うさるの厨二病な読書日記

厨二の着ぐるみが、本や漫画、ゲーム、ドラマなどについて好き勝手に語るブログ。

新海誠監督「秒速5センチメートル」が余りに恐ろしい話だったので、解説しながら感想を語りたい。

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*本記事では、新海誠監督のアニメ映画「秒速5センチメートル」の内容を結末まで触れています。未視聴のかたはご注意ください。

 

新海誠監督の「秒速5センチメートル」を今さら見た。

「主人公が初恋をこじらせる話」という噂を耳にしていたので、「恋をするとこうなるよな~×100」くらいの感想しか出てこないだろう、と思っていた。

 

見てみたらそんな話ではまったくなかった。

とても恐ろしい話だった。

一体、どういうつもりでこんな話を作り、人に見せたのだろう?? そんな疑問が浮かんで仕方がない。

 

何故そう思ったのかを、作品を解説、解釈しながら語りたい。

公式の制作者の話などは見ていない。漫画版や小説版も読んでいない。

アニメ版のみを見たうえでの自分の個人的な解釈や考えであることを、先にお断りしておく。

 

 

第一話 貴樹が「秒速5センチメートルの世界」に閉じ込められる

「美しい初恋の思い出の物語」と見るのが難しい違和感

一話を見始めて、妙なことに気づいた。

これは本当に恋の物語なのだろうか?

 

最初に違和感を感じたのは、貴樹が明里に会うために、栃木県の岩舟に電車で向かうシーンだ。

15時54分25秒に小田急線豪徳寺駅を出発した貴樹は、23時15分すぎに岩舟に辿りつく。

この電車の旅の描写がやたら長い。しかも暗く不吉で、終始不安感がつきまとう。

 

この旅の間中、貴樹のモノローグがフォーカスしているのは、自分の中にある心細さ、不安だ。その次にくるのが、自分を待っているだろう明里への気遣いだ。

恋する相手に一年ぶりに会えるという高揚感、嬉しさがほとんど見られない。

電車が遅れたあとは特にそうだが、豪徳寺駅を出発したときから、貴樹からポジティブな言葉を聞くことも、表情を見ることもない。

「新宿駅に一人で来るのは初めて」

「乗り換えのターミナル駅(大宮駅)は、床が水を含んでいる」

大宮駅を過ぎると、人家もまばらになり、外は一面の暗闇になる。

扉を閉めるためには、ボタンを手動で押さないといけないことも分からない。

描写されるものは真っ暗な車外、今にも消えそうな電灯、誰もいない車内、暗闇の中に浮かび上がる屋台。

「駅と駅との間は信じられないくらい離れていて、電車はひと駅ごとに信じられないくらい長い間停車して」

「僕を増々心細くさせていった」

中学生が生まれて初めて一人で長い旅に出たのだ。これくらい心細くて当たり前なのかもしれない。

それにしても、恋する相手に出会える明るさ、希望のようなものがまったく見えないのはどういうことなのだろう? 

話の筋を知らなければ、「貴樹は、一体これからどこに行くのだろう?」と見ているこちらが不安になるくらいだ。実際、自分はこの豪徳寺駅から岩舟までの道のりを見ている間中、怖くて仕方がなかった。

なかなか進まない電車、真っ暗な見知らぬ世界、渡すはずの手紙を失くす。

 

物事はどんどん不吉な方向に進み、ついに電車は真っ暗闇の中で止まってしまう。この何もない真っ暗な世界で止まる電車の映像は怖かった。

その中にたった一人で閉じ込められた貴樹は思う。

「たった一分がものすごく長く感じられ、時間がはっきりとした悪意をもって、僕の上をゆっくりと流れていった」

「止まってしまった、どうしよう」という感じではない。

ここで語られているのは、たった一人で見知らぬ世界に閉じ込められた恐怖と絶望だ。

その恐怖の中で、貴樹は思う。

「明里、どうかもう家に帰ってくれればいいのに」

一見すると、自分を待っているだろう明里を気づかう言葉に聞こえる。

しかし、ここでも小さな違和感を覚える。

どうもこの言葉は、明里に対する気遣いや申し訳なさには聞こえないのだ。気遣いや申し訳なさならば、「どうかもう家に帰ってくれ」になるはずだ。

「~ならいいのに」という言い回しは、願望に聞こえる。

「明里が家に帰っていてくれればいいのに」

貴樹は、そう思っているのだ。

何故か?

明里が家に帰れば、もっと言うならば、明里がいなければ、この孤独な旅を続ける必要がないからだ。

明里が待っているから、貴樹は真っ暗闇の見知らぬ世界をたった一人で旅をしなければならないのだ。

そして貴樹の思いがそういうものであることを裏付けるように「とにかく、明里が待つ駅に向かうしかなかったという言葉も挿入される。

 

明里は待っていてはいけなかった

ここまでの不吉な予感、暗い孤独、押しつぶされそうな不安、「いてほしくない」「行くしかなかった」などの描写の積み重ねがあれば、普通の話であれば明里は待っていない。

物語というのは、描写を積み重ねてその先の展開に繋げていくからだ。そうでなければ、描写自体が意味がないものになってしまう。

特に明里に伝えたいことをたくさん書いた手紙を無くしたことは、「明里に言いたいことを伝えられない=会えない」ことを暗示している描写のはずだ。

そして明里に会えず、初恋は初恋として終わるはずだった。(大人になって再会する、という新たな展開もあるかもしれないが、初恋自体はいったん終わる。)

 

しかしこの物語では明里は待っている。

明里が駅の待合室にいるシーンで、思わず「うわっ」と呟いてしまった。

明里はここにいてはいけない。

いてはいけない人がおり、あってはならない展開になってしまった。

物語はあるべき正規のルートを外れ、未知のゾーンに突入した。

怖い、怖すぎる。

明里と貴樹が弁当を食べる待合室は、妙に暗い。駅員も親切で済まなそうではあるが、そこから二人を「一面の雪が降り積もる真っ暗な田園」の中に行くよううながす。

 メタ視点で考えると、このシーンから明里と別れるまでの部分は「現実ではない」と考えてもいいと思う。

 

貴樹が、現実ではない世界に閉じ込められる

 

この正規ルートから外れたルートで、貴樹は見てはいけないものを見てしまう。

「永遠とか心とか魂とかいうものがどこにあるのか、分かった気がした」

 

豪徳寺から岩舟までは、子供の頃は果てしなく遠い未知の世界、孤独と不安の旅の果てにある「ただただ深遠にあるはずだと信じる世界の秘密」があるかもしれない場所でも、大人になれば車で二、三時間で行ける。「初めて一人でいった新宿駅」は、毎日の通勤で使う目新しくもない場所になる。

未知のものへの畏れ、何があるんだろうという不安と希望はなくなる。それは大人になるにつれて必ず失われるもので、失わなくてはならないもの、そして失ったとすら気づかないものだ。

孤独と不安な電車の旅の果てに明里が待っていなければ、貴樹も失うものをきちんと失って大人になったはずだ。

 

しかし明里が待っていたことによって、貴樹はそれを失えなかった。

それどころか孤独な暗闇の中の旅路の果てに、「深遠にあるはずだと信じる世界の秘密」を見てしまった。

 

「あのキスの前と後では、世界が変わってしまった」

貴樹はこれ以後、「15時54分25秒に豪徳寺駅を出発し、たった一人で暗闇の中をいく長い旅路の果てに明里に会うことで、『深遠にあるはずだと信じる世界の秘密』見てしまった世界」に閉じ込められることになる。

第二話で頻繁に出てくる、貴樹が一人の少女と一緒に宇宙を見ている異星の草原の世界、あの美しい世界が秒速5センチメートルの世界だ。

貴樹はそこに閉じ込められる。

 

第二話 香苗が貴樹の救出を試みる

第二話が香苗視点なのは、事実を誤認させるため

第二話は、貴樹に恋をする香苗に視点が転換する。

これは何故か。

第二話を、「初恋にとらわれていて現実の女の子には目もくれない貴樹に、香苗がかなわない恋をする物語」と見ている人間に錯覚させるためだ。

仮に第二話がそういう物語ならば、この話を一話と三話の間に入れる必要がない。

 

第二話は「秒速5センチメートルの世界に閉じ込められている貴樹を、香苗が何とか救い出そうとする物語」である。

二話は「宇宙が見える異星の草原の世界」から話が始まる。

ここで大事なのは、相手の少女の顔が見えないことだ。つまりこの時点では、この少女は明里と確定したわけではない。

 

貴樹と香苗は両想いだった

香苗視点で見ると、香苗が明里を忘れられない貴樹に叶わぬ恋をしているように見えるが、事実だけを取り出すとそんなことはない。

二人は頻繁に一緒に帰っている。コンビニに寄って、一緒に買い物もしている。

それを香苗は「遠野くんの優しさ」だと思っている。見ているほうは香苗視点しか分からないし、「貴樹は明里が忘れられない」という先入観があるので「そうだよな」とすんなり納得する。

しかしクラスメイトが貴樹に対して香苗のことを「遠野の彼女」と言っている。

貴樹は「彼女とかじゃないよ」と否定するが、少なくとも毎日一緒にいるクラスメイトが「彼女」とからかうくらい二人は親密なのだ。

極めつけは草原に一人でいる貴樹の下に、香苗が「来ちゃった」と来たときだ。貴樹は「嬉しいよ、今日は単車置き場で会えなかったからさ」と返事をしている。

 

場所は宇宙を見ることができる草原だ。ここは貴樹にとって「永遠とか魂とか心とかがどこにあるか分かった気がした」大切な場所だ。

本当の貴樹が存在する秒速5センチメートルの世界なのだ。

そこに香苗が来てくれて嬉しい、と答えている。

貴樹は現実で自分に想いを寄せてくれている香苗を、ちゃんと見て受け入れている。

 

「それは想像を絶するくらい、孤独な旅であるはずだ」

「本当の暗闇の中をただひたむきに、たったひとつの水素原子にさえめったに出会うことなく」

「ただ深遠にあるはずだと信じる世界の秘密に近づきたい一心で。僕たちはそうやってどこまでいくのだろう。どこまで行けるのだろう」

 

ここで言う「僕『たち』」は誰なのか。

「いつものように顔は見えない」と貴樹は言う。

まだ「異星の草原の少女」は、誰なのかは確定していない。中学校時代の香苗は髪が長く、「異星の草原の少女」のシルエットと重なる。

そして告白を決意する波乗りの前に、香苗は草原にたち、顔を上げて宇宙を見ている。

波を乗り越え、ずっと違った飲み物も同じ種子島コーヒーを飲むようになった。

ここで香苗が告白していれば、貴樹は彼女の気持ちを受け入れただろう。

香苗は貴樹がいる秒速5センチメートルの世界に行き、彼を救い出すことができる

個人的にはそのあとは貴樹は東京に行き、二人は結局は結ばれないんじゃないかとは思う。

それでも貴樹は、秒速5センチメートルの世界から抜け出せたはずだ。

 

香苗が告白を諦め、貴樹は一人で秒速5センチメートルの世界に戻る

しかし、ここで香苗は自信を無くしてしまう。

「遠野くんは、私を見てなんかいないことに、その時はっきり気づいた」

このシーンはずっと貴樹が空を見上げており、香苗はずっとうつむいている。

これは貴樹が「見ていない」のではない。香苗が下を向いてしまったのだ。

告白を決意したとき、香苗は草原の中で、しっかり顔を上げて空を見ていた。貴樹と同じ目線で、同じものを見ていたのだ。

あの瞬間、香苗は「異星の草原の少女」だった。

しかし香苗は自信をなくし、貴樹に告白することをやめてしまった。

その瞬間、秒速5センチメートルの世界で貴樹と共にいる「異星の草原の少女」が振り向き、明里であることが確定する。

秒速5センチメートルの世界の少女が明里であることが確定したため、貴樹は現実との接点を失い、この世界を抜け出す方法がなくなる。

彼は永久に「本当の暗闇の中をただひたむきに、たったひとつの水素原子にさえめったに出会うことない」「想像を絶するくらい、孤独な旅」をする世界に閉じ込められる。

 

第三話  秒速5センチメートルの世界に閉じ込められた貴樹の運命

 第三話では、「秒速5センチメートルの世界」にたった一人で閉じ込められた貴樹の運命が描かれている。

正直、見ていてゾッとした。

もしこれが「初恋を引きずる男の物語」ならば、憧憬や日常に対する諦観が描かれると思う。

しかし貴樹のパートで描かれているのは、荒廃、絶望、そして怒りだ。

 

「たった一人で現実ではない世界に閉じ込められた貴樹」

「貴樹をその世界に置き去りにして、そのことに気づかず幸せな明里」

 

第三話ではこの二人の対比をしつこいくらい克明に描いている。余りにその落差が大きいため、残酷で恐ろしい。

まずは明里は「夕べ、昔の夢を見た」と話し始める。「手紙を見たから思い出した」と言っているところを見ても、普段は思い出すことが稀なことが窺える。

明里は電車の中で本を読んでいる。そこに「終」の文字が出て本を読み終わる。

「本」は貴樹と明里を結ぶ、重要な鍵だ。

二人は図書館で出会い、本の貸し借りをし、貴樹が思い出す明里は、本を読んでいることが多い。

しかし、明里は本を読み終わってしまう。

 

そして窓の外を見ると、鳥が群れをなして地元の山に向かって飛んでいる。

「鳥」も二人を結ぶ重要な鍵だった。

第一話で貴樹が明里の下に向かうとき、鳥が夜空を飛び、明里の地元に辿りつく。そしてこの後に出てくる貴樹が見上げる空では、二羽の鳥が飛んでいる。

しかし明里の見ている現実では、鳥はすでに宇宙に向かって飛んでいない。

 

貴樹と明里が交互に思い出を話す場面でも、二人の声はテンションが違う。

貴樹が「昨日、夢を見た」と言うと、明里はまたしてもずっと昔の夢」と言う。明里にとっては既にただの昔の思い出、その世界に貴樹は閉じ込められている。

「とにかく前に進みたくて、届かないものを手に入れたくて、弾力を失っていく心がひたすら辛かった」

 

「初恋の思い出をこじらせて、現実と向き合わなかった」

こう考えるのは、余りに貴樹に酷な気がする。

貴樹も必死に「秒速5センチメートルの世界」から抜け出そうとしている。

二話では香苗を受け入れようとしていたし、三話では水野理沙とも付き合っている。現実の女性と向き合おうとしている。

貴樹が理沙からの電話を取らなかったのは、理沙と別れたくなかったからだ。だから理沙は、仕方なくメールで別れ話を切り出した。

「1000回くらいメールでやり取りして、心は1センチくらいしか近づけませんでした」

この文面も違和感がある。

付き合っていたなら、「三年間付き合って」「三年間一緒にいて」「たくさん話をして」など他にもっと親密な表現が出てきそうだ。

 

「メール」が出てくるのは、「秒速5センチメートルの世界にいる貴樹」とコミュニケーションをとるには、「手紙」か「メール」でしかできないからだ。本当の貴樹は現実にはいないので、メール以外のコミュニケーションは無意味なのだ。

そして「1センチは心が近づいた」「1ミリも近づかなかった」ではない。

貴樹は貴樹なりに、一生懸命、この世界から抜け出そうと努力したのだ。理沙も貴樹を真剣に愛していたからこそ、彼を救い出そうとして三年間メールを出し続けた。

しかし閉じられてしまった「秒速5センチメートルの世界」から貴樹が抜け出す方法はない。唯一助けられるのは、中学生のとき4時間以上貴樹を待ち続けたあの時の明里だけだが、その明里は現実には既にいない。

 

中学生のときに、明里に会うために豪徳寺駅から乗った電車の旅。

「それは想像を絶するくらい、孤独な旅であるはずだ」

「本当の暗闇の中をただひたむきに、たったひとつの水素原子にさえめったに出会うことなく」

「ただ深淵にあるはずだと信じる世界の秘密に近づきたい一心で。僕たちはそうやってどこまでいくのだろう。どこまで行けるのだろう」

貴樹は、この旅を現実ではないどこかに閉じ込められて永遠に続けている。

しかし「たったひとつの水素原子」であり「世界の秘密」である明里はもう待ってはいない。その世界からいなくなってしまった。 

前に進んでも進んでも、「世界の秘密」にはもう手が届かない。しかし、その世界から抜け出すこともできず、彼は一人で「想像を絶するくらい孤独な旅」を続けている。 

あの雪が降る真っ暗闇の世界の電車の中に、今も一人で閉じ込められている。

それは地獄だ。

第三話の最後で、ロケットを見上げて貴樹は涙を浮かべている。あのロケットが貴樹自身だからだ。その後に駅の雑踏を歩く貴樹の顔は、信じられないほどすさんでいる。そして怒りとも憎しみともつかない眼差しをし、その先に現在の幸せそうな明里がいる。

 

秒速5センチメートルの花びらを手のひらに受けとめ握り締める貴樹、それに手を触れたかどうかの瞬間に、呼ばれたのか家の中に嬉しそうな顔をして入っていく明里。

そして最後の踏切のシーンでは、当然のことながら明里は立ち去っている。明里は貴樹をちゃんと「失った」のだ。

 

なぜ同じ孤独な旅を続けて、同じ「世界の秘密」を見ながら、貴樹は「秒速5センチメートルの世界」に閉じ込められ、明里はそこに閉じ込められることはなかったのか?

それは手紙が鍵になっている。明里は手紙を失わず、そこに書かれている貴樹に伝えたいことを伝えることができた。伝えた思いは「思い出」に変質する。

一方、貴樹は手紙を失ってしまった。

「秒速5センチメートルの世界」では、手紙やメールではないと本当に伝えたいことは伝えることができない。手紙を失くし、口頭で伝えるチャンスを逃してしまった貴樹は、明里に伝えたいことを失って思い出にすることができない。だから貴樹はその世界に閉じ込められてしまったのだ。

 

2019年7月4日追記:この話は「手紙」や「メール」がものすごく重要だ。「ほしのこえ」と「秒速」に共通する「思いが時間や距離を超えることだってあるかもしれない」「ここにいるよ」と伝えられるのは(時間を超えられるのは)手紙かメールしかないからだ。手紙が失われれば、「思いは時間や距離を超えられない」 貴樹は「昇からのメールが届かない、地球から遠く離れた場所で一人で戦っている美加子」なんだと気づいた)

 

以上の解釈に基づく物語まとめ

以上の自分の解釈を踏まえたうえでの、この物語の流れだ。

 

(第一話)

貴樹、明里に会いに行くが、雪で電車が遅れ長い旅になる。→ここで明里が帰っていれば「秒速5センチメートルの世界」に閉じ込められなかった。

明里が待っていたため物語が現実のルートを外れ、非現実である「秒速5センチメートルの世界」に入り込む。

貴樹、明里に会い、「ただただ深淵にあるはずだと信じる世界の秘密」を見て「秒速5センチメートルの世界」に閉じ込められる。→明里は貴樹に伝えたいことを伝えたため、貴樹への初恋を失うべくして失い、一人で現実の世界に戻る。

 

(第二話)

貴樹、現実世界で香苗に出会い、お互いを思い合う。

香苗、告白を諦める。→ここで香苗が告白していれば、貴樹は現実に戻れた。

貴樹、東京へ行く。

 

(第三話)

貴樹、現実の世界に戻れず、水野理沙との付き合いも破たんし、仕事もやめる。

どんどん荒廃していく。

 

(結論)

「美しい初恋の思い出を引きずるため、現実の世界をうまく生きられない男の物語」ではなく「初恋をきっかけに、現実ではあり得ないものを体感してしまったために、現実ではないどこかに一人で閉じ込められた男の物語」ではないか。

「初恋」はモチーフに過ぎず、「簡単に現実とは違う場所に落ちてしまう恐ろしさ」の物語だと自分は思う。

そしてその落ちるきっかけが一見、とても美しかったり大切に思えたりするものなので、気づいたときにはのっぴきならない事態になっている。周りの人は、その事の重大さにまったく気づいてくれない怖さを描いていると思うのだ。

「命が繰り返すならば、何度も君の下へ」

すごく美しいフレーズだし、この歌自体は大好きなんだけれど、この話と重ね合わせると「何度でも同じ命を繰り返して、永久に君に出会うための孤独な旅を続けなければならない」って背筋が凍るほど怖い話だな、と思った。

 

感想:強烈な負の引力を持つ恐ろしい物語

見ればみるほど、考えれば考えるほど恐ろしい話だった。

この話が怖いのは、「秒速5センチメートルの世界」に閉じ込められることを貴樹が望んだわけではないし、特に誰かの悪意や作為があって閉じ込められたわけではないところだ。

明里も、まさか貴樹がこんなことになっているとは思いもしないだろう。

それなのに貴樹がこの世界から抜け出し現実に戻る方法は、一切ないのだ。

香苗の純粋な思いも、理沙の三年間の愛情も、貴樹自身の努力もほぼ無駄だった。二つの世界は三年かかって、1センチしか近づかなかった。

 

どれほど努力してもあの暗い止まった電車の中から脱出できず、一人で永遠に居続けなければならないと考えると、三話の貴樹の荒廃ぶり、暗い絶望も察して余りあるものがある。

最終的に自分の心に残ったのは、三話の最後で涙を浮かべながらロケットを見上げた貴樹の姿、雑踏を歩く貴樹の暗い眼差しとその後の怒りと憎悪に満ちた目だ。

あの一連のシーンを見ただけでも、「初恋の思い出の話」とは解釈しづらい。

 

あの眼差しは、自分をあの世界に置き去りにした明里に向けられたのか、自分がいる世界を「偽物」にしてしまう現実世界に向けられているのか、それとも明里と同じように失うべきものをきっちり失って現実を生きることができた人たちに向けられているのか。

どちらにしろ、この後は暗く陰惨な展開しか思い浮かばない。

 

自分がこの映画で一番感情移入したのは、貴樹が「初めて新宿駅に一人で来て」、豪徳寺から岩舟までの電車の旅で抱いた未知のものに対する不安だった。

そうだ、子供のころは、ずっとずっと走って行ったらこの先に何があるんだろうと思っていた。

何のことはない、隣りの市があるだけで「なあんだ」と思い、そういう気持ちは少しずつ無くなっていく。

でもそうやって「なあんだ」を繰り返すことで現実にコミットできたことを、「運が良かったんだね」とわざわざ言われたことに気が滅入る。そして「それができなかったらこうなっていたよ」と見せられた絵面が余りにも怖すぎた。

その分かれ目は何が悪かったとか因果応報的なものではなく、貴樹と明里の差のようにほんのちょっとしたことだ。そのちょっとしたことで第三話の二人の運命のように、天と地ほどの差ができてしまう。

 

こういうちょっとしたことで人が落ち、落ちたら最後、決して這い上がれずそこに永遠に一人でいるしかない暗く深い穴を、「美しい初恋の思い出を忘れられない物語」というパッケージをかぶせてわざわざ見せるところが怖すぎる。

自分も落ちたかもしれない「世界の秘密があると言われる深淵」を何度も何度ものぞいてしまう。

この話には、そういう「怖いもの見たさ」という言葉では片づけられない、強烈な負の引力がある。

 

願わくば、またこんな恐ろしい話を作って欲しい。

……いや、すみません。ここまで怖い話はもういいです…。

秒速5センチメートル

秒速5センチメートル

 

 

漫画版と小説版はまた少し違うのかな。 

小説 秒速5センチメートル (角川文庫)

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秒速5センチメートル(1) (アフタヌーンKC)

秒速5センチメートル(1) (アフタヌーンKC)

 

 

「ほしのこえ」を見たので、その関連で感想をちょっと付け加えた。

www.saiusaruzzz.com

 

「秒速5センチメートル」は、「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」の別角度の視点の話なのではないか、という話。

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