うさるの厨二病な読書日記

厨二の着ぐるみが、本や漫画、ゲーム、ドラマなどについて好き勝手に語るブログ。

篠原健太「彼方のアストラ」を読んで、すべての点で平均点を超えている作品のすごさについて考える。

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*この記事は「彼方のアストラ」のネタバレが含まれています。未読のかたはご注意ください。

未読のかたはネタバレを見ないで読むことを強くおススメします。

 

 

 

 

 

アニメ化が決定して話題になっていた篠原健太「彼方のアストラ」全5卷を読んだ。

  

「彼方のアストラ」ですごいと思ったところは、目立った粗がないところだ。消極的な褒め方ととらえられそうだが、自分の中ではすごいことだ。

もちろんただひとつの点が飛びぬけている作品、欠点はあってもその欠点を超えるくらい他がいい作品もすごいことには変わりはない。

だが「目立った粗がなく、すべての部分で平均点を超えている作品」を見ることはかなりまれだ。

 

読んでいるときに意識しているわけではないが、恐らく自分は作品のこういうところが気になるのだろうと思う点は、

①プロットに一貫性がある。起承転結が分かり、盛り上がるところは盛り上がり、伏線も回収され、そのされ方に意外性がある。(伏線を張った意味がある)話が綺麗に終わっており、終わり方の納得度も高い。

この一点でも、多くの作品が脱落する。

 

②キャラクターの性格に一貫性が高い。「物語の都合によってキャラが動かされている」と思うことがない。主要登場人物の多くを好き嫌いは別にして、生きたキャラとしてみることができる。

「ストーリーの魅力とキャラクターの魅力」は、両立させるのが意外と難しい。「アカギ」や「はっぴぃヱンド」などはその点の難しさや、失敗したときの状態が分かりやすい。

また以前書いた「主人公教」が起きると、信者になったキャラは生きたキャラに見えなくなる。

 

③読み続けるための大きな負荷がない。

意外性を出すために今までの前提や積み重ねをくつがえしていたり、物語を見る視点が定まっていなかったり、作者の主張によって読み手の罪悪感をつついたりすることがこれにあたる。

読み手が何かをしなくても、物語の流れにのれるかどうかだ。

意外さによる面白さと違和感を比べた場合に前者が上回れば構わないし、実際にこの手法で面白い作品もある。

ただこの手法で面白いと思えなかった場合、多くは作者の自己満足以上の意味が見いだせなくなるので、評価が急激に下がる。

成功した場合でも、受け入れられるか受け入れられないかで評価がわかれ、万人受けしにくくなるイメージがある。

 

「彼方のアストラ」は、これらをひとつひとつの要素で平均点をクリアしているうえに、それぞれが相互作用することでさらにその効果をあげている。

アストラ号に乗り込む9人は、一人一人を見ればどちらかといえば類型的なキャラに見える。それぞれの背景も想像の範囲内のもので、そこまで新鮮味があるエピソードではない。

主人公のカナタは王道すぎて、通常であれば自分にとっては余り興味がわかないタイプだ。

 

「彼方のアストラ」ではキャラ同士の関わりによってそのキャラの良さが引き出され、その引き出されたキャラの良さが行動に説得力を与えている。その行動がキャラ同士の関係を深め、彼らが本当の仲間である、ということを読み手が心の底から納得できる。

刺客だったシャルスへの説得、裏切られてもなおシャルスを仲間だといい助けようとするところなど、平凡な創作であれば主人公の熱さについていけず、その人の好さに気持ちが引いてしまうかもしれない。

 

「例え遺伝子上同一人物でも、環境や経験が人を変える。同一人物でもまったく別の思想や価値観を持つ他者になりうる」

というカナタの言い分は尤もだが、

「人は生まれた環境に縛られるし、それを捨てることが容易いことともいいこととも思わない」

というシャルスの言い分も一方で尤もに見える。

両方の言い分が尤もであるのに、なぜ物語上の結論がカナタの言い分に着地するのか、ということを作中で示さなければならない。

シャルスや周りのキャラが納得しても、読者を納得させることができなければ、そんなに簡単に今までの生き方を捨てられるものか、とシャルスにもカナタにも感情移入ができなくなる。そういう事象を見たときは「ああ、物語の都合ね」「予定調和か」と白けた気持ちになる。

 

説得力というのは、言葉だけではその力を持たない。その事象を描いて見せて納得させてこそ、力を持つ。

「彼方のアストラ」はここに至るまでで、物語を通して「人は経験を通して変わりうる」ということを描いてきたから、最後にその象徴となるシャルスのエピソードでのカナタの言葉が説得力を持ち、感動が倍増するのだ。

シャルスが旅のあいだに見せてきた楽しそうな姿や「ボクの夢が叶った」と語ったときの表情を読者も知っているから、そしてシャルスだけではなく、他の登場人物たちも変わったことも見てきたから、カナタのシャルスに対する言葉がただの綺麗ごとではなく心に響き、納得することができる。

 

言葉にすると至極当たり前のことだが、実際にやるのは難しい。(言葉で物事を説明して、読者はまったく納得できないが何故か周りのキャラたちは納得して終わり、という話も多い。)

そしてそういうお互いを仲間だと思いあう彼らに好感や共感を持つと、絵にかいたような大団円でも意外性がなくてつまらない、予定調和をただ見せられただけだなどと思わず、心の底から登場人物たちが幸せになってくれて良かったと思う。

 

ひとつひとつの要素だけを見ると「特に文句はない」くらいだが、それぞれの要素がピタリとつながることで相互作用を生み出し、最初から終わりまで何ひとつストレスなく読める。そして最後は、完成された素晴らしい風景を見せてくれる。

決して単純な話ではないのに、勇気や友情、成長や笑いもある大人も子供も誰もが楽しめる王道の少年漫画になっている。

 

夢中になってしまい、全五巻を1日で読んでしまった。

その日は大団円の余韻に浸って、満足した幸せな気持ちで眠れた。創作を見たあとはこういう気持ちになりたいんだ、ということを改めて教えてもらい、感謝の気持ちでいっぱいだ。

欲を言えば、もう少し長く読みたかった。ひとつひとつの星の探索やアストラについた後のこと、カナタ、シャルス、ザックの冒険もみたかった。

これからも冒険を続けていくカナタたちが羨ましい。

 

それぞれの惑星の動植物がどんな風なのか、どんな風に動くのか、アニメ化も今から楽しみで仕方がない。

 

 

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「彼方のアストラ」と同じ「十五少年漂流記」のオマージュ「蠅の王」。方向性はまったく違うけれど名作。

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「蠅の王」のオマージュ「無限のリヴァイアス」。昔のアニメなので若干絵が古いが、物語は面白かった。好き。

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「彼方のアストラ」の植物が優位な生態系を見て「獣王星」を思い出した。キマエラ(自転周期が長い)はイクリスに似ている。「獣王星」も設定が練られていて二巻までは無茶苦茶面白かったのに…。なぜあんなことに…。

そういえばアニメ化もしてた。(見ていない)

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例えば「ムーンライトシンドローム」のように記事で上げた三点すべてが赤点どころかゼロに近いのに、強い影響を受けるくらい好きな作品もある。

そういうのは人にすすめにくい。すすめると友達をなくすらしいしな。

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 特に好きな「浮遊」。いいぞ~、とそれでもすすめてしまうのだが。

 

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アニメ版「カオスヘッド」は自分から見ると、「彼方のアストラ」のクローンの元側の物語だ。

シャルスに対して「見事消え果てよ」と言ったときの王の陶酔っぷりには久々に頭を後ろから殴りたくなるほどムカついたが、「カオスヘッド」もあんな感じだ。

 「彼方のアストラ」の感動的な終わり方を見て、「カオスヘッド」に対する苛立ちが、すべて浄化された。

いい物語は人を癒すな~。