うちの相方は高校を卒業したあとに、友達とバスケサークルを作った。
以来、週に一回、毎週毎週練習を続けている。
小学校・中学校時代の友達や大学時代の友達、さらにその会社の同僚、ネットで応募してきた人などが集まって正式なメンバーは十名少しくらい。
他チームのメンバーがちょこちょこ顔を出しているうちにいつのまにかいついたり、ずっと来ていた人が「最近、あの人来ないなあ」なんてことがあったり、すったもんだがあったりなかったりしながら、何やかやで十年以上続いている。
決して強いわけではないけれど、基礎練習からしっかりやるし、友達同士でも割ときつめの意見交換もする。(キャプテンがメンバーを怒鳴ったり、年下のメンバーがミスの言い訳に対して「それは言い訳じゃないですか」と言い返したりすることがあり、けっこうびっくりする。)
試合は、どんなに相手が強くても全力で勝ちにいく。
楽しさ追求と、ガチな部活的なノリの中間くらいに位置しているそんなサークルだ。
少し前に、そのサークルでもめ事があった。
一年くらい前に入会したレグさんが、練習の途中で怒って帰ってしまったらしい。
レグさんは初心者で、今までスポーツをほとんどやっていなかったらしく、体力がない。
どんなスポーツも体力は必要だと思うけれど、バスケは特に走りっぱなしのスポーツなので、まずは四十分走り切れる体力がないと話にならない。
ましてや初心者だとバスケの動きも覚えなければならない。
みんな「大丈夫かな?」と思ったようだけれど、レグさん本人が「頑張る」と言っているし、せっかく自分たちのサークルを選んで来てくれたのだから、ということで入会することになった。
レグさんも頑張っていたと思うのだが、いかんせん体力がない。
バスケの基本原理に基づいた動きが覚えられず、危険なプレイをして怒られたこともあった。指示が覚えきれないなどの問題もあった。
メンバーも色々な人がいるので、叱咤激励する人もいれば、何がいけなかったのか丁寧に説明する人もいるし、単純に頑張っていることを良しとする人もいた。
色々言うだけではなく、プレイが成功すれば盛り上げたり、冗談を言ったりとそれなりに仲良くやっていたと思う。
そんなところへ、アサガオさんという人が練習に顔を出すようになった。
アサガオさんは他チームの人でバスケ経験が長く、何より上手い。
遠慮なく物を言う人で、練習の説明のときも疑問があればはっきりと口にし、練習のときもチームメイトにあれこれと指示を出したりする。
どんなときも誰に対しても、自分の言いたいを言い、それが相手に対する最大限の誠意だと考えるタイプのように見えた。
自分だったらどの場面、どの立場で出会っても一回はぶつかると思うタイプだが、サークルのメンバーはアサガオさんの言葉を素直にフムフムと聞いていた。
自分は一回だけ、アサガオさんがレグさんに色々と言っているのを聞いたことがある。
その時に「大丈夫かな」と思った。
アサガオさんの言い方が嫌な言い方だった、というわけではない。
言いたい放題の言い方ではあるが、自分の思ったことを正直に伝えることが関係を作る方法で、だから相手にも思ったことは率直に言って欲しい。
そういう思いみたいなものが伝わってくる話し方だった。
それが正しいかどうかはおいておいて、アサガオさんなりにレグさんに正面から向き合おうという感じだった。
ただ問題は、レグさんはアサガオさんと正面から向き合えるほど自信がない、ということだ。
「レグさんは初心者で、まだ自信もない状態なんだ」という前提で話したほうがいいのでは、そうでなければ、結局アサガオさんが求める問題意識を共有した話し合いにはならず、「一方的に言うだけで終わる」ことになるのではと思った。
実際に、レグさんは無表情に「はあ」と繰り返すだけで、アサガオさんの熱意が空回りしている感があった。
間に入ったほうがいいかも、と思ったのだが、相方の付き添いにすぎず、バスケをやったことがない自分が言うのも、二人には二人の関係があるのだろうし、と思って結局何も言わなかった。
そしてつい先日、アサガオさんがレグさんに何やかんや話した直後、レグさんが突然帰ってしまった。
そのあと、チームLineにレグさんから「チームをやめる」旨の言葉が回ってきた。
アサガオさんがどうこうと言うよりは、練習についていけず、少しずつ自信がなくなったらしい。
自分は相方に「レグさんと話してみたほうがいいのでは」と言ってみた。
相方の返事は「続ける続けないは個人の自由だから」というものだった。
ちょうど「青空エール」を読んでテンションが上がっていた自分は「誰かの言葉が必要なときもあるんだよ」と漫画の台詞を叫び、怪我で大会に出れないために「部活をやめる」と言い出した森先輩を、主人公が引きとめるシーンについて熱く語って聞かせた。
「何を言っているんだ、こいつは」という視線が痛かった。
「とりあえずコージ(キャプテン)がレグさんと話すって言っているから、その結果を聞いてから」
ということで、その日は終わった。
そして次の練習日、レグさんが来たらしい。
キャプテンのコージさんが説得したのだ。
誰も何も聞いていなかったらしく、みんなびっくりした。
レグさんは練習の最初にみんなに謝り、アサガオさんにも謝り、また一から頑張りたいと言ったそうだ。
みんなはそもそもどんな話し合いがあり、レグさんが本当はどう思っていたか分からないので何も触れられず、かなりギクシャクした空気の中で練習は行われたらしい。
練習のあと、相方はコージさんに「相方はどう思うか」と聞かれた。
相方が「コージがそれでいいんならいいよ」と答えたら、
「お前は冷たい」
と言われたらしい。
家に帰ってきてから、「コージにそう言われた」「冷たいかな?」「でも、レグさんには普通に声をかけたし」「俺だって思うところはあるけれど、それを言うのは我儘だと思うから」とかブツブツ言っているところを見ても、けっこうショックを受けたようだ。
まあ、自分も正直「この人、冷たいな」と思った。
アサガオさんがレグさんに示した「熱さ」とは、対極に位置するものだ。
だから「冷たい」のが悪いわけではない。「熱い」のがいいわけでもない。
熱い、冷たいと表現すると良し悪しの問題に聞こえるけれど、良し悪しの問題ではない。
「熱」ければ、今回、アサガオさんとレグさんがこじれたみたいに問題は起きやすくなる。人と衝突しやすいし、物事はこじれやすい。
「熱い」というのは、物事に対して主体的に主観的に関わる、ということだからだ。
「冷たい」というのは、その逆だ。
距離をとって客観的に物事を観測し、自分の感情をそこに挟まない。
損得や正しい正しくない、理屈が通るか通らないか、色々な要素を加味した最終的な判断、そういった自分以外の基準で物事を判断する。
それは正しいのかもしれないし、誰かが傷つくことは少ないかもしれない。多くの人に利益をもたらすかもしれない。最終的にはそのほうが全てが上手くいくかもしれない。
でも、時に人をとても寂しくさせる。
「お前はどう思うか?」
と聞いたとき、コージさんは相方に本音を言って欲しかったんだと思う。
相方は、レグさんのやったことはサークルの秩序を乱すことで、自分たちが十何年も続けてきたサークルで、入って少ししかたっていないレグさんがそういうことをしたことに、わだかまりを感じている。
やめてもらっても構わないと思っている。
それが正しい考え方なのかは分からないし、心が狭いと思う人もいると思う。
でもとにかく、相方はそう考えている。
コージさんは長い付き合いなので、相方がそう考えているのをたぶん知っている。
でもコージさんはキャプテンとして、サークルの存続を第一に考えている。
こういう有志が集まって作ったサークルは、存続が難しい。
仕事や環境の変化で来れなくなるメンバーも多いし、メンバー不足で自然消滅してしまった他チームの例もたくさん見ている。
縁あって来てくれた人は、ギリギリまで大切にしたいと思っているのではないか。
とにかくバスケは10人いないと、試合ができないのだ。
だからレグさんのことも一生懸命、説得したのだろう。
それはレグさんがどうこうではなく(レグさんには悪いけれど)、たぶんみんなでバスケを続けていきたい一心だったんじゃないかと思う。
この手のもめ事は過去に何回かあって、中にはこちらからやめてもらった例もあったらしい。
でも状況が違くなっていく中でこれからはどうするのか、どうするのがサークルのために一番いいのか、コージさんはそういうことを相方にも自分と同じくらいの「熱さ」で考えて欲しかったのだと思う。
自分がコージさんでも「お前がそれでいいならいいよ」は余りに寂しい。
「お前のサークルに対する気持ちはそんなものなのか。冷たい」と言えるのは、そしてそれを「寂しい」と思えるのは、ずっと一緒にやってきたコージさんだからだと思う。
ということを「自分がコージさんだったら、こう思う」という態で、それとなく(でもないけど)伝えてみた。
相方はかなり不機嫌になって「メンバーのことはコージに任せてあるんだ」とか「まずはコージのほうから考えを話してくれるのが筋じゃないか」とか色々と言っていた。
それは一理ある。あんたが正しい。
コージさんのほうから、キャプテンの自分はレグさんの行動をどう思っているか、どういうつもりでどういう風にレグさんと話したのか、メンバーに伝えるのが筋だと思う。
でもあなたがたの十何年の関係性って、一理を超えたところにあるんじゃないのかな。
筋が通っていることを言っているときに「冷たいよ」と言われたら、筋ではない何かを言ってあげたほうがいいんじゃないのかな。
他人ならいいんだよ、他人は「冷たい」のが当然だから。(むしろ、そうじゃなきゃ困る) だから他人になら「お前は冷たい」なんて言わない。当たり前のことだから。
正しい理屈を言ったときに「お前、冷たいよ」という訳の分からん八つ当たりみたいな言葉が返ってくるあなたがたの関係はいいなあ、と思う。
冷静に意見交換をして正しい結論を導き出すよりも、ずっとそうあって欲しい。
腰が曲がったよぼよぼのじいさんになっても、文句を言い合ってあーだこーだ揉めながら、ずっとずっとみんなでバスケを続けていて欲しい。
せいぜい、いつまでも仲良くするんだな。
「辞めるも辞めないも本人が考えて決めることだから、他人に出来ることなんてないよ‼」
「なんで? 何で何もしちゃダメなの? どうしてみんな、大介くんも『何もするな』って言うの?」
「きっと正しいのは大介くんや先輩なんだ。理屈ではわかる。けど、だけど、私にだって言いたいことも伝えたいこともあるんだ」
脳みそが完全に「青空エール」脳になっていたのはある。(←すぐに影響される。)
熱くて面白い吹奏楽漫画なので、未読の方はぜひ!