うさるの厨二病な読書日記

厨二の着ぐるみが、本や漫画、ゲーム、ドラマなどについて好き勝手に語るブログ。

最貧困男子の苦闘を描いた、望月諒子「蟻の棲み家」は、どうしても他の作品と比べてしまう。

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「蟻の棲み家」あらすじ

東京都内の河原で、顔をつぶされた男の死体が発見された。

同じころ起こった、身を売って生活をする女性二人の射殺事件。

フリーライターの木部美智子は、弁当工場の工場長に対する恐喝事件を調べるうちに、稚拙な恐喝事件と、三件の残酷な殺人事件のつながりに気づく。

 

一連の事件は、裕福な大学生が放埓な生活の末の借金苦から起こした事件なのか、貧困の中で生きた男が怒りから起こした事件なのか、それとも。

蟻の棲み家

蟻の棲み家

 

 

*以下、ネタバレ注意。

 

同じテーマの本と比べてしまう。

「最貧困女子」や「ぼくんち」の世界から、「火車」のように手段を選ばず這い上がろうとする物語……なのだが、どれと比べてもいまひとつだった。

 

「最貧困女子」と比べると、「貧困の中に身をおく女性」を類型化しようとしている点がすごく気になる。

「蟻の棲み家」に出てくる、吉沢末男と同じ「貧困の世界」に生きる女性たちは、野川愛梨、森村由南、座間聖羅と出てくるが、三人とも同じタイプだ。

知性や感性が鈍く、底意地が悪い。道徳心や情愛に欠けていて、子供のことをなんとも思っていない。救いようのない人間として描かれている。

三人のうち一人くらいならば、「境遇は関係なく、元々性根が腐っている人間はいるかもしれない」とも思えるし、創作でそういう登場人物を描くのは構わない。

しかし三人が三人ともそういうタイプだと、「こういう境遇の人間は、みんなこういう性格だ」と読み手に印象付けるし、何のフォローもなければ「作者がそう考えているのでは」と思ってしまう。

 

「最貧困女子」では、彼女たち三人と似た境遇の女性「加奈さん」が出てくる。

加奈さんは作者から「じゃあいま、加奈さんにとって一番避けたいことは?」と聞かれたときに「決まっているよ。チエとカズ(ふたりの子供)が奪われること。あの子たちがいなかったら、私なんにも残らないもん」と答えている。

加奈さんの言葉を聞いて著者は

助手席に座っているこの女性を、つい先ほどまでは「母親失格」「虐待する親予備軍」のように思っていた。だが加奈さんのこの言葉を聞いて、僕はすべての認識を改める必要があった。

 (引用元:「最貧困女子」鈴木大介 株式会社幻冬舎)

と考える。

 

確かに中には、貧困の生活の中で精神的に追い詰められ(あるいは特に追い詰められていなくとも)子供を虐待する母親もいる。

しかし加奈さんのような人物がいる以上、本書の中で主人公が言った「貧困の中で子供を産み捨てて、自分の気分で気ままに扱う母親」という像は偏っているように思う。偏っているのに、「蟻の棲み家」の中ではそれを補強するように、三人の女性もその母親たちも末男の母親もそういう女性として設定されているので、「事実」になってしまっている。

 

「蟻の棲み家」は、その「事実」に基づいて、そういう女性たちをあの手この手で断罪している。

「最貧困女子」で指摘されていた「手を差し伸べなければならない弱者が、自分が想像するような美しい人間とは限らない」「そういう人は、大人しくちょこんと座って助けを待っているような人間ではなく、救いようがないほど、面倒くさく可愛いげがない」そこから転じて「自分がかわいそうと思える仕草をしない、自分が期待する可愛げを持たない弱者を切り捨てていい」という問題を、きれいになぞってしまっているように見える。

その女性が脂汗を拭きながらも平然を装っていたら? 声をかけても『大丈夫ですから』と遮ってきたら? にらみ返してきたら?(略)

人々は通り過ぎるだろう。さらにその女性が何か意味不明なことを喚き散らしでもしていれば、人は目を背けて足早に立ち去るかもしれない。

 (引用元:「最貧困女子」鈴木大介 株式会社幻冬舎)

 

「蟻の棲み家」では「生まれた境遇による分断」をテーマとして扱っているが、「第三者からどう見えるか」という分断には無頓着に見える。

本書の中では同じ境遇でも、野川愛梨、森村由南、座間聖羅という「可愛げのない性根が腐っている人間」と、吉沢兄妹のように「生まれた境遇が不遇なだけで、よい資質を持つ人間」という分断を行っている。

個人の感情の中で分断を行うこと自体は構わないが、社会問題として描きながら「救いようがないほど、面倒くさく可愛いげがない」人間は分断してしまう自分自身を省みる視点がないのはバランスが悪く感じる。

そういうことに対して、何か批判的な視点が入るのかと思っていたが、最後までなかった。

「弱者に、自分が相手を救いたくなるような都合のよい像を求める」のは、昨今かなり問題視され始めていると思っていたので、その点に無頓着なことに驚いた。

 

末男の生い立ちや独白があったり、最後の告白が長いなど思い入れが強いところも、若干うんざりする。殺人犯にそんなに語られてもな、という思いが強まってしまう。

本人には語らせず、その過酷な環境だけを淡々と描いた「火車」は、やっぱり名作だなとこれまた比べてしまう。

 

「ぼくんち」は名作だ、と再確認。

比べるのは良くないとは思うが、「蟻の棲み家」の感想を素直に書くと、ことごとく「似たテーマの〇〇は名作だな」という内容になってしまう。

その中の最たるものは、西原理恵子の「ぼくんち」だ。

 

「ぼくんち」は、「蟻の棲み家」に出てきたら断罪されるであろう、どうしようもない人間しか出てこない。

「蟻の棲み家」では殺されひどい目に合わされ、「生まれたときからそういう人間で、自分がひどい目に合っていることすらわからない」と罵られるどうしようもない人間たちが、「ぼくんち」では、その無様な生きざまと腐った性根が裁かれることはなく、そのまま淡々と描かれている。

 

外から見物するのではなく、罵るでもなく、弁護するでもなく、狡く卑しい人間たちが泥の中で醜く這いずりまわる姿を、同じ泥の中にもぐり真正面からただ見ていることこそ、「ぼくんち」の凄みだと改めて気づいた。

 

普通は見ていられない。

「こんなのは自分とは何の関係もない世界の話だ」

そう言いたくなる。

その「世界」とは、貧困そのものではない。

境遇で歪められた、嘘つきで性根が腐っていて、どうしようもなく愚かで卑しい人間性だ。

自分は座間聖羅や野川愛梨や森村由南、長谷川翼とは違う人間だ。貧困の中でも、人から認められる真っ当さを失わない末男のような人間だ。そう思いたい。

ツレちゃんやツレちゃんを殴るお姉さんたち、さおりちゃんの父親、末吉、あいつらとは「人間が違う」そう思いたい。

「蟻の棲み家」は、自分の心のどこかにあるそんな思いに応じた本のように思えて、気が滅入った。

 

「自分と同じような人間の中で起きていること」という前提で書かれるべき

「蟻の棲み家」の最初のほうで書かれていた

「低学歴の、結婚を三回ぐらいした若いおねえちゃんでも、子供を誠心誠意慈しんで育てていることもある。言葉が汚くて、子供の頭を小突いている、眉のない母親と、店の中を走り回って生鮮食料品のラップに穴を空けて、ゲラゲラ笑っている子供っていう家庭に、弱きを助け強きをくじく愛と正義がある場合もある。そうでない場合もあるけどね」

確かに、安易な区分けは不当に誰かを貶める危険がある。そして不当に貶められた人たちは誇りを叩き壊されて、規範意識を持てなくなる。

だから真鍋は、文字は「自分と同じような人間の中で起きていること」という前提で書かれるべきであり、おれはそれを踏み外さないと言っている。

 (引用元:「蟻の棲み家」望月諒子 新潮社 p24‐25/太字は引用者)

この文章がすごくいいと思った。特に太字にした部分。

こういう気持ちで描かれる話ならきっと面白いだろう、と期待がふくらんだ。

面白かったけれど、ここで書かれていることを忘れてしまったような筋だった。

こういう風に書かれていたのにどういうことだろう、と読んでいて混乱した。何かを見落としているのか、と思ったがそういうことでもなさそうだ。

 

桐野夏生が「グロテスク」を描いた姿勢を期待していた。

それは作者の桐野夏生が、同じ悪意を持ち、同じ地獄を生きる、同じ女性としてこの物語を強い共感と共に執筆したからだと思う。(略)

個人的には桐野夏生は「普通の人間の悪意を書かせたら、日本一うまい作家」だと思っているが、決して「自分が持たない、自分とは関係ない、悪意を持つ愚かな人間」という書き方はしない。

自分も同じ悪意と愚かさを持っている。

自分は桐野夏生のこういう姿勢が、とても好きである。

【小説感想】女にとっての地獄とは何なのか。桐野夏生「グロテスク」の感想 

 

勝手に期待して、勝手にガックリきてすまないが、創作からは、できれば自分一人では持てないかもしれないものを見出したい。

自分にはない視点を持て、見出せないかもしれないものを見出せるからこそ、すごいと思える。

 

ストーリーはそれなりに面白いので、あれこれ考えず「末男をこんな風に追い詰めた貧しさが問題」「木部さん、素敵」と思って読めば良かったのかもしれない。

 

関連書籍

最貧困女子 (幻冬舎新書)

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火車 (新潮文庫)

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ぼくんち<全>オールカラー版 (ビッグコミックス)

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続き。

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