宅配業界の現状と問題
Amazonをはじめとする通販、それを個人宅に届けてくれる宅配は、今や社会になくてはならないものだ。
ただその重要性とは逆に、ヤマト運輸がAmazonの荷物の全面引き受けをやめたり、一部時間指定を廃止したりするなど、外から見ても宅配便のシステムが限界にきているように見える。Amazonでも「お急ぎ便」を使ったのに、荷物が一週間届かないなど問題が出てきている。
その内部は人手不足、過重労働などいつ破たんしてもおかしくないようなシステムの脆弱さを抱えている。
自分も最近はAmazonを頻繁に利用しているため、他人事ではない。通販が使えなくなれば生活に支障が出る、という人もいると思う。
本書は物流業界の業界紙の記者を長く勤めた著者が、潜入取材などを行い、物流業界の歴史や問題点をまとめた本だ。
荷物が荷主から発送されてから、どういうルートを経て個人宅に届くのか、宅配便の問題点は何なのか、また宅配業界の三強であるヤマト運輸、佐川急便、ゆうパックのそれぞれの歴史や変遷、そこからくる社風の違いなども書かれている。
さらに詳しいことを知りたければ、より専門的な本を読む必要があると思うけれど、ざっくりとした宅配便の構造や問題、現状はこれ一冊で十分わかる。
「ヤマト」「佐川」「ゆうパック」それぞれの歴史と相違
本書の中では宅配業界の9割以上のシェアを独占する三社について、それぞれ一章ずつ割いて詳しく説明している。
特に二強であるヤマトと佐川の比較が面白い。
父親の会社・大和運輸を継いで、宅急便を立ち上げた小倉昌男。東京大学を出たエリートで、時に官僚や国を敵に回す戦略も取る。
ヤマトはもともと個人から個人の宅配から事業を開始したため、自社のセールスドライバーを使っている。「セールスドライバー一人一人がヤマトの営業マン」という指針のため、下請けのドライバーは少ない。
Amazonが運賃をギリギリまで下げてきたときも仕事を受けられたのは、そのためだ。佐川は下請けのドライバーを出来高制で使っているため、運賃を下げられると自社に利益が残らないのでAmazonから撤退した。
その佐川の創始者である佐川清は、小倉とは対象的に中学卒業後に家出をし、建設業に勤めたあと、たった一人で宅配業を始めた。
「寝た子(国)を起こすな」がモットーの佐川は、当時、国鉄が主に請け負っていた個人が使う小包輸送には手を出さず、店から店への企業間の物流をメインにした宅配業を立ち上げる。
佐川急便はそれぞれの支社の独立心が強く、有名な「東京佐川急便事件」も内部抗争だったという話は、物語を読んでいるようで面白い。佐川清を始め、登場人物も一癖もふた癖もある人物ばかりだ。
ドライバーに随伴、宅配センターへの潜入取材
実際に宅配ドライバーや拠点から拠点へ幹線輸送するドライバーに随伴したり、ヤマトが掲げた新構想「バリュー・ネットワーキング構想」の中核になる「羽田クロノゲート」にアルバイトとして潜入取材を試みている。
ドライバーに随伴
宅配ドライバーの仕事をぶりを間近で見ると、ルートを効率よく回るために早出をして荷物を積み込まなくてはならなかったり、マンションの宅配ボックスを他業者と争って確保しなくてはならなかったり、時間指定の荷物が思わぬ足かせになったり、外からは想像できない苦労も多いようだ。
読めば読むほど、サービスを受ける側にとっては便利すぎるシステムが、どれほどサービスをする側の人たちに負担を強いているのか分かって気が重くなる。
運賃の値下げは、働いている人たちの賃金に直接響く。
むかしは「佐川は労働は過酷だが、三年働けば家が建つ」と言われていたそうだが、今はドライバーの初任給が20万円台前半で、夢を見て入ってきてもすぐに辞めてしまうそうだ。
著者が随伴したドライバーも出来高制・三か月単位の契約で雇われており、同行取材のあとくも膜下出血で倒れ、転職を決意する。
佐川は運賃の適正化を目指して、利益の出ないAmazonとの取引を止めた。運賃の適正化自体は、業界全体のためにもいいとは思うのだが、そのために佐川がメインの取引先だった下請け業者の経営が立ちいかなくなっている、という話も出てくる。
今までの構造が歪んでいたのだとしても、その歪んだ構造の上に成り立っていた現状をどう変えていくかということは、本当に難しいことだと思った。
物流センター潜入記
羽田のクロノゲート潜入記は、自分も物流の仕分けの仕事をしたことがあるので懐かしかった。業者は違うが、「仕分けあるある」でいちいち頷いてしまう。
「仕事のやり方の説明や指示がほとんどない」は、自分も働いていたときに強く感じた。その時は、この場所だけそうなのかな?と思っていたが違うのかもしれない。
「マニュアル化して説明指示したほうが、効率もいいし、ミスも少ないのでは」
と思うけれど、短期のアルバイトも多いし、日々の業務のノルマもあるから仕方がないのかもしれない、と思っていた。
だがヤマトの場合は、現場の事情ではなくトップの意向でそうなっていると聞いて驚いた。
「余りたいした教育はしていないですね。サービスが第一ですよ。世のため人のためになるようにしなさい、という概略だけは教えていますけれど。事細かに小さいことまでは、絶対に教えてないですね。お客さんに対して反応するというのは、(ドライバーが自分で)考えてやっているんですね」
(引用元:「仁義なき宅配」横田増生/小学館 「カンブリア宮殿」における瀬戸薫ヤマト・ホールディングス会長(当時)の談話より)
これだけとると尤もらしく聞こえるし、創業当時のやり方としてはそれで良かったのかもしれない。
しかし、現状に合う考えとは思えない。
数個単位のものを扱うならばともかく、日々何百何千という荷物を扱う現場の人々に、適正なマニュアルを用意せず、そのひとつひとつに対して自分で扱い方を考えろ、というのは逆に荷主に対しても現場の人々に対しても、無責任で不誠実に聞こえる。
こういった発想が現場でマニュアルなしのその場その場の判断や指導につながり、ヤマトの最大の不祥事である2013年に発覚した「クール便を常温で仕分け問題」に至ったのではないか。そして最終的には、現場で働いている人々に
「俺は、宅急便もメール便も使わない。現場の作業レベルが低いのは、自分の経験でよく知っている。他の業者の作業現場にしても同じようなもの。だからどうしても届けたいものがあったら、自分で車を運転して届けるようにしている」
(引用元:「仁義なき宅配」横田増生/小学館)
と言われるようになったのではないか、と思う。
自分が働いていた場所でも、現場の人たちは時間内に荷物を発送しようと必死にやっていたし、時間指定などの誤りもないよう何回もチェックしていた。冷蔵物冷凍物の管理もしっかりやっていた。
ただどれだけチェックしても人間である限りミスはある。
自分で働いてみて、スマホのボタンを押すだけで、家まで望んだ日付時間で届けてくれる便利なシステムが、これほど不完全で限界もある人間の目や力で支えられているにすぎないもの、ということに驚いた。
荷物が多い日であっても、なるべく効率よく、丁寧に荷物を届けられるようにするには、人為ミスを出来る限り取り除けるようなシステム作りが不可欠だと思う。そういうことをすべて現場の「人力」に頼るようではそれは働き手もいなくなるし、数多の問題も出てくると思う。
毎日毎日綱渡りで業務をこなしているから、「怒鳴るのが流儀」にもなる。
これは人それぞれの面が強いと思うけれど。ただ確かに他の職場では見ないような荒っぽい人はいた。
今後の宅配業界
「時間指定配達」や「翌日配送」、「日時指定したのに不在→再配達」というサービスを無料で行うことに無理があるのでは、と思う。
ヤマトで昼の時間指定、夜間の時間指定の改定が行われたが、自分の知人には仕事の関係で「20時~21時」の時間指定がなくなると困るという人がいた。そういうサービスに見合う料金を払っても、時間指定サービスを受けたいという人もいるので、「無料でやるか、廃止するか」ではなく、「適正な価格でサービスを行う」方向に何とか行かないかと思う。
本書の中にも出てきたが、残業代なども含む労働に見合う給料さえ支払われれば、長時間労働を厭わないという人もいる。適正な利益が出れば、人手を集め、ドライバーをシフト制にするなどもできるのでは、と思う。
荷物のシェアを取るために運賃を利益が出るかどうかのギリギリまで下げる→利益が出ないので、働く人の給料に還元できない→サービス残業が増えて過重労働→人が辞めていく→人手不足になり、さらに働く人一人一人の過重が大きくなる→「クール便常温保存問題」「お急ぎ便が届かない」などの問題が起こる
これでは会社も社員も荷主も発注者も、誰一人として得をしない。
宅配便はただの便利なサービスではなく、今や生活していく上で欠かせないものになっているし、荷物はこれからも増え続けると思う。そのシステムがどうしたら破綻せずに円滑に動くのかということは、そのシステムに関わる人たちすべてが、それぞれの立場で考えていかなければならないのでは、と思った。
7月23日(日)の読売新聞の一面に、こんな記事が載っていた。
実際に稼働しないと何とも言えない部分もあるのだろうけれど、うまく行けばドライバー不足などの問題も解消できるかなと思う。