うさるの厨二病な読書日記

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「サリン事件死刑囚 中川智正との対話」 感想及びメモ

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本書は、松本及び地下鉄サリン事件の解明に大きく貢献した、生物兵器化学兵器の専門家アンソニー・トゥーが、中川智正との交流内容を明かした本だ。

 

松本サリン事件発生時、日本にはサリンに関する知識がほぼなかった。

トゥー氏が書いたサリンについての論文を見つけた日本の警察が「土中からサリンの分解物を検出する方法」を直接問い合わせてきた。これがトゥー氏がオウムの事件や中川智正に関わるきっかけになる。

 

トゥー氏は松本サリン事件について日本から問い合わせが来た時に、「サリンは人工の化合物で、畑で農薬が自然に変化することはない」「サリンは猛毒なので(略)家庭では無理だろう。おそらく河野さん(が犯人)ではないと思う」と、即座に答えたそうだ。

事が事なので慎重を期して「恐らく」と言っているが、文章のニュアンスで「まずありえない」と考えていることが伝わってくる。

後にオウム内でのサリン製造の様子が出てくるが、確かにこれを個人が家庭で作るなど不可能だ、ということがわかる。

そういうことが分からないくらい、日本にはサリンの知識がまったくなかった。

 

アンソニー・トゥーが中川智正と面会を重ねたのは、「日本にあるはずのない恐るべき化学兵器」をオウムがどうやって作ったのかを聞き、その知識を後世に生かすためだ。

トゥー氏は中川を許されない罪を犯した死刑囚として見るのではなく、目的を同じくする化学者として交流している。

そして中川智正も同じ意識で、トゥー氏と交流していた。被害者はもちろん自分のような加害者を出さないためにも、自分の知っている事実や知識をトゥー氏に話した。

この本は、二度とこんな悲惨な事件を起こさない、という目的を共有した二人が、同じ化学者として、そして一人の人間同士として対話を重ねた本である。

 

 

本書の主な内容

この本の内容は、主に三つに分かれる。

ひとつはオウムで作られた生物兵器や化学兵器の概要、その細かい生成過程だ。

「サリンもVXもマスタードガスも危ない毒ガス兵器」くらいしか分からない自分のような人間でも、ある程度その違いが分かるように説明されている。

化学に興味があったり、知識がある人であれば、かなり興味深く読めるのではないかと思う。

二つめはオウムの内情や人間関係について。

なぜサリンが生成されたのか、また事件の推移やそのあとの量刑にはこの人間関係が大きく関わってくる。彼らが犯した罪自体は重く許されないものだが、それでも組織犯罪で誰がどの位置につくのか、というのは運命のような部分もあり、人間関係の機微も影響していることもあって、色々と考えさせられる。

三つ目は裁判における量刑や警察の捜査について。

一連のオウム事件では13人に死刑判決が出たが、無期懲役と死刑の差についてなど、かなり突っ込んだ疑問や意見が書かれている。

 

トゥー氏は中川と一人の人間として付き合いたい、という思いから、中川の生い立ちやなぜオウムに惹かれたのか、なぜ麻原の命令に従ったのか、という中川が踏み込んで欲しくなさそうなことには触れないようにしている。

他のオウム真理教事件関連の本の主旨が最終的にそこに向けられているのに対して、この本は専門的な化学知識や起こった事実、裁判や拘置所の実態、日本の司法など主にハード面について、感情を抑制した文章で書かれている。

 

オウムの一連の事件を時系列で見る

第二章「オウムのテロへの道のり」で、オウム真理教の道のりが時系列でまとめられている。

 

1984年 麻原彰晃がヨガ教室「オウムの会」を開く(会員15人)のちに「オウム神仙の会」に名称を変更。

1987年 オウム真理教と改名。会員1300人。

1989年 東京都から宗教団体として認可を受ける。会員国内1万人。国外3万人。

1989年2月 信者であった田口修二さんを殺害。

1989年11月4日 坂本弁護士一家殺害事件

1990年2月 衆議院選挙に出馬、惨敗。

1990年4月 東京や横浜で無差別テロを狙って、ボツリヌス菌を散布。効果出ず。

1994年2月 麻原が幹部たちの前で「1997年に日本国の王になる」と発言。

1994年6月 松本サリン事件

1995年3月 地下鉄サリン事件

 

こうして並べてみると、教団の余りに急激な膨張と犯罪化に驚く。

1984年に麻原がのちのオウムの母体となる小さなヨガ教室を開いてから、殺人に手を染めるまでがわずか5年だ。翌年衆議院選挙に負けると、その2か月後には無差別殺人をもくろんでボツリヌス菌を散布している。

恐ろしいまでの短絡思考、抑制のなさだ。

 

ボツリヌス菌、炭疽菌などの生物兵器がうまくいかなかったため、麻原は次に化学兵器に目をつけた。そしてサリンが完成する。

こうして見ると、麻原は「オウムの会」発足当初から、殺人などの反社会的行為を行ってでも権力を握ろうと考えていたのではないかと思えてくる。

 

凡才遠藤誠一と天才土谷正実

麻原は最初、遠藤誠一にボツリヌス菌を作らせ、1990年に東京と横浜に撒かせた。

このボツリヌス菌散布が上手くいかなかったのは、計画自体が荒唐無稽だったのではなく、遠藤が毒性のあるボツリヌス菌を作れなかったためだ。

「ボツリヌス菌が作れなかったのは、遠藤が無能だったから(意訳)」というのが中川の言い分である。

中川は遠藤と折り合いが悪かったらしく、言うことがかなり手厳しい。

遠藤は次に炭疽菌を作ったが、これも無毒のものだった。

もしこの炭疽菌が完成していれば、恐ろしい威力を発揮したはずだ。

2011年にアメリカで起きた炭疽菌テロ事件では5人が死亡、17人が炭疽病にかかった。

このテロは炭疽菌の芽胞をわずか7通の封筒に入れただけのものだった。もっと大仕掛けに炭疽菌をばら撒いていたらその被害は莫大なものになっていたと思われる。

オウムはアメリカのテロで使われたより、もっともっと大規模の炭疽菌を培養していた。

 (引用元:「サリン事件死刑囚 中川智正との対話」アンソニー・トゥー 角川書店P64 )

 

この本を読むまではオウム真理教という集団自体は、どちらかと言えば滑稽な妄想家の集まりのように思っていた。 

震撼するような悲惨な事件は多数起こしたものの、日本という国そのものを転覆させるなど誇大妄想に過ぎない、そう思っていた。

しかしこの本を読んで、あおりに記されている「あのとき、ひとつ間違えば、日本は本当に転覆していたかもしれない…」という言葉の重みをひしひしと感じた。

考えていること自体は厨二小説のようなのに、彼らはそれを実行する能力を持っていたし、その能力を使うことにほとんどためらいがなかった。

炭疽菌が完成していたらどうなっていたのだろう。この点に関しては遠藤の能力のなさに感謝する他はない。

 

遠藤の二度の失敗により、麻原は生物兵器に見切りをつけ、化学兵器に目を向けた。

本書は全体的に抑制した語り口で語られているのだが、トゥー氏が思わず感情をあらわにする箇所が何か所かある。

そのうちのひとつが、「トゥー氏の論文を基にして、土谷正実がVXガスを完成させた」と中川から聞いたシーンだ。

 

自分には「恐ろしい毒」くらいしか分からないがが、毒物の専門家のトゥー氏が「土谷はVXが余りに危険なので、サリン製造を進言した」と語っている。サリンよりもずっと恐ろしい化学兵器だと推測できる。

VXは第二次世界大戦後に作られたもののため、文献がかなり少ない。

トゥー氏は万が一にも悪用されることがないように、VXの作り方はかなり簡略化して書いた。しかし土谷は、その論文を読んで一か月でVXを完成させてしまった。

中川は「土谷ならば、論文を読まなくとも完成させただろう」と話している。

サリンも土谷がいなければ、完成させることはできなかった。だからこそ悲惨な事件が起こってしまったわけだが、中川もトゥー氏も土谷の能力の非凡さには同じ化学者として称賛を惜しんでいない。

読んでいるほうとしては、どうしてその能力を他のことに生かせなかったのか、と思ってしまうけれども。

 

また松本サリン事件が屋外からの散布で八人の死亡者が出たのに、地下鉄という密閉された空間で死亡者が十三人だったのは、地下鉄サリン事件で使用されたサリンの純度が低かったためだ。

松本サリン事件と同じサリンが使われていたら、もっと多数の死者が出ていただろうと推測されている。

 

中川から見たオウムの幹部たち

林郁夫の著書では、オウムの人間関係はほとんどわからなかった。自分はそれは、林郁夫が周りの人間にそれほど興味がないからではないかと思っている。

中川智正は逆で、感情自体は抑制されているのだが、オウムの人についても色々な印象を述べている。取り立てて大げさに好意や悪口を話すわけではないのだが、だいたい「この人のことはこう思っている」と分かる。

前述したように、遠藤とはそうとう折り合いが悪かったようだ。遠藤は土谷とも最終的には口もきかないほど、仲がこじれている。

中川の見方のみを鵜呑みにはできないが、気難しい人間であったことは確かなようだ。

 

中川は土谷に対してはその能力を尊敬もしているし、サリン事件を主導も実行もしていないのに死刑判決が出たことを気の毒に思っていたようだ。

中川は自分については言わなかったようだが、無期懲役と死刑判決の違いについては色々と思うところがあったようである。

地下鉄サリン事件の実行役に指名されたものの、散布した線で死亡者が出ておらず、それ以外の大きな事件に関わっていない横山真人や、死亡者が一人しか出ていない豊田亨については死刑判決を気の毒に思っていたようだ。

 

その反動からか元々なのかは分からないが、林郁夫にはそうとう悪印象を持っているように読めた。

林郁夫本人がどうこうというよりも、自白のタイミングと話の上手さが死刑と無期懲役を分けたのでは、と考えているようでそこが割り切れないのかもしれない。

トゥー氏も恐らく中川への親しみからだと思うが、林郁夫への感情は余り良いものではないようだ。林の自白について「ペラペラしゃべった」と表現しているところにも、その感情が滲み出ている。

 

一方で、自分の刑を軽くしようと法廷で他の信者を貶めようとする井上嘉浩などは、余り相手にしていない感じがする。

自分が死刑を免れるために他の被告の法廷で不利な証言をする、地下鉄サリン事件の主導的な立場だったのに言葉巧みに責任を回避しようとするなど聞くと嫌悪感を感じてしまうが、トゥー氏が言う通り、井上の立場からすれば無理もないことなのかもしれない。

 

裁判と警察の捜査について

判決に対する中川とトゥー氏の疑問

中川は自分の死刑については覚悟をしていたようだ。

ただ、地下鉄サリン事件の実行犯だが自分がサリンをまいた線では死者が出なかった横山真人や、サリンやVXの製造はしたが事件の構想にも実行にも関わっていない土谷正実の死刑判決についてはかなり疑問を述べている。

トゥー氏も土谷については、松本サリン事件は殺人ほう助罪での起訴(サリンが何に使われるか知らずに作ったという前提)だったのに、地下鉄サリン事件では殺人罪が適用されたのは矛盾ではないかと指摘している。

トゥー氏は、土谷の死刑判決に同情しているわけではない。逆に地下鉄サリン事件が殺人罪での起訴ならば、松本サリン事件も殺人罪を適用すべきではないか、とも述べている。

 

土谷自身は自分の作ったサリンで地下鉄サリン事件が実行されたことは、事件後、逃亡した先の浜松で初めて知ったと証言している。

松本サリン事件が起こったことを知っているのであれば、サリンの純度を上げてくれと依頼された段階で、類似の犯罪に使われるということを推測できるはず、という理屈も分からないでもない。

仮にそうだとしても「サリン事件の主謀者でも実行者でもなく、ただサリンを作っただけで死刑判決が出たのは彼が日本で初ではないか」と中川の弁護士が見解を述べている。

トゥー氏によると、「サリンやVXを作るのは言語道断で、他の国であればそれだけで死刑判決が出てもおかしくない」そうだ。

だが日本では前例のない判決であり、矛盾を感じると中川とトゥー氏は指摘している。

 

本書では「無期懲役と死刑を分けたものは何だったのか」という問題提起が頻繁に出てくる。

中川智正は無期懲役と死刑の分け目を「コミュニケーション能力の差」といい、トゥー氏は「運ではないか」と言っている。

 

地下鉄サリン事件における判決への疑問

以下は、オウムの一連の事件の裁判や判決について自分が考えたことである。

自分は法律についてまったくの素人だが、素人と実際の裁判に対する感覚の差がかけ離れているのではと問題になり、裁判員裁判制度も実施されている。

法律に精通していない人間が裁判に対して抱く疑問を書くこともそれなりに意味があると思うので、思ったことを述べてみたい。

 

地下鉄サリン事件は「実行役は死刑、送迎役は無期懲役」というガイドラインありきの裁判だった。

横山真人が散布した線では死者は一人も出ておらず、豊田亨が散布した線では死者は一名である。亡くなられたかたが出たのはとても痛ましいことだし、深刻な被害を受けられたかたもたくさんいる。

ただ通常死者が出ない、死者が一人という状態で死刑判決が出るというのは異例のことだ。(前例主義の裁判において『殺害された被害者数が1人なら、原則として死刑を回避する』という永山基準は少数の例外を除き、長い間守られてきた。)

横山、豊田が他に罪を問われたのは「自動小銃密造」(横山・豊田)と「東京都庁郵便爆弾事件」(豊田)でありいずれも死者は出ていない。

 

地下鉄サリン事件では「共同正犯」という概念が用いられている、と聞いた。

相談のうえ「被害者を殺す」という意見を一致させたAとBという人間が被害者を襲う。最初にAが撃った銃弾が外れ、次にBが撃った銃弾が当たり被害者が死んだ場合、AもBも同じ殺人罪で裁かれる。

非常に簡単な説明だが、基本的にはこういうものだと理解した。

地下鉄サリン事件においては「主謀者と実行者が分かれている」「殺そうとした対象は無差別であり、特定の対象ではない」のだがその点はどうなのだろうか?

「共同正犯の成立要件」について調べたみたのだが、専門家の間でも見解が分かれているようでよくわからなかった。

 

主謀者と実行者の違い

自分が地下鉄サリン事件の裁判で一番疑問に思ったのはこれだ。

類似の事件のでは、主謀者と実行者の責任の差というのは判決に反映されていることが多い。

例えば「北九州監禁殺人事件」では、殺害や死体遺棄は実行していない松永太が主犯と認められ死刑判決が出ている。

一審で死刑判決を受けた実行者である緒方純子は、DVによるマインドコントロールが認められ二審で無期懲役に減刑されている。

「類似している」ように見えても細かい点はもちろん違うので、審理の末、実行犯に死刑判決が出たのであれば特に疑問は抱かない。

しかし始めから「実行犯は死刑」だったのは何故なのだろう? 

社会的に衝撃の度合いが大きいのであれば、交番の襲撃を行ったり、銃を持って民間施設に立てこもった連合赤軍事件がある。

死刑判決が出たのは、組織のナンバー2だった永田洋子とナンバー3だった坂口弘までだ。

組織犯罪における集団心理が考慮されていないように見えてしまい、不思議に思える。

 

なぜ、林郁夫のみ無期懲役だったのか。

また実行犯のうちの一人、林郁夫は無期懲役の判決が出ている。

これについては、判決を出した山室惠氏の話を読むと無期懲役が異例だったことがわかる。求刑が死刑であれば、恐らく死刑判決が出ていただろう。

あの時、なぜ私は「死刑」と言えなかったのか

検察の求刑が無期懲役だったことはやはり重かった。それをひっくり返して、死刑というのはなかなかできるものではない。それは勇気があるかないかの問題で済む話ではありません。検察側とすると、司法取引を認めるような、先取りするような形で事案解明に貢献したと。

しかし、それを裁判所として正面から理由づけにするわけにはいかない。そこで、被告が非常に強く反省しているということ、そして地下鉄サリン事件の遺族である高橋シズヱさんと、菱沼美智子さんが必ずしも死刑を望んでいないことを強調しました。

(太字は引用者) 

 

検察が無期懲役を求刑したのは、林の自白が事件解明に寄与したことを認め、司法取引の要素があったのではないか、と述べている。

しかし地下鉄サリン事件当時は既にオウムから離れていて自首した岡崎一明に対しては、この基準が適用されていない。

また最初黙秘していた林が自白を始めたのは、取り調べに当たった二人の刑事が林と信頼関係を構築したからだ。実際、並行して行われていた検事の取り調べに関しては、「何も話したくなかった」と林が著作の中で述べている。

一方、横山真人はかなり乱暴な取り調べを受けたため、何ひとつ話さなかったと言われている。

信頼していない人間に、自分の心のうちを明かしたくないと思うことは、罪の重さとは関係なく理解できる。

どんな取調官に当たるか、なども運の要素のひとつだ。

 

被害者・遺族感情について

山室氏は、林への無期懲役の判決の根拠として遺族感情をあげている。

林が撒いたサリンで亡くなった高橋さんと菱沼さんの遺族である高橋シズヱさんと菱沼美智子さんは、林に極刑を求めなかった。

長年連れ添った夫の命を、突然理不尽に奪われたのだ。悩みや葛藤の末の決断だったと思う。

この遺族感情は共同正犯とされた他の実行者の裁判には、影響を与えないのだろうか。

地下鉄サリン事件の被害者、死亡者の責任は全員で共有するのに、遺族の心情の反映は林にのみしかされない、というのも矛盾を感じる。

山室氏が述べている通り、遺族感情や本人の反省が反映されているわけではなく、「同じように自首をしても、検察が役に立ったと認めた被告に手心を加えただけ」では、中川やトゥー氏が言う「死刑と無期懲役の差は自白のタイミングの差や運の差に過ぎない」という言葉に納得せざるえない。

司法取引の概念自体は否定しない。

自白する人間がいなければ、事件解明は著しく遅れてしまう。しかしそうであれば自白した人間には、同じようにその利益は与えられなければ、矛盾を感じてしまう。

 

何故こういうことを考えるのかというと、オウムの一連の事件の判決は、遺族や被害者、国民の感情を慮ったものではなく、「公権力とそれに逆らったもの」という構図に見えてしまうからだ。

 

トゥー氏は高橋シズヱさんとも親しくなり、本書でも何回か出てくる。髙橋さんはトゥー氏に強い印象を与える言葉を語っている。

私は高橋シズヱさんに聞いたことがある。

「地下鉄事件でご主人がなくなったのは、林郁夫が袋を破いたからですから、高橋さんは林郁夫を最も恨みますか」

その質問に対する高橋さんの答えが私を驚かせた。

「いいえ、一番恨んでいるのは警察です(略)

坂本事件のときも、上九一色村の施設建設のときも、警察への訴えはみな無視されました。もしあのとき警察が行動を起こしていたら、地下鉄事件は起こらず、主人がなくなることもなかったのです」

  (引用元:「サリン事件死刑囚 中川智正との対話」アンソニー・トゥー 角川書店P200/太字は引用者)

 

 坂本弁護士一家殺害事件ではオウムとの関連性が疑われたのにも関わらず、警察が結びつけて考えなかったことが後の松本サリン事件、地下鉄サリン事件につながったのではないか、という批判は根強い。

実際に警察が(坂本弁護士一家殺害事件の)捜査に乗り出したのは、1995年の地下鉄サリン事件のあとで、実に殺害されてから六年目である。(略)

失踪事件は横浜で起きたので、神奈川県警察の管轄である。一説によると、坂本氏の法律事務所は、労働問題や共産党幹部宅盗聴事件で神奈川県警との関係はあまりよくなかった。この殺人事件には岡崎一明が深く関わっていたが、前述したように、後になって自首しても減刑されず、死刑を宣告されている。

 (引用元:「サリン事件死刑囚 中川智正との対話」アンソニー・トゥー 角川書店P198)

 

サリンの知識がなかったから仕方がなかったとはいえ、松本サリン事件における河野さんへの疑惑などの問題もあった。

また先日見た地下鉄サリン事件の再現ドラマでは、「林郁夫は自首した。反省の態度も顕著」という証言を裁判でしようとした稲富刑事に対して、上司が圧力をかける場面もあった。警察の面子のために、林は自首ではなく、自分たちの捜査で証言をとったことにしろと言うのだ。

再現ドラマなので脚色はあるとは思うが、似たようなことは恐らくあったのではないかと思わせる。

 

自分も「被害者、遺族対加害者」という構図ならば、被害者遺族の声をなるべく汲むべきだと思う。許せない、という気持ちもよくわかる。(松本サリン事件で息子さんを亡くされた小林房枝さんは「主謀者よりも実行犯が憎い」というコメントを7月27日付の読売新聞に出されている)

また厳正に法や前例に照らし合わせて、極刑であるというならばそれはもちろん納得する。

でも前述した点から、どうもそういう風には納得ができない。

組織には組織の論理があることも分かるし、警察や司法の一人一人の方は自分の仕事を真摯に取り組まれていると思う。

だがそういう個人の論理や感情が届かない「公権力」という機能が、厳正な法の範囲内ではない部分で、犯罪者といえども「個人」を死刑にするという構図には納得がいかない。またそういう前例を残すことに怖さも感じる。

自分はこの国の司法の公正さをそれなりに信じているので、「死刑になるかどうかは、運や公権力の忖度が大きな要素なのでは」という疑念を色々な人が持つようなものであって欲しくない。

 

まとめ

この本は毒物の専門家の著者が、今までにない視点でオウム真理教の事件に迫ったものだ。

オウムの一連の事件、とりわけ化学に興味がある人は興味深く読める本だと思う。

トゥー氏は化学者らしく、非常に抑えた語り口で文章を綴っている。だがそれでも、抑えても抑えきれない中川への好感が伝わってくる。

「死刑囚」「無差別殺人犯」という概念すら、実際に会って言葉を交わせば、個人としての関係性がそれを上回るのだ。

林郁夫が自首を決意したのも、自分が殺したのは「救済すべき人」「オウムに敵対する勢力」などという概念ではなく、「高橋さん」「菱沼さん」という家族や友人もいる、毎日笑ったり怒ったりしながら生きている一人の人間なのだ、と気づいたときだった。

そういうことにいち早く気づければ、こんな事件は起こらずに済んだのかもしれない。

最後に中川はトゥー氏宛ての手紙で、こう語っている。

私が論文を書いたり、研究者に協力したりするのは、私がやったようなことを他の人にやって欲しくないからです。被害者を出したくないのもそうですが、加害者も出て欲しくないと思っています。

(引用元:「サリン事件死刑囚 中川智正との対話」アンソニー・トゥー 角川書店P226)

 

彼の犯した罪は裁かれた。彼のこういう思いは、後世に引き継がれればと思う。 

 

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