人から聞いた話。
近所のコンビニの駐車場で、久しぶりに中学時代の同級生と再会した。
同級生に気づいたのは、こちらの顔をじっと見つめてきたからだ。
最初は「変な奴だな、人の顔をじろじろ見て」と思ったが、よく見たら知っている奴だった。
「久しぶり、元気?」
僕が声をかけると、彼は目を見開いた。
何と言おうか迷っている感じだったので、僕は続けた。
「中学校以来だね。そういえばお前と仲が良かった……」
名前が思い出せない。
「ええと、あいつも元気?」
彼は僕をじっと見ていたが、やがてぽつりとつぶやいた。
「死んだよ」
「え?」
「死んだよ」
余りにびっくりしすぎて、頭が真っ白になった。
「何で…? 事故?」
「いや……知らない」
「いつ?」
「わからない」
彼は僕から目をそらすと「もう帰らないと」と言いながら、その場から離れた。
別の日に中学時代の別の友人に会った。
「それって、能戸井の話?」
「能戸井?」
ずいぶん珍しい名前だ。どこかで聞いたことがあるような気もする。
友人は、急に声をひそめた。
「その話は、あまりしないほうがいい」
「何で?」
「何でって……」
「納戸井は死んだんだろう?」
僕の問いに友人は顔を青ざめさせる。そしてそれ以上、僕の言葉に耳を貸さずその場から逃げていった。
他の知人たちもおおむね、同じような反応だった。
そのうち中学校時代の知人は、僕の顔を見ると逃げ出すようになった。
そんなある日、暗い夜道で女の子に出会う。
「久しぶり、納戸井のことを聞きたいんだって?」
顔がよく見えないので誰だかは思い出せない。だが納戸井の話を知っているところをみると、中学時代の知り合いであることは間違いないようだ。
「誰に聞いても答えてくれない。みんな何かを隠しているんだ」
顔がよく見えないが、女の子が笑ったのがわかった。
「覚えていないなら、忘れたままでよくない?」
「でも」
僕は言った。
「気味が悪いよ。誰も彼も知っているのに話してくれないのは。僕だけが何も知らないんだ」
「何であなただけが知らないのかな?」
「わからないよ」
わからない。
僕は女の子のことを見た。あたりは明かりがほとんどなく、女の子の顔があることはわかるものの、表情まではわからない。
女の子はしばらくジッとしていた。
沈黙が余りに長いので、なんだかそわそわしてきた。
女の子が唐突に口を開いた。
「聞きたい? 納戸井のこと」
女の子の声に含まれる何かが、僕に答えさせるのをためらわせた。
女の子は一歩近づいてくる。顔は見えない。
「本当に聞きたい?」
僕が微かにうなずくと、女の子は話し出した。
「人から聞いた話」
近所のコンビニの駐車場で、久しぶりに中学時代の同級生と再会した。
同級生に気づいたのは、こちらの顔をじっと見つめてきたからだ。
最初は「変な奴だな、人の顔をじろじろ見て」と思ったが、よく見たら知り合いだった。
「久しぶり、元気?」
僕が声をかけると、彼は目を見開いた。
何と言おうか迷っている感じだったので、僕は続けた。
「中学校以来だね。そういえばお前と仲が良かった……」
名前が思い出せない。
「ええと、あいつも元気?」
「ちょっと待って」
僕は女の子の話を遮った。
「それ、誰の話?」
女の子はしばらく黙ってから、言った。
「納戸井の話」
「いや、違うよ。それは……」
女の子の顔はよく見えない。でも僕のことをじっと見ているのはわかる。
僕は、その場から慌てて立ち去った。
それからしばらくして、僕は近所のコンビニでどこかで見たことがある奴に出会った。
誰だっけ? としばらく眺めているうちに、そいつが僕のほうに歩いてきた。
「久しぶり、元気?」
声をかけられて、僕は驚いた。
前にもこんなことがあった気がするが、いつだったか思い出せない。
そいつは言葉を続ける。
「中学校以来だね。お前と仲が良かった……ええと、小学校から仲が良かったあいつも元気?」
その瞬間、それがいつ起こったことか唐突に思い出した。
「それって、能戸井の話?」
相手の言葉を遮るように叫んでから、僕はあわてて声をひそめた。
「その話は、あまりしないほうがいい」
「何で?」
「何でって……」
「納戸井は死んだんだろう?」
僕は慌てて首を振った。
「いや……知らない」
「事故で? いつ?」
僕は「知らない知らない何も知らない」と言いながら、その場から大急ぎで離れた。
家についてふと考える。
そういえば、あいつ名前なんだっけ?
最初に納戸井の話を聞いた奴、あいつは誰だっけ?
納戸井のことを聞いた中学校の知人たち、あいつら誰だっけ?
あの女の子は名前、何ていったっけ?
たぶん、知らないほうがいいんだろうな。