どこまでやるんだという感じだが、せっかくなのでとことん考えてまとめてみた。
感想その1。
感想その2。
ミステリー風に考えると「犯人は誰か?」(「魔」はどこにあったのか?)の解釈によって、この話は見方が変わる。
感想その1が(1)「勲犯人説」
その2が(2)「人ではなく状況によって魔が発動した説(事故説に近い)」
をとっている。
創元社版の紹介文だと「少年たちの山岳行の背後に張り巡らされた悪意と罠」になっているので、(3)「達彦・河合犯人説」になる。
この話は謎が謎のまま、というより謎なのかもわからないまま話が進み、解明されないまま終わる。
自分が「謎」と感じた部分は
①裕矢が剣道大会で見た「達彦の姿をした見知らぬ誰か」は誰だったのか?
②「事故を防ぐため」「他の登山者とのトラブルを防ぐため」に青年組が少年たちを見張っているはずなのに、なぜ裕矢たちは他の登山者たちとトラブルになり遭難したのか?(神籤以外は、達彦や河合が作為を働かせている描写はない)
③勲の母は、なぜ達彦に「勲をよろしくお願いします」と言ったのか?
④達彦が感じた「勲の危機」とは何だったのか?
⑤松尾の出生の秘密と勲との関係。
⑥松尾は山鳩を殺したのか?
⑦松尾の勲への呼び名が「片桐さん」から「勲さん」に変わったのは何故か?
⑧なぜ最後に勲は死んだのか?
⑨裕矢が「見られている」と感じた視線は誰のものか?
⑩六番の社で、⑨の視線が勲のものと認識されたのはなぜか?
(1)(2)(3)どの説をとっても、①から⑩まですっきりと説明がつかない。
それぞれの説を「事実」と仮定して、謎について一番妥当だと思われる解釈していくと
(1)「勲犯人説」
①勲への執着に囚われた達彦
②偶然
③母親は勲の「魔」を見抜いて心配していた。
④勲が「魔」に取り込まれ、周囲の人間を「魔」に引き込むこと
⑤関わりなし(どんな関係だろうが意味をなさない)
⑥殺していない
⑦不明
⑧自分の「魔」と向き合うことを恐れた
⑨勲の中に存在した「魔」の視線。
⑩勲の視線だから。
(2)「状況が魔を発動した説」
①裕矢がいる世界に存在する魔
②裕矢たちと達彦たちは別世界に存在するため、干渉できない。
③母親は勲がこれから「魔」に出会うことを知っていた。
④勲が「魔」に取り込まれること
⑤関わりなし(どんな関係だろうが意味をなさない)
⑥「魔」に取り込まれた「黒鳥・松尾」が「元の松尾」を殺したことの示唆
⑦黒鳥と元の松尾の違いを表している
⑧「魔」によって黒く染められたため、「魔」ごと自殺することを選んだ。
⑨山に存在する「魔」→「魔」に飲み込まれた勲の視線
⑩勲の視線だから。
(3)「達彦・河合犯人説」
①達彦の中の勲への執着
②達彦・河合がわざと見逃していた?(しかしそういう描写はない)
③不明
④不明
⑤関わりなし(どんな関係だろうが意味をなさない)
⑥殺していない
⑦不明
⑧河合によって黒く染められたため?
⑨達彦・河合の中に存在する「魔」の視線。
⑩不明
普通の話だと(3)が真実で説明がつくことが多いが、「滝」の一番の面白さは一般的な解である(3)がとられていない点にある。
最後に自分の負けを認め「裕矢を懐かしく思う」ところを見ても、達彦は「魔」というこの話の中心点の蚊帳の外におかれている。むしろ「魔」を「魔」として認知していない(勲の内面の問題と勘違いしている)にも関わらず、その存在を「危機」としてかぎ取って勲を救おうとしていたと考えられる。
達彦が「魔とは何の関係のない人物」と考えると、「裕矢が剣道大会のときに、達彦だと思っていた人物は誰だったのか?」「松尾の存在は何を意味するのか?」がまったくわからない。
そう考えると(2)「状況が魔を発動した説」が、今のところ一番説明がつくが、それでも松尾の出生周りの話がどう関わってくるのかがわからない。
そこで今度は松尾を中心にした(4)「松尾犯人説」で物語を考えてみる。
松尾は勲の片親違いの兄弟と噂されており、勲に顔立ちが似ている。
白黒の配分で考えたとき、勲が持つ白(神)の要素(白髪、白い肌)が抜け落ち、青(人)の要素しか持たない。
松尾はどこか勲と面差しの似たところがある。(略)
並んで立てば兄弟であると言われても不思議がない顔立ちでありながら、薄い皮膚に浮き出た青い静脈、頼りなく細い腰、華奢な身体つきのなかでそれだけが異様に大きい手などの印象が、勤とは正反対の、日陰にあって蕾のまま腐食する病気の花の退廃を生んでいた。
(引用元:「滝」奥泉光 P176 創元社/太字は引用者)
松尾はこの箇所以外も、勲に似ているということを言及されつつ、勲が持つ神の気「白」は持たない。
松尾が持つのは青(人)だけであり、黒鳥になったあとは黒須に殴られ「青黒く腫れあがった顔」のように黒が加わるのみだ。
勲は「天空を駆ける未知の獣の鬣のように陽光に輝いている」白い髪の母親と、「数々の黒い噂を身辺に纏いつかせ」る父親とのあいだに生まれている。
勲という人間が、白(神)と黒(魔)のせめぎあう場なのだ。
しかし勲と片親違いの兄弟のはずの松尾は、母親から白も父親から黒も受け継いでいない。代わりに受け継いだのは「病気」だ。
神の気でもない魔の気でもない、勲に神の気を受け継がせたことで狂った母親から「病んだ気」を受け継いで、松尾は「人(青)」として生まれた。
松尾は誰よりも勲を見詰め、勲だけをずっと見続けていたのではなかったか。松尾の忍耐はすべて勲のためではなかったか。
(引用元:「滝」奥泉光 P256-257 創元社)
と裕矢が気付いたように、松尾(人)は勲(神)だけをひたすら見続けていた。
達彦が感じた「勲の危機」は、松尾との交流を通して、勲の中の神と魔のバランスが崩れ魔のほうへ傾くことだったのではと思う。
しかし達彦はその魔を「人である勲」の内部にあるものと勘違いし、松尾が勲にとっての魔の通り道になってしまうことをむしろ後押ししてしまう。
そう考えると、松尾に向けられた元々は勲に対してのものである達彦の欲望が(達彦自身は勲を救おうと考えていたとはいえ)すべての根源ということになる。
以上を踏まえて、「松尾犯人」説で謎を見ていく。
(4)「松尾犯人」説
①勲への執着に囚われた達彦を代表とする「人(青)」
②偶然
③松尾の存在を危惧していた
④松尾に代表される人(青)が勲を魔へ引きずり込むこと
⑤異父兄弟。勲の母親が狂気に陥ったあと生んだのが松尾。
⑥「魔」に取り込まれた「黒鳥・松尾」が「元の松尾」を殺したことの示唆
⑦人(青)から魔(黒鳥)になったため、勲に対する執着があらわになった。
⑧「魔」によって黒く染められたため、「魔」ごと自殺することを選んだ。
⑨山に存在する「魔」→黒鳥となった松尾の視線。
⑩松尾は勲と似ているので、イメージが重なった?
②⑨⑩以外は比較的すっきり説明がつく。少なくとも他の説よりはずっとすっきりする。
ただ(4)のみだと、②が説明がつかないのと、最初のころの松尾の印象とそぐわない。(最初から勲を魔に引きずり込むような暗い執着を持っていたとは思えない)。また⑩も若干苦しい。
(2)「状況が魔を発動した」ために(4)「人(青)だった松尾が魔(黒鳥)になった」というのが、今のところ一番しっくりくる考え方だ。
最初読んだとき、不可解な感じがし、しかし何がそんなに不可解なのかすらわからず、何度も読み直した。「白と黒の色がキーワードになっているのでは」と思いついて、作中のすべての「白と黒」を書き出して考えてみた。
100ページ強の長さしかないのに、何度も足を踏み入れたくなる不可解で不気味な吸引力。
この小説自体が、作中で少年たちが引きずり込まれた「神と魔と人がせめぎあう磁場」のようだ。
その磁場の中で翻弄されるのは、ほんと楽しかった。