うさるの厨二病な読書日記

厨二の着ぐるみが、本や漫画、ゲーム、ドラマなどについて好き勝手に語るブログ。

【「炎立つ」キャラ語り】世界が強いる「物分かりいい症候群」と戦う流麗がカッコいい。

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前九年の役、後三年の役、奥州藤原氏の隆盛と滅亡がわかりやすく描かれている。

大河ドラマでも屈指の名作と名高い、「炎立つ」の小説版を読んでいる。

炎立つ 壱 北の埋み火 (講談社文庫)

炎立つ 壱 北の埋み火 (講談社文庫)

  • 作者:高橋 克彦
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1995/09/06
  • メディア: 文庫
 

平安時代に東北で起きた前九年の役と後三年の役、奥州藤原氏の成立と滅亡のドラマが描かれている。

 

同じ苗字似たような名前の人間ばかりが出てくるので人物と背景を把握するまでがひと苦労……と思いきや、まったくそんなことはなかった。

人物像がしっかりとしていて、情景描写もうまい。ストーリーもしっかりと構築されているので、読み始めてすぐに本の世界に没頭できる。

善悪がはっきりしているが、勧善懲悪というわけではない。善玉も悪玉も朝廷の意向や内部の力関係に悩まされたり翻弄されたりする。

自分たちにはどうにもできない大きな思惑や歴史の中で精いっぱい生きる、この時代の人間たちの生きざまが描かれている。

 

一巻から三巻までで、奥州で一大勢力を築いていた阿倍氏が陸奥守である源頼義によって滅ぼされる前九年の役が終わる。

このあとの後三年の役で源氏と奥州藤原氏のつながりができたから、義経が平泉に逃げてくるのか、と話がつながる。

同じ大河ドラマ「平清盛」で出てきた小日向文世演じる為義が義家の孫で、玉木宏が演じていた義朝が義家の曾孫だ。

つなげていくと歴史の流れがイメージしやすい。

四巻で経清の息子藤原清衡が後三年の役の末に奥州藤原氏を成立させ、五巻の泰衡の代で頼朝により滅亡する様子が描かれる。

 

 「炎立つ」全体の感想は全巻読み終わってから改めて書くつもりだ。

今回は、第一部の主人公経清の盟友であり、阿倍氏最後の当主・貞任と妻・流麗の関係について語りたい。

この時代なので一族の滅亡や流麗の裏切りなどが絡んでいるが、突き詰めれば現代でもよくある夫婦の(というよりカップルの)ディスコミュニケーションの話だ。

 

阿倍氏滅亡間際の貞任の告白に、突っ込みがとまらない。

三巻で流麗が死ぬ間際に、貞任が「俺は元々お前が好きだった」みたいなことを言い出して唖然とした。

いやいや一巻の時点では結有のことが好きだったよな?

 

結有への気持ちが「ちょっといいな」程度なら「それとこれとは別」というのもわかる。

せっかく縁があって一緒になったのだから、結有への思いは思いとして、政略結婚した流麗もその縁も含めて好きだった。あちらが好きだからと言ってこちらが好きではない、というわけではないというのは理解できる。

でも貞任は、「経清に結有を奪われるのは地獄」とか言っていなかったか?

記憶違いか? と思って読み直した。

一巻P268に書いてある。

P195では「それでも、俺が惚れていれば、素知らぬふりをして心を尽くすかもしれぬが」と、「流麗には惚れてないよ」と言っている。

一巻から十何年経って気持ちが変わったのかもしれないが、その変遷が描かれていないので、流麗に(というより読み手も登場人物も含めた貞任以外全員に)まったく伝っていない。

なぜ伝わっていないのかというと、このシーンで貞任が口にした

「俺にも誇りというものがある」

これが原因だ。

この「誇り」(という名の自己防衛ライン)が、後々まで物事をややこしくする。

「お前が自己防衛でがちがちになっていたら、流麗が心を開けなくて当たり前だろう(意訳)」

とこのシーンで結有が言っている。後に経清も指摘している。

男女関係にさほど関心がなさそうで貞任と男同士の絆で結ばれている経清でさえ、流麗の心境を思いやってそれとなく言っているのだ。

貞任と流麗の息子の千世童丸も「弓で勝ったら、(流麗のいる)館に来てください」と健気なことを言う。

流麗の父親の金為行も流麗と貞任のあいだを心配している。(そういう素地があるので、瑞乃の千世童丸の行く末を心配する気持ちや貞任への不信に共鳴した)

それくらい流麗の置かれた立場は苦しく、貞任がもう少しどうにかしてやるべきだろうということは周りから見ると一目瞭然、ということが再三再四書かれている。

 

流麗の行動の背景には、この時代の女性の辛さがある。

現代ならばDVや虐待など法に触れるようなことがない限り夫婦は相互作用で成り立つ関係であり、どちらが悪いとジャッジするのではなく、お互いに関係の方向性を考えたほうがいい(別れという選択肢も含めて)と思うが、この時代の女性は自由も権利もない。

流麗は阿倍氏の中で貞任の妻として生きていくしかない。

流麗から関係改善のためにできることはほぼない。貞任に会いに行くために、移動することもできないのだ。

 

加えて、流麗と(瑞乃と)の関係を指摘された貞任が「戦をしていたほうが気楽」と答えたように、男は戦や政治など人生の拠り所がある。

しかし女には夫と子供しかいない。

流麗や瑞乃が「千代童丸のためには戦が続いてもらうしかない」と思った背景には、(そして為行が女性たちの過剰に見える不安に乗ったのは)こういう事情がある。

貞任が流麗と向き合わなかったことが、流麗の裏切りの遠因にある。

貞任が少しでも流麗に向き合おうとしていれば、経清が陸奥守に任命されても千世童丸の未来を不安に思うことはなかっただろう。「千世童丸が清丸の下につくなんて耐えられない」と思う瑞乃を、逆になだめていたかもしれない。

 

これまでの経緯を脳内変換する貞任

確かにどんな背景があっても、流麗の裏切りは許されない。阿倍氏の当主として貞任が許せないのもわかる。

流麗と最後に会話するシーンの貞任の言い分が、「阿倍の当主として兵や民や一族のことを思えば、お前のしたことは許せない。しかし、自分個人としてはお前のことを思いやれず申し訳なかった」という流れからの、流麗の自決なら納得がいく。

その前の経清どのは素晴らしい連呼からの「女には経清どのの大きさはわからぬ」も、(「そういうとこだよ」と言ってやりたいが)元々そういう話だし、と何とか聞き流せる。

 

だが「俺はお前のことが好きだったのに、お前がその気持ちを受け取らないからこうなった(意訳)」と貞任が言い出したのには驚いた。

はい??? 

自分が何か読み落としたか?と思ったくらいだ。

これまでの経緯を変換しすぎだろ。 

貞任が「他の男のことが好きならいいよ、俺だって好きじゃねーし」っていう子どもにも気を使われるようなわけのわからん意地を十何年も張り続けたせいで、こんなに「裏切る裏切らない、死ぬ死なない」まで話がこじれたんだろう。

拒絶されることにビビっていただけじゃないかってみんな知っている、というより言っている。

 

阿倍氏を裏切ったのは流麗が悪い。阿倍の一族や民や兵が流麗を恨んだり責めたりするのは当然だ。

でも、それは貞任が言えることではない。

そもそも貞任が自分の感情は抑えて(これも逆恨みにしか見えない)清原氏を取り込んでおけば清原氏に裏切られなかったし、瑞乃と対決するのが嫌で(阿倍氏の結束云々とか言っていたが、本当の理由はこちらだと思う)焦って兵を犠牲にした。

平時から瑞乃が苦手で逃げ回っていたから、瑞乃が千代童丸の将来を不安に思ったんじゃないか?

流麗の裏切りにつけこんで、戦の原因から結果まですべて流麗のせいにする貞任の言いぐさには飽きれてしまう。

「『女には経清どのの大きさはわからぬ』かもしれないが、お前の小ささはよくわかる」と流麗に言って欲しかった。

 

「炎立つ」の世界の理に、全力で立ち向かう流麗

流麗や瑞乃の裏切りの根源にある権力争いや戦は、朝廷や武士が自分たちの都合しか考えず好き勝手に起こしているものだ。

世界の原理をやルールを貴族や武士が決めて、それにのっとって女を道具としてしか見ない時代に、その理屈や美学を押しつけて「裏切りやがって」と言っても鼻で笑われても仕方がない。

「母上さまには罪がありませぬ」

「私とて生きておりまする」

「女だとて生きておりまする」 

武士(男)の理屈が支配する「炎立つ」の世界で、そしてある程度その世界観を是として読む読者の視点にさらされながら、この時代この世界の言葉や考え方しか与えられていない流麗が、それでも自分を道具としてしか見ない世界観に抗い、男たちの理屈が支配する世界に毅然として異を唱えるこの言葉は痛烈だ。

「お前ら好き勝手に権力闘争して、つねきよどのはりっぱだ、しんのぶしだ、なぜおれのこころがわからぬとか寝言もいい加減にしろ。その論理や倫理に酔っぱらうのは勝手だが、それに従うとは思うなよ」

現代に生きていればこういう風に言えるが、この時代に生きる流麗にとって、自分の思いを伝える言葉は「私とて生きておりまする」という拙い叫びしかない。

だからこそこの世界で、「裏切者」として生きながらなお声をあげる流麗の姿が胸を打つ。

 

ディアナに嫉妬しすべてを裏切った、「月に繭、地には果実」のキエルを思い出した。

「月の女王」として成長できず、自分と同じ顔の女王に嫉妬し、狂乱して醜い裏切りに走った小説版のキエルは、物語の始めから終わりまで自分自身だった。

「家のために一族のために尽くせ、道具として生きよ」というこの時代の論理に逆らい、浅はかで醜く自己中心的な裏切り者になった流麗は、最後まで道具ではなく自分自身だった。

自分を翻弄する世界に、最後まで抵抗した。

朝廷という巨大な権力と、自分たちの土地と尊厳を守るために戦った貞任や経清と何も変わりがない。

 

「炎立つ」は「コマとして生きることを強いられる女性」の生きざまも描いている。

「炎立つ」はそういう構図が物語全体で共有されていて、流麗のことを一方的に裏切者として断罪したりしない。

周りの人間が貞任の非を指摘したり、この時代の倫理に従って激高する貞任に、流麗がたじろがず反論している。

この時代の状況では「女は政治のコマ」だったが、物語としては「コマだった女性」が迷いながら生きた姿が描かれている。

女性たちがコマではなく一人の人間として描かれているから、男の登場人物と同じように、醜く浅ましく潔く美しい。

こういうところも名作と言われるところなんだろうな。

 

四巻、五巻も楽しみだ。 

炎立つ 四 冥き稲妻 (講談社文庫)

炎立つ 四 冥き稲妻 (講談社文庫)

  • 作者:高橋 克彦
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1995/10/04
  • メディア: 文庫
 

 

(余談)

流麗との関係ではなんだかなという貞任だが、こういう繊細さ(穏当な表現)こそ貞任の人物像の魅力だった。

欠点が描かれていない経清よりも、「流麗や瑞乃と向き合うほうが戦よりもよっぽど怖い」と言って逃げ回る貞任や、自分の異能の気づかず(経清談)中間管理職的苦労を強いられ黒さが徐々ににじみ出てくる頼義のほうが、面白いキャラに思えた。

 

 

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