うさるの厨二病な読書日記

厨二の着ぐるみが、本や漫画、ゲーム、ドラマなどについて好き勝手に語るブログ。

作品を解体して考える。新海作品の大地は丸く、思考しているのか。

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「レヴィ=ストロース入門」を読んだ。

レヴィ=ストロース入門 (ちくま新書)

レヴィ=ストロース入門 (ちくま新書)

  • 作者:小田亮
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2013/11/08
  • メディア: Kindle版
 

レヴィ=ストロースの思想や業績がわかりやすくまとめられている。

「神話論理」で書かれていると紹介されている神話の解体が面白そうだなと思ったので、新海誠作品でやってみた。

 

①個人で楽しむことを目的としているので、読んで面白そうだと思った部分を取り出しただけのやり方です。正確な方法や考え方は、実際に本を読むことをお勧めします。

②作品内の事象は、個人的な解釈に基づいて区分けしています。(ネタバレ注意)

③「星を追う子ども」は未視聴なので外しています。

 

 

解体の手順

神話素を取り出す

神話のストーリーを、「誰が何した」というような出来事をできるだけ短い文で表したもの(神話のこの最小単位を「神話素」と呼ぶ)に分解し、それらの文(神話素)を、ストーリーのなかの順序に応じた番号のついたカードに書き取る。

(引用元:「レヴィ=ストロース入門」 小田亮 ちくま新書 P163)

 

まずはここからスタートした。

新海誠の作品は主人公(男)と相手役(女)の関係性が話の中心にあるものがほとんどなので、「男」「女」を単位としてストーリーを追っていくことにした。

 

各作品を見ていくと、概ね以下の項目でストーリーが成り立っている。

 

A:始まり(全作品共通:男と女が出会うもしくは出会っている)

B:もう一人の自分の有無

C:男と女の社会的な関係

D:女の行動

E:女の所在

F:男の行動

G:別の女の有無と対応

H:男と女のつながり

I:つながりの結果

J:男と自己及び他者との関係

K:男と女の関係の決着

L:男と女の結末のその後の関係

M:男を取り巻く世界の変化

 

例として「ほしのこえ」を当てはめると

A:男(昇)と女(美加子)が出会っている。

B:なし

C:同級生

D:女が外部的な事情で強制的に男から離れる

E:女は非現実的な世界(宇宙の果てで戦闘)に強制的に行かされる。

F:男は現実世界にいる

G:いない

H:メールでやり取りする

I: 男と女は疎遠になる

J:なし

K:男と女が出会う

L:男と女が再度親密になる

M:世界は不変

 

となる。

 

これを

「ほしのこえ」(ほし)

「雲の向こう、約束の場所 浩紀」(雲A)

「雲の向こう、約束の場所 拓也」(雲B)

「秒速5センチメートル」(秒速)

「言の葉の庭」(言の葉)

「君の名は。」(君の名は。)

「天気の子 帆高」(天気A)

「天気の子 圭介」(天気B)

の8ストーリーを分解して項目に当てはめてみる。

(個々のストーリーの項目内容については、末尾に載せるので興味のある方はどうぞ)

 

原型を作る

AからMの各項目ごとに、8ストーリーの中で最もよく見られる内容を取り出してあらすじを作る。

これを「原型」と呼ぶ。

原型は以下の通り。

 

A:男と女が出会う(共通)

B:なし

C:二人は同級生

D:女は外部的な事情によって、強制的に男から離れる。

E:女は非現実世界に強制的に行かされる。

F:男は現実世界にいる。

G:男は別の女と親密になる、もしくは疎遠になる。

H:男と女は特定の条件のみで接触可能

I:男と女は疎遠になる。

J:男は自分ともめる。(自己葛藤が起きる)

K:男が女に会いに行く。

L:男と女が再度親密になる。

M:世界は変わることもあるし、変わらないこともある。

 

原型を一般的なあらすじ風にまとめるとこうなる。

 

同級生である男女が出会い、女は外部的な事情によって強制的に男から引き離され、非現実的な世界に行かされる。

男は現実世界に取り残される。現実世界に残された男は、別の女と親密になる、もしくは疎遠になる。

その間、男と女は特定の条件でのみ、接触することができる。

男は自分自身ともめ、葛藤する。

男が女に会いに行き、二人は再度親密になる。

その結果、世界は変わることもあるし、変わらないこともある。

 

原型と各作品の距離を調べる

次に原型とそれぞれの作品で、項目内容にどれくらい違いがあるか、違いがある項目を数えてみる。そうすることで、各作品と原型との距離をはかる。

 

ほしのこえ:3

雲の向こう、約束の場所A(浩紀):4

雲の向こう、約束の場所B(拓也):4

秒速5センチメートル:4

言の葉の庭:3

君の名は。:4

天気の子A(帆高):5

天気の子B(圭介):6

 

原型に最も近いのが、「ほしのこえ」と「言の葉の庭」で、最も遠いのが「天気の子B(圭介)」だった。

 

各作品のあいだの距離を調べる

次に同じように各作品ごとの項目の相違を、二つの作品の相違として数えて表にまとめた。

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例えば「ほしのこえ」と「雲の向こう、約束の場所A」であれば、内容が違う項目が9つある。

Aは全作品共通なので、項目は実質12個だ。

他作品との相違を数えてみたものが「合計」だ。

 

「ほしのこえ」が50で最も低く、「天気の子B」が61で最も高い。

各作品のあいだで項目の差が最も少ないのが、「ほしのこえ」と「秒速5センチメートル」の「5」及び「言の葉の庭」と「君の名は。」の「5」だ。

 

前に「ほしのこえ」と「秒速5センチメートル」は、同じ話の別ルートではないかと書いたことがあるが、こういう風に考えていくとやっぱりそうなのかもしれないと思える。

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表を見て面白いと思ったこと

この表を見て、いくつか自分が興味を惹かれた点をあげる。

①全8ルートの中で最も現実的な「雲の向こう、約束の場所B(拓也)」が、「ほしのこえ」の次に原型に近い。

「十代の男が持つような女性像への青臭い憧れと陶酔が主要素」という見られ方もされるが、新海作品の中で原型に二番めに近いのは意外にも、

 

「同級生の女の子への憧れを払しょくし、社会の中で堅実に仕事をし、初恋は初恋として自分の身近な女性に目を向け現実で生きていく。現実を受け入れられない自分自身を「今さらのこのこやってきて、何かと思えば夢の話か」と叱咤して殴り飛ばす」

 

拓也ルートだった。

「雲B」は、他の作品ともつかず離れず程よい距離を保っている。

「雲B」の現実的な生き方の反転として多くの作品ができている反面、反発しつつもその現実的な発想も土台に埋め込まれてもいる。

他の作品の内部に、内的批判の視点、リアリティを付与する重しとして存在していると考えられる。

 

②8ルートの中で、唯一主人公が元々大人である「天気B」は、他の作品とは距離があり、現実的な「雲B」とは「雲A」に次いで距離が近い。

「天気A」は、現実(=「雲B」)を受け入れるか悩み、結局は「女」を失った「雲A」の変奏では(「女」と再度親密になるルートでは)と書いた。

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 「天気A」では「雲A」とは違いBに反抗し、BもAを殴り飛ばさず支持したという違いがある。その結果、『女』を失わず、世界を変えることができた(「天気B」)

 

③一番新海作品らしさが出ていると思っていた「言の葉」が、自分の中では一番新海作品の良さが出ていないと思っている「君の名は。」に最も近い、ということに驚いた。

「言の葉」が原型や他作品と距離が近い(距離52)のに比べて、「君の名は。」は他の作品とは「天気B」の次に距離がある。(距離57)

同じ材料から「従来の方法で形作った」「今までやったことがない方向性に発展した」二パターンからできた二つの作品、と考えることができる。

 

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表から出た各作品同士の距離をイメージにすると、自分の中ではこんな風になる。

例えば「雲B」は「天気A」「天気B」とも距離が等しい(距離7)が、「雲A」は、「天気A」とは距離8であり、「天気B」とは距離6である。

 

「雲の向こう、約束の場所」は作品内でAとBのルートを対比しているだけではなく、「天気の子」との距離を見ると、「天気AB」両方と等間隔である「雲B」と「天気AB」とそれぞれ違う間隔を持つ「雲A」、つまり「天気の子」との距離においても反転する要素を持つ。

そういう反転、変換の法則性による「つながり」のようなものが、色々な作品のあいだに見える。

 

まとめ

「新海作品はコアが単純で似たようなことばかりをやっている」ということが言いたいのではない。

「一見そういう風に見えるのに、なぜ違うすごさや面白さを持つのか」ということを考える材料になるのではと思ったのだ。

各作品については好き嫌いはあるが、例えば「言の葉の庭」のように「あらすじだけを聞くと大して興味を持てなさそうなありきたりな話なのに、なぜこんなに「すごい」と思うのか」ということを考えるとっかかりが欲しかった。

「言の葉の庭」は好きではないが(正確に言うと好きになりそうもないのに)、新海作品を見たことがない人に尋ねられたら一番にすすめるのは「言の葉の庭」だ。

自分が好きではないのに一番すごいと思う、新海作品らしさが一番出ている、というのがおススメする理由だがその「すごさ」「らしさ」とは何なのか。

表を作って「言の葉の庭」は原型に意外と近い、ということに驚く気持ちと、「やっぱりそうか」という相反する気持ちがわいてくる。

 

新海作品は一見「似たような作品ばかり」に見えて、各作品が変奏や反転や対比などで密接に結びついていて、作品すべてがつながりのある独自の世界をつくっている。その「同じようでいて、少しずつ変化しながら反復すること」自体に意味があるように見える。その作品内だけでは見えない、作品ごとの差異の中にしか見いだせないものもある。

それこそ「神話論理」の中で描かれているという、一見各地域で独自に生まれ何の関係もなく別々に発展したように見え、影響し合いつながっている神話群のようだ。ひとつの神話だけではよくわからない、他の地域の神話との差異によってはじめて浮かびあがる模様がある。 

「神話分析の目的は、人間がいかに思考するかを示すことではないし、そうではありえない。(略)

私がここに示したいと思うのは、人間が神話のなかでいかに思考するかではなく、神話が人間のなかで、人間に知られることなく、いかに思考するかである。」(『生のものと火にかけたもの』「序曲」)。

 (引用元:「レヴィ=ストロース入門」 小田亮 ちくま新書 P205‐206/太字は引用者)

 

元の本を読んで理解しないと正確なことはわからないが、この言葉にすごく惹かれた。

自分も物語は(特に優れたものは)、話それ自体が、作者を始め(作風や作家性とはまったく別の話)人間の手から離れた自律システム(*システムと構造は違うらしいが)を持っているのではないかと考えている。

 

新海作品は各作品が独立しているように見えながら、反転して変奏して反復することによって、一個の広大な世界観を自律的に形成し広げていっているように見える。

このまま一個の生命体のように「大地に丸く」広がり続けて欲しい。

 

各作品項目リスト

A:始まり(全共通:男と女が出会うもしくは出会っている)

 

B:もう一人の自分の有無

「ほし」:なし

「雲A」:もう一人の自分は同級生であり初めから一緒にいる。(拓也)(1)

「雲B」:もう一人の自分は同級生であり初めから一緒にいる。(浩紀)(1)

「秒速」:なし

「言の葉」:なし

「君の名は。」:なし

「天気A」:成長したもう一人の自分に会う。(圭介)(1)

「天気B」:過去のもう一人の自分に会う。(帆高)(1)(2)

(1)「自分そのもの」ではなく、「もうひとつの自分の可能性」くらいの意。「雲」と「天気」は、一人の人間の二つの可能性を含む話と解釈している。

 

C:男と女の関係

「ほし」:同級生

「雲A」:同級生

「雲B」:同級生

「秒速」:同級生

「言の葉」:女のほうが年上。

「君の名は。」:同級生に見えて、女のほうが年上。

「天気A」:女が年上に見えて年下。

「天気B」:女は年下。(2)

(2)圭介にとっての「女」は明日花であり、死後は萌花に引き継がれる。明日花は死んだ瞬間から時が止まっているため、圭介にとってはずっと年下になる。

 

D:女の行動

「ほし」:女が外部的な事情によって、強制的に男から離れる。

「雲A」:女が外部的な事情によって、強制的に男から離れる。

「雲B」:女が外部的な事情によって、強制的に男から離れる。

「秒速」:女が外部的な事情によって、強制的に男から離れる。

「言の葉」:男と女は外部的な事情により、元々つながっている。

「君の名は。」:二人は外部的な事情により、元々離れている。

「天気A」:女が外部的な事情により、強制的に男から離れる。

「天気B」:女が外部的な事情により、強制的に男から離れる。

 

E:女の所在

「ほし」:女は非現実世界(宇宙)に強制的に行かされる。

「雲A」:女は非現実世界(夢)に強制的に行かされる。

「雲B」:女は非現実世界(夢)に強制的に行かされる。

「秒速」:女は現実世界にいる。

「言の葉」:女は非現実世界(現実逃避)に強制的に行かされる。

「君の名は。」:女は現実世界にいる。

「天気A」:女は非現実世界(空)に強制的に行かされる。

「天気B」:女は現実世界(祖母)に強制的に行かされる。(3)

(3)「天気B」における「女」は、萌花に引き継がれる。現実を受け入れられない圭介と対比して、祖母が「現実世界」となる。

 

F:男の所在

「ほし」:男は現実世界にいる

「雲A」:男は非現実世界(現実逃避)に自発的に行く。(4)

「雲B」:男は現実世界にいる

「秒速」:男は非現実世界(秒速の世界)に強制的に行かされる。

「言の葉」:男は現実世界にいる。

「君の名は。」:男は現実世界にいる。

「天気A」:男は非現実世界(現実逃避)に強制的に行かされる。(4)

「天気B」:男は非現実世界(現実逃避)に自発的に行く。(4)

(4)帆高はEのユキノと同じく、外部からの圧力が作内で示唆されているため「強制的」と判断した。

 

G:別の女の有無と対応

「ほし」:なし

「雲A」:別の女(理佳)と疎遠になる。

「雲B」:別の女(真希)と親しくなる。

「秒速」:別の女(香苗、理沙)と親しくなる。

「言の葉」:別の女(相沢先輩)と疎遠になる。(5)(6)

「君の名は。」:別の女(奥寺先輩)と疎遠になる。

「天気A」:なし(7)

「天気B」:別の女(夏美)と親しくなる。(5)

(5)「別の女との関係」は心の穴埋めのようなものを想定。恋愛感情以外もありうる。

(6)相沢先輩の場合はそもそも親しくないので、「疎遠になる」はおかしいが、わかりやすいように項目内で語を統一している。

(7)帆高にとって夏美は「別の女」になりえていないためなし。

 

H:男と女のつながりの条件

「ほし」:メールでのみ可能

「雲A」:夢でのみ可能

「雲B」:接触なし

「秒速」:手紙でのみ可能

「言の葉」:雨の日のみ可能

「君の名は。」:筆談のみ可能

「天気A」:接触なし(8)

「天気B」:晴れの日のみ可能

(8)二人が離れてからの接触はなし。

 

I:つながりの結果

「ほし」:男と女は疎遠になる。

「雲A」:男と女は親密になる。

「雲B」:男と女は疎遠になる。

「秒速」:男と女は疎遠になる。

「言の葉」:男と女は疎遠になる。

「君の名は。」:男と女は疎遠になる。

「天気A」:男と女は疎遠になる。

「天気B」:男と女は親密になる。

 

J:男と自己及び他者との関係

「ほし」:なし

「雲A」:自分(拓也)ともめる。

「雲B」:自分(浩紀)ともめる。

「秒速」:他の女(理沙)ともめる。

「言の葉」:他の女(相沢先輩)ともめる。

「君の名は。」:他の女(奥寺先輩)ともめない。

「天気A」:自分(圭介)ともめる。

「天気B」:自分(帆高)ともめる。

 

K:男と女の関係の決着

「ほし」:男と女が出会う。

「雲A」:男が女に会いに行く。

「雲B」:男と女は出会わない。

「秒速」:男と女は出会わない。(9)

「言の葉」:男が女に会いに行く。

「君の名は。」:男が女に会いに行く。

「天気A」:男が女に会いに行く。

「天気B」:男と女が出会わない。(10)

(9)お互いを認識したことを確認していないため、「出会っていない」

(10)圭介は「犯罪者になり萌花に会えなくなる恐れ」よりも「帆高の望み」を取ったことを項目内で言葉を統一するため、「出会わない」と表記。

 

L:男と女の結末のその後の関係

「ほし」:男と女が再度親密になる。

「雲A」:男と女が疎遠になる。

「雲B」:男と女が疎遠になる。

「秒速」:男と女が疎遠になる。

「言の葉」:男と女が再度親密になる。

「君の名は。」:男と女が再度親密になる。

「天気A」:男と女が再度親密になる。

「天気B」:男と女が再度親密になる。

 

M:男を取り巻く世界の変化

「ほし」:世界は不変

「雲A」:世界は変化する

「雲B」:世界は変化する

「秒速」:世界は不変

「言の葉」:世界は不変

「君の名は。」:世界は変化する

「天気A」:世界は不変

「天気B」:世界は変化する(11)

(11)圭介の社会的立場の変化。 

新海 誠Walker ウォーカームック

新海 誠Walker ウォーカームック

 

 

物語が含む自律システムについては、この本が面白かった。

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