「灼熱の竜騎兵」既刊のおさらい
2504年、惑星ザイオンは建前上は自治権を認められていたが、実質的には地球の支配下に置かれていた。
四十年以上の長きに渡り、ザイオン自治政府主席の座を占めていたアレッサンドロ・ディアスが地球に突如反旗を翻し、独立宣言を行う。
ディアス家に次ぐ特権階級である24家族のうちのひとつ、リビエール家の長男ギイは、全太陽系の支配者になるという野望を持っていた。
彼はザイオン警察軍の長官ジュポロフを唆し、ディアスを暗殺させることに成功する。
独立前はディアスの圧政への反対運動を行っていた「ザイオン青年党」の生き残りであるネッド、ペトロフ、リュー・リンは、「深紅党(コロラド)」を名乗り、地球政府に対する抵抗運動を始める。
一方、「ザイオン青年党」の中央委員長でもあったリビエール家の次男アルマンは、兄のギイによって、地球政府とのパイプ役である「純白党(ブランカ)」の総書記になる。
兄の操り人形として生きるアルマンに、ギイを憎む警察軍のゼラーが近づく。ゼラーがアルマンに、兄のギイを反逆者として地球軍に密告するよう勧めたため、ギイは地球軍によってとらえられる。
ザイオンで地球軍とザイオン軍、ゲリラたちのにらみ合いが続く2505年11月13日、地球で軍部トップのデリンジャー元帥によるクーデターが起こる。
デリンジャー元帥は、上海に軍事政権を打ち立てる。それに反対する「反軍民主連合政府」がサンパウロ市に設立され、地球政府は二つに分裂する。
12月24日にデリンジャー元帥はサンパウロ市を強襲し、民間人を含む虐殺を行った。反軍民主連合政府は、後世「クリスマス・イブの虐殺」と呼ばれるこの事件で一夜にして壊滅した。しかし同時にデリンジャーの名声も地に落ちた。
地球の混乱を目の当たりにして、ザイオン以外の惑星も次々と地球からの独立を宣言する。
ザイオンでは脱獄したギイとアルマンが再び手を組み、ゼラーを死に追いやった。深紅党は地球軍を相手に連勝し、革命軍として成長しつつあった。
様々な要素が詰め込まれたおもちゃ箱のような面白さ
上の記事で書いた通り、田中芳樹の作品の中で個人的なぶっちぎりの一位が「灼熱の竜騎兵」だ。
学生運動からの革命、地下水脈を使ったゲリラ戦、「タイタニア」と同じように対立構造が二転三転する、無能に見えたアルマンが実は一番の化け物説など、自分にとっては好きな要素だけが詰め込まれたお気に入りのおもちゃ箱のような作品だ
体制側も地球とザイオン政府が対立しているうえに、地球内部でもクーデターが起こるというかなり複雑な状況になっている。ザイオン内部で深紅党と対立している体制側も、ギイ、アルマン、ゼラー、ルシアンと三つ巴になっている。
「味方対敵」という単純な構造ではなく、ほとんど一人一派のような状況だ。主人公たちは才覚があるとはいえ、組織がまだ貧弱なので、目まぐるしく変わる状況に対して受け身にならざるえない。
主人公のネッドたちも、大局を利用するどころか状況を把握するのが精いっぱいというところも「灼熱の竜騎兵」の面白さだ。
田中芳樹の作品の中では、一番自由気ままに勢いにのって書いたようなドライブ感がある。
ただそこが仇になって、先が書けなくなったのでは、と思っている。あまり自由気ままに書かれて「グイン・サーガ」のようになってもそれはそれで文句を言うので、難しいところだが。
もうひとつは主人公のネッドが動かしにくかったのでは、と読み直して思った。
既刊の後半になると、ネッドがだんだん影が薄くなりペトロフの存在感のほうが大きくなっている。ペトロフは大局的に物を見る落ち着いた知識人、年少者に対して面倒見がいい教師的な要素を持つ、と田中芳樹が好んで描く人物像だ。ヤン、ナルサス、ドクター・リー、ジュスラン、竜堂始とこのタイプは多い。
ネッドは、田中作品には珍しい熱血型主人公だが、描くのが苦手なタイプだったのかなと感じる。
こんな展開だと嬉しかった。
「灼熱の竜騎兵」は1993年に第三巻が出たのを最後に未完になっている。2002年にスクエア・エニックス版が出ていて、そちらも本編は加筆されていない。シェア・ワールド化されたが、本編の続きではなく周辺惑星の話のようだ。
続きは出ないと思うので、こういう展開だと嬉しかったと思う「灼熱の竜騎兵」の続きを書きたい。
基本的には、銀河英雄伝説6巻の冒頭に書かれた「地球滅亡の日」の「ラグラン市の四人組」のような展開で読みたかった。というより、「灼熱の竜騎兵」と「ラグラン市の四人組」の発想の根っこは、同じなのではと思っている。
バルムグレンがデュボア氏、タウンゼントがリュー・リン、フランクールとチャオの混合した要素を、ネッドとペトロフがそれぞれ分割して持っている。
ネッドたちは田中作品の主人公サイドらしく、閉鎖的な集団は自壊に向かうことや革命が終わったあとの自分たちの身の振り方など心得ているような発言をしている。
ただ組織が大きくなればなるほど、理想通りに物事が進みにくくなる。本編でも指摘されている通り、敵がいなくなったあとが問題だ。
デュボア氏がいるあいだは組織はまとまると思うが、デュボア氏は他の主要登場人物よりもかなり年配だ。バルムグレンと同じように、情勢が固まる前に死んでもらうことにする。
デュボア氏の死後、対地球軍を目標として、「純白党」と「深紅党」が一時的に手を握る。組織が大きくなれば、スポンサーは必ず必要だ。「深紅党」としては腰を落ち着けられる拠点と、24家族の資金が目的としている。
ここで24家族に対して不信感を持つネッドと、とりあえずザイオン人全体で一致団結したいペトロフとの間で若干温度差が出てくる。
本編を読んでいると、ネッドとペトロフは、余り気も話も合うように見えない。ネッドはイブリンと、ペトロフはルシアンとのほうが気が合っているし、心も開いているように見える。
24家族はギイが仕切るだろうが、そのことを面白く思わないルシアンが24家族のあいだで暗躍する
地球軍を追い払ったあとは、24家族の主導権争いになる。
ギイ派とルシアン派に分かれ、共倒れさせたいネッドとルシアンを見捨てられないペトロフで方針が分かれる。この時のペトロフの行動の動機が、後世「権力欲」で解釈される。
「深紅党」はルシアン派で戦うが、ネッドはそれには加わらず、深紅党を離脱。地球に渡り、反デリンジャー戦線に身を投じる。
ザイオンではルシアン派が勝利するが、ギイを排除するのにアルマンを利用するなどルシアンが少なからず精神的な負い目を負う。元々は真っすぐな気質のルシアンは、反動で祖父の亡霊に取りつかれたような独裁政治に突っ走る。「アルマンのようになりたくない」という恐怖から、ペトロフに強い影響を受けている自分を「常に誰かの操り人形であるアルマン」と重ねてみてしまった、などがありえそうだ。
そういう葛藤から、ルシアンはペトロフを処刑してしまう。
ペトロフを処刑にしたことに怒ったネッドが、地球をある程度安定させたあと、ルシアンの恐怖政治に戦いを挑む。このときリュー・リンが、ペトロフから個人的にルシアンのことを頼まれていて、二人のあいだに立とうとする。しかし逆上したネッドが言うことを聞かないので、ルシアンを守るために戦う、という展開がいい。
最後はネッドが「イブの虐殺」の再来のようなことを止むにやまれずやってしまい、リュー・リンはこれを非難し、昔のことを思い出しながら死ぬ。ただ余りリュー・リンのキャラっぽくない。
非難するのはリュー・リンと結婚したデュカで、リュー・リンは何も言わず死にそうな気がする。
ルシアンを殺したネッドが、アルマンを代表として政権を立てる。ネッドは政治に向かないことを自覚しているので身を引き、アルマンはその時々で誰かの操り人形として生きる。
しかし歴史の表面では「アルマンが常に誰かに操られていた」事実は残らず、彼は「純白党」の党首として「反地球軍、ザイオン独立のシンボル」として生き、ザイオンが独立したあとは初代元首として名声を残す。
「深紅党」だったネッドとペトロフ、リュー・リンは、その行動をすべて権力欲や保身で解釈され歴史に悪名が残る。
後世研究が進み、歴史を見直されて書かれたのが、「灼熱の竜騎兵」本編とすると序章との矛盾もなくなる。
「灼熱の竜騎兵」は陰謀家の暗躍や騙しあいが面白さのひとつなので、陰鬱展開で続いて欲しかったな。