。
話の性質上「この作品はこういう種類のホワイダニットだと思う」という例として、作品名を上げたりする。
犯人やその他のトリックについては表記しないが、「この作品がホワイダニットと考えられる。そしてこういう種類のホワイダニットだと思う」というネタバレもされたくない、という方はこの時点でブラウザバックして欲しい。
ホワイダニットの三つの種類
推理小説の中で動機がわからない原因は、3つの理由が考えられる。
①「隠された関係性」(読者や他の登場人物に隠された、犯人と被害者の接点・関係がある)
②「理解しがたい動機」(動機が、一般的には考えづらいもの。)
③「犯人の勘違い」(人違い、事実の誤認、ミスによる事故など)
他にもあるかもしれないが、自分が思いつくホワイダニットは、この三つでだいたい説明がつく。
*と思ったら「魔眼の匣の殺人」で新しいパターンを見た。厳密には「②」に入るが、「その場その瞬間その状況のみの限定的な動機が、偶然できてしまった」というのは初めてみた。
①「隠された関係性」
(読者や他の登場人物に隠された、犯人と被害者の接点・関係がある)
これはさらにふたつに分けられる。
(1)犯人と被害者は自分たちの関係性・接点を知っている。
(2)犯人のみが知っている。
(1)犯人と被害者は自分たちの関係性・接点を知っている。
(1)で思いつくものは、社会派ミステリーが多い。
成功した立場の自分の暗く惨めだった過去を知る人物が唐突に現れ、今の立場を守るために殺してしまう。
しかし、有名人である犯人と被害者の接点を探偵役が見つけることができない、というパターンだ。
有名なものでは「砂の器」「人間の証明」などがある。
「人間の証明」では、刑事たちは犯人と被害者を結ぶ関係を証明できないので、最後は犯人を自白させるしか方法がなくなる。犯人は「今の立場を守るために人殺しまでしている」のだから、当然、自白などするはずがない。
そこで……西條八十のあの詩が出てくる。
犯行後の被害者のある行動も相まって、ベタだと思いつつも泣ける。
(2)犯人のみが知っている。
このパターンでいいと思ったのは、漫画「金田一少年の事件簿」の「飛騨からくり屋敷殺人事件」だ。正確にはホワイダニットメインではなく、物理トリックがメインだけれど、犯人と被害者の真の関係性を知る手がかりもフェアに配置されていたと記憶している。
有名なものでは「その女アレックス」もそうだろう。
正確には「被害者は知らない」のではなく「忘れていた」のだが、「被害者の記憶にない」という点で(2)に分類されると思う。
②「理解しがたい動機」
「殺人鬼」のように「人を殺したかったけれど、その相手は誰でもよかった」というものだと、ホワイダニットではなくなってしまう。
ホワイダニットは、あくまで「その被害者が殺された動機」を探すミステリーだからだ。
ただこれはすごいな、と思ったのが、「どう考えても誰に恨まれてもいない、殺して誰かが得することもない、その地域社会の穏やかで心優しい人徳者」が被害者で動機が問題になったとき、「メインの犯罪の予行練習だった」という動機があった。
無差別殺人の一種だが、こういう風にひとひねりされると「それはホワイダニットではない」というのも野暮な気がしてしまう。
閑話休題。
②の「理解しがたい動機」は、犯人の心の中にすべての問題がある。
(1)犯人の生育過程などから、形成された要因が大きいもの
(2)犯行動機が形而上的なもの
被害者との利害関係がないので、犯行動機が分からないというパターンが多い。
ちなみに「うみねこのなく頃に」は、(1)と(2)が組み合わさった、典型的なパターンだった。
③「犯人の勘違い」
(人違い、事実の誤認・ミス・事故など)
事実の誤認は「犯人はこうされたと思って、被害者を深く恨んでいたけれど、実は違った」とか「遺産を受け取れると思ったけれど、受け取れなかった」などがあたる。
もしくは人違い、ミス、ほとんど事故に近い形で、殺すはずではなかった相手を殺してしまったというものもある。「殺したくない相手」を殺しているから、そもそも動機がないというパターンだ。
最近読んだ本では「殉教カテリナ車輪」がこのパターンだった。
おすすめのホワイダニット
メインの謎とまでは言えないが作品内で動機が問題になっているものを、すべて含めている。
「九尾の猫」エラリー・クイーン
パターン①と②の組み合わせ。
クイーンの前期と後期の過渡期作品で、ミステリーというよりはサイコサスペンスという作風。自分は好きだが、前期クイーン作品が好きな人の評判はどうなのだろう??ということが気になる作品。
「ロウフィールド館の惨劇」ルース・レンデル
パターン②と③の組み合わせ。
異色の作品で、最初の一行で真犯人の名前も動機も明かされている。
その動機が余りに意外なものなので、一体、それがどういうことなのか??ということを知りたくて、本を読み進めることになる。
本編も面白いけれど、この最初の一行がとにかく鮮烈な作品。
「鏡は横にひび割れて」アガサ・クリスティ
パターン①。
ミス・マープルシリーズの中で、一番の傑作だと思う。
動機の意外性から、解決までの道順も含めてホワイダニットのお手本のような作品。読んだ誰もが驚愕する動機でありながら、納得せざるえないという絶妙さ。
救いのない運命のような動機に涙する。
人間というものは、まったく悪意がなくても(むしろ善意しかなくても)どこで、誰を傷つけてしまうかわからない。
「殺害された動機というものは、殺された人の性格に隠されている」というミス・マープルの言葉は、この作品に限って言えば、なるほどと思わされる。著者の他の作品のいくつかを否定しているような気もするけれど…。
クリスティのこういう人間関係の機微の描き方は、名人芸としか言いようがない。
「冷血」トルーマン・カポーティ
パターン②の(1)。
実話はこのパターンが非常に多い。村上春樹が訳したことで有名な「心臓を貫かれて」もこのパターンだ。
被害者にまったく落ち度がなく、犯人も直前まで殺すつもりはなかったのに、ちょっとしたことでこんな風になってしまう。
実話なので読むのがキツい部分もあるが、両方とも傑作なので興味のある方はぜひ読んで欲しい。
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殺人を犯した兄のことを、作家である弟が書いた本。
「虚無への供物」中井英夫
パターン②の(2)
今まで読んだ本の中で、一番ぶっ飛んだ動機だと思う。
奇書の中では一番読みやすく、「面白いけれど普通」という印象だが、この動機はすごいなと思った。
こんな理由で人を殺そうと思いつくところがすごい。
傑作たりうるホワイダニットの条件
自分の中でのホワイダニットの傑作の条件をあげてみたい。
①動機が謎に満ちている。
②探偵役が動機が分かった道筋が、十分に読者に納得できる。
そして、絶対的な条件ではないが、
③その動機が意外でありながら、誰もが納得がいくものである
とさらにいい。
そして一番重要な条件は、
④ミステリーとして面白く、その枠組みに収まっているものだ。
ホワイダニットは、動機という「人間の心の中にあるもの」を謎とするために、それをメインの謎にしてしまうと、心理や哲学の分野に比重がおかれてしまう危険性がある。
それはそれで面白いのだが、やはりミステリーとして読むからには、その分野として楽しみたいと思う読者が多いと思う。
この四つの条件に基づいて考えると、自分の中では今のところホワイダニットのベストは「鏡は横にひび割れて」かなという気がする。
人間の関係性や心理を深く掘り下げるホワイダニットは、トリックのメインになりやすいフーダニットやハウダニットとはまったく違った魅力がある。
人間の心を取り扱いながらエンターテイメント色の強いミステリーという分野でもある、という矛盾した難しい分野であるけれど、だからこそ面白いホワイダニットは他の作品にはない魅力のあるものが多いと思う。
これからも、ミステリーとしても物語としても心に残る、ホワイダニットを探して読んでいきたい。
関連書籍
「隠された関係性」
余りに有名すぎる一作。中居正広主演で、ドラマ化もされた。
「理解しがたい動機」
著者いわく「〇をしたことがない人には理解できない動機」。読者大激怒。
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「犯人の勘違い」
TwitterのTLに流れてきてので、タイトル買いした。
出だしの謎は最高に面白い。出だしは…。