2018年3月24日(土)に放送された、アガサ・クリスティ原作「パディントン発4時50分~寝台特急殺人事件~」の感想を述べたい。
*ネタバレ注意
実は余り期待していなかった。
正直なことを言うと、「鏡は横にひび割れて」に比べて、こちらは余り期待していなかった。
原作に余り思い入れがなかったし、物語の設定が現代だと浮いてしまうのではないかと思っていた。
原作の設定ですら現代にそぐわない設定なのに、「ミス・マープル」が元警視庁の敏腕刑事で危機管理のスペシャリストという漫画みたいな設定の役になっていること、加えて影の主人公ともいうべき潜入する元文部科学省官僚のスーパー家政婦(!)を前田敦子が演じるなど、期待できる要素が何ひとつなかった。
これこそ「鏡が横にひび割れて」の記事に書いた、「原作の知名度だけを借りたとんでもドラマ」になるんじゃないのか?
そういう不信の目で見ていた。
そんなことを考えていて、本当に申し訳ありませんでした。
トンデモ設定がトンデモ設定に見えない。
屋敷内の場面は、どこかクリスティの作品を思わせる異国の昔風の雰囲気が漂っている。屋敷の外で天海祐希や警察が奮闘する場面は現代的なのだが、その二つがしっかり噛み合っている。
森の中の大屋敷に皮肉屋で我儘な老人、窓から並走する列車の中で一瞬だけ見えた殺人、消えた遺体を見つけるために家政婦として潜入。
現代日本が舞台で、こんな設定は絵空事にしか聞こえないけれど、何故かドラマではまったく違和感がない。
これは、誰の力なんだろう? 見終わった今でもよく分からない。
俳優の力、演出の力、脚本の力、すべてが組み合わさったのだと思う。
このドラマを見て初めて、「パディントン発4時50分」に込められた、クリスティの遊び心に気づいた。
「車窓から一瞬だけ見えた幻のような殺人」
「消えた遺体を探すために、若い女性が一人で危険な館に潜入」
本を読んだときは現実味のない設定だなあと思ったけれど、映像で見るとワクワクする。
前田敦子がよかった。
このドラマで一番良かったのは、家政婦中村彩を演じた前田敦子だ。
自分は前田敦子の「カチャカチャした声」が好きではなく、あの声質ひとつだけでも女優には向かないなあと思っていた。
「スーパー家政婦には、絶対に見えないだろう」とも思っていた。が…。
若くて美人で有能で世慣れていて、それでいながら小悪魔のような魅力を持つ中村彩を見事に演じていた。
顔立ちだけを見るとめちゃくちゃ可愛いというわけではないのに、何故かそっちに目がいってしまう。
何より「立場上大人しくしているけれど、自分の魅力を心得ているから男をあしらうなんてお手のものだし、自分さえその気になればどんな風にでも思うがままに振る舞えることを知っている」という雰囲気を出すのが上手すぎる。
「家政婦のフリをしている女王だけれど、自分が本当は女王であることは知っているから、とりあえず今は家政婦として全力を尽くす」みたいな。
気難しい信介や変わり者の画家が彼女に夢中になってちやほやするのを見ても、納得しかない。西田敏行の怪演にもまったく負けていない。
「何か気になる」し「何故か見てしまう」
こういうのをスター性、存在感というのならば、何だかんだ言っても彼女を見出した秋元康は大したものだなあと思った。
前田敦子の小悪魔演技だけでも、かなり楽しめる。
個人的には、髪の毛をきっちりまとめたほうが綺麗に見える。顔立ちがどうのというより、骨格や顔のラインが美しいタイプなのかもしれない。好みの問題かもしれないけれど。
もうちょっと色々な役を見てみたいなあ、と思った。
同じマープルものでも、まったくタイプが違う物語
今回は、二夜連続の組み合わせも上手かったと思う。
「したたかで強い女性たちが、チームを組んで殺人を解明する」
「神経を病んだ美しい女優の、悲劇的な運命のような殺人」
「パディントン発4時50分~寝台特急殺人事件~」が女性を利用することしか考えていない男に対して正義を敢行する物語なら、「大女優殺人事件~鏡は横にひび割れて~」は、女性ならではの悲劇と運命を扱った物語だった。
どちらも個性が強い女性が中心におり、夫の妻に対する感情も180度違うので、その対比が余計に鮮やかだ。
この組み合わせを選んだ人はすごいなあと思う。
若くて美しい女性が潜入捜査をして、年配の女性が知恵を絞り推理を巡らせて、闇に葬りさられようとした事件を暴き、正しさを貫く。
冒険心に満ちた、ワクワクするような痛快なストーリーだ。
クリスティの魅力を再発見したような、そんな気持ちにさせてくれるドラマだった。
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