うさるの厨二病な読書日記

厨二の着ぐるみが、本や漫画、ゲーム、ドラマなどについて好き勝手に語るブログ。

【ダークソウルⅢ考察】ロンドールの黒教会、アリアンデルの絵画世界について

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ダークソウルⅢの「ロンドールの黒教会」及び「アリアンデルの絵画世界」周辺の考察。ゲーム内の会話及びアイテムのテキストのみを参考にして考察している。

会話文はコチラを参照。

DARK SOULS TRILOGY -Archive of the Fire-

DARK SOULS TRILOGY -Archive of the Fire-

 

 

 

最初に箇条書きで内容を説明。

 

・「ダークソウル」に出てきた闇撫でのカアスの思想を下に、その娘である三姉妹・エルフリーデ、ユリア、リリアーネが亡者の国ロンドールを設立。

・エルフリーデは「灰」として、アリアンデルの絵画世界を訪れるが、絵画を焼くよりも腐れゆく絵画世界を見守ることを選ぶ。

・絵画世界の言い伝え「いつか灰はふたつ、火を起こす」があるので、奴隷騎士ゲールは「もうひとつの灰」として主人公を絵画世界にいざなう。

・「火を知らぬ者に、世界は描けず」なのでゲールは画家に炎を見せたい。

・また絵の顔料となる暗い魂の血を得るため、「ダークソウル」を持つ人の王を殺した。しかし血は既に枯れ果てていたため、暗い魂を喰らい、自分の血を「暗い魂の血」に変えた。

 

 

 

「ダークソウル」の世界を考えるうえでの基本

「ダークソウル」の世界では、

「人・闇・亡者・深淵」がひとつのカテゴライズの中にあり、もう一方のカテゴライズにある「神・火・生者(不死)・(秩序ある目に見える)世界」が対立している。

これを字義通りにとらえてしまうと、たぶん混乱しやすい。

仮に前者を「闇」、後者を「光(火)」と考えて、

①これらは対立し、並び立つものではない。

②現代の感覚で考えがちな「闇=悪」「光=善」ではない。ただの対立する概念であり、それらを理想とする人がそれぞれいる。

ととらえたほうがいい。

「闇の時代」と言われたら、それは「亡者の時代」「人の時代」とイコールで結んだほうがわかりやすい。

「ダークソウル」の世界は善悪がない、「神」と「神への恭順を拒む人」の対立の物語なのだ。

主人公は「神の時代」を続けるか、「神(火)のない人の時代」にするかをエンディングで選ぶことができる。

 

 

「闇撫でのカアス」の考えおさらい

ロンドール黒教会は、ユリアが死ぬときに「カアス、あなたの遺志を…」というように、「ダークソウル」に出てきた「闇撫でのカアス」の思想を受け継いで創られた。

「彼女たちは世界蛇の娘であり、黒教会の創始者としても知られている。すなわち亡者の救い手として」(嘴の仮面の説明文)

「娘」が概念的な意味での娘か生物学的な意味での娘かはわからない。「プリシラ、シースの娘説」などもあるので、竜や蛇も神や人間とのあいだに子供ができるのかもしれない。

 

カアスの考えについては、下記の記事にも書いた。

www.saiusaruzzz.com

カアスのセリフを読めばわかるのだが、「ダークソウルⅠ~Ⅲ」までの時代は「火」を見出した「神の時代」である。

「火」が見いだされたあとの時代は、光と闇、生死が分離した時代だ。

「神」が火を見出したあと、人間の王が「闇のソウル」を見出した。

グウィンは「闇=人=亡者=死」を恐れ、自分たちの息子に人を従わせた。フィリアノールを輪の国の小人の王の下に行かせたのも、この考えの一環と思われる。

「神・火・生者・(秩序ある目に見える)世界」の終焉を恐れたグウィンは、火を絶やさぬために自らの血族から「薪の王」を出し続けた。

 

カアスはこれは「理」に反していると考えている。

火の時代のあとには闇の時代がくる、これが正しい「世界の理」なので、主人公には「薪」にならず亡者の王になり、神(火)なき闇の時代を到来させてほしい。

 

ユリアが「遺志」と言ったり、「世界蛇の遺産」(ダークハンドの説明文)という言葉も出てくるので、「ダークソウル」の「火継ぎエンド」が正史となり「ダークソウルⅢ」につながっていると考えられる。

カアスが、ウーラシールの人々をそそのかして深淵を掘り起こしさせたのは何故か?

「世界の理」を自分の手で、促進させるのが使命だと考えたからか?

上記の記事でこう書いたが、カアスにとっては「深淵(闇)」を広げることこそ「理」にのっとった正しいことなので、ひどいことでも何でもないのだろう。

このあたりを善悪で考えてしまうと、ちょっとわかりづらい。

少し乱暴だが「世界蛇」であるフラムトとカアスは、「対立するふたつの概念を具現化した存在」「すべてが一元化された灰色の古竜の時代から、すべてが二元化した世界を表す存在」と考えると個人的にはわかりやすく感じる。

 

 

「ロンドール黒教会」について

ロンドール黒教会は前述のカアスの思想に基づき、カアスの娘の三姉妹エルフリーデ・ユリア・リリアーネが設立した。

「呪われた不死の証。(略)彼らは故郷を追われるのだ」(ダークリングの説明文)とあるように、神(火)の世界では亡者=(神に従わない)人間は居場所がない。そのためカアスの思想に基づいて創られたのが、亡者(人間)の国ロンドールだ。

こういう発想があるから、エルフリーデは同じように居場所がない絵画世界の人々に共感したのかもしれない。

「基本となる概念」で説明した通り、「ダークソウル」の世界では「生者」は「火や神」に属する。このあたりも「生者は人間」という現代の価値観でとらえてしまうとわかりにくい。

「生者」はカアスが言う通り、「神の奴隷」にすぎない。

「輪の国の亡者」を殺害したときのセリフ「神どもに深淵の呪いあれ」も、神と深淵=闇=亡者が対立する概念であることを表している。

ロンドールは「光の時代のあとには、理に従い闇=人間=亡者の世界が来なければならない」という発想に基づいて創られている。

「火の時代とは、古い神から続く時代であり(略)既に神はなく、火の力は移譲されるべき。あるべき人の姿、我ら亡者の王に」

「ダークソウルⅢ」では、火が陰り始めているため、薪となる王たちを無理やりよび覚ました。

 

 

「アリアンデルの絵画世界」について

この二つの対立する概念のはざまに、例外的にあるのが「絵画世界」だ。

画家が「火を知らぬ者に、世界は描けず、火に惹かれる者に、世界を描く資格はない」と言うように、世界を創生するためには火が存在しなければいけない。しかし火のある世界では居場所がない人々の世界を作るためには、火が存在しない世界でなければならない。

絵画世界が「ずっと寒くて、暗くて、優しい画」なのはそのためだ。

 

アリアンデルの絵画世界は、アリアンデルの血によって描かれている。

絵画を描く顔料は血なので、ゲールはこれを手に入れるために「ダークソウル」を見出した小人の王を探していた。しかし小人の王の血は既に枯れ果てていたため、その魂を喰らって、自分自身の血を「暗い魂の血」とする。

 

 

エルフリーデについて

最初会ったときにゲールが「あんた、あの女と同じ匂いだ、そうか、あんた、火のない灰なんだな」と言っている。

「あの女」はエルフリーデを指し、「同じ匂い」で「火のない灰」と気づいているので、エルフリーデも「火のない灰」なのだ。

アリアンデルも「やはり君には、灰には、火が相応しい」と言っている。

エルフリーデは「火のない灰」として、当初は滅ぼすために絵画世界を訪れた。

だが「火継ぎの世界」で故郷を追われた人々のためにロンドール教会を設立したエルフリーデは、同じように「火があることによって生まれた陰の住民=火継ぎの世界では居場所がない人」(ユリアが「火の陰にある者たち」と言っている)に同情したのだろう。腐っていく絵画世界をそのまま見守ることにした。

 

アリアンデルの絵画世界には「ふたつの灰、アリアンデルを焼く者たち」「いつか灰はふたつ、そして火を起こす」という「言い伝え」がある。

アリアンデルの絵画世界に「ふたつの灰」がそろったときに、絵画世界は焼け落ちる。ゲールはこの言い伝えに従って、エルフリーデと主人公、「ふたつの灰」を絵画世界に導いた。

 

 

ヴィルヘルムについて

ヴィルヘルムは「痩せた亡者の黒い甲冑(略)特にその長女に仕えた亡者の騎士は」(「ヴィルヘルムの鎧」の説明文)とあるように、元々亡者としてロンドール教会に所属し、エルフリーデに仕えていたのだと思う。

推測だが、亡者となりロンドール教会でエルフリーデと出会い彼女に仕え、自分が生まれ育った絵画世界に興味を持った彼女に付き従ったのではないか。

だが絵画を焼くのではなく、共に腐っていくことを選んだエルフリーデはヴィルヘルムに「主従の交わりの終わりを示す別れの剣」オーニクスブレードを渡し、ロンドールに帰るように伝えた。

しかしヴィルヘルムは帰らず、エルフリーデの願いを叶えるために、画家の少女を独断で隠した。

 

根拠は余りないのだが、フリーデがヴィルヘルムに一切言及しないのは不自然なので、ヴィルヘルムが絵画に残っていることを知らないのではないかと思う。

ヴィルヘルムは普段の会話では「フリーデ様」とロンドールを捨てたあとの名で呼んでいるが、いまわのきわのセリフでは「エルフリーデ様」になっている。また「貴女の騎士でありながら」とか「エルフリーデ、様」という敬称の前に点を入れる微妙なニュアンスなど、細かいところでヴィルヘルムの強い思い入れを感じられるようになっている。

こういう細かい点まで気を配っていながら、ただの意味もなくフリーデがヴィルヘルムに言及しないとは考えられないので、恐らくはフリーデはヴィルヘルムがロンドールに帰ったものと思っていると考えていいのではと思う。

このあたりはイリーナがイーゴンの存在にまったく言及しないのと似たものを感じる。

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イリーナがイーゴンについてまったく言及しないのは、「イーゴンは自分を置き去りにして立ち去ったと考えている」説を唱えている。 

 

ヴィルヘルム関連については、蠅だらけの場所で死んでいることを話題として見るが、「死者の活性」の説明にある通り、「亡者の国ロンドールでは不死こそが人であり、死骸などしょせん生者たちのなれの果て」だ。「死骸などゴミと一緒、むしろ闇の爆弾として使うのが有効活用」という価値観なので、本人はたいして気にしていないと思う。

 

ヴィルヘルムは面白いキャラだと思うが、ストーリー的にも性能的にもシラやゲールに比べて冷遇されているのが残念。やっていることが少女監禁だけというのがなんとも。

フリーデ戦前後のボス扱いにしてフリーデのために絵画世界に残っていることに気づくとか、フリーデを解き放つためにアリアンデル戦では共闘できるとか、もう少し何かあるとよかった。