うさるの厨二病な読書日記

厨二の着ぐるみが、本や漫画、ゲーム、ドラマなどについて好き勝手に語るブログ。

【「鬼滅の刃」キャラ語り】「伊黒小芭内はなぜ甘露寺蜜璃に靴下を贈ったのか?」という疑問から、二人の関係について考えた。

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*ネタバレ注意。

 

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(引用元:「鬼滅の刃」14巻 吾峠呼世晴 集英社)

 

「なぜ、伊黒は蜜璃に靴下を贈ったのか?」がすごく気になる。

「伊黒がなぜ蜜璃に靴下を贈ったのか?」は、自分の中で大きな謎のひとつだ。(真顔)

公式ファンブックには「蜜璃が隊服を恥ずかしがってもじもじしていたからプレゼントした」と書かれているけれど、余計に謎が深まる。「『恥ずかしがっているのに気づいた』ことを相手に気づかせる」のは恋愛において(特に男⇒女の片思いにおいて)けっこうな博打だと思う。

ただでさえ身につける物を男⇒女性にプレゼントするのはハードルが高い。靴下は危険ではないだろうか? 普通のソックスやタイツならまだしもニーハイだし。

22巻の「大正コソコソ話」で書かれた「自分が生まれてから見た何よりも美しいと感じた」という伊黒の心境を見ると「絶対に失敗できないくらい好き」だと思うけれど、それで靴下を贈ってしまうのがよくわからない。危険すぎないか。そうでもないのか?(二回目)

「縞々って、伊黒さんの羽織とおそろい?」と思われたらどうしようとかは考えないか?(自分だったら絶対に考える)色もストライプの幅も違うからセーフ、とかそんな感じなのだろうか?

 

「なぜ伊黒は蜜璃に靴下を贈ったのか?」という疑問から、二人の関係について妄想考察してみた。

とりあえず手元にある情報だけで考えたが、23巻を含め別の情報を見たら考え直すかもしれない。

 

*解釈違いは気にしない、という心の広いかただけお読みください。

 

蜜璃は最期まで伊黒を特別視していない

初登場の6巻の時点で、蜜璃は伊黒、富岡、しのぶ、不死川、無一郎に同じようにキュンとしている。

恐らく伊黒×蜜璃の設定がこの時点ではなかったからだと思うけれど、後に公式となった展開や設定からストーリー内だけのことを考えると、この時点では蜜璃は伊黒に特別な興味はなかったように見える。

13巻で炭治郎に鬼殺隊に入った理由を答える様子を見ても、特定の誰かを想定している感じはない。自分の中の「添い遂げる殿方」で心がいっぱいで、「恋に恋している」状態だ。

また132話の「柱訓練」の様子を見ても、蜜璃は炭治郎と手をつなぎ、紅茶とパンケーキを食べると言っている。一緒に食事をすることが、蜜璃の中ではそこまで「特別」なことではないことがうかがえる。

 

それにしても甘露寺さんは本当に可愛い。

最初に蜜璃のイラストだけを見たときは、妖艶系かなと思っていた。まさかこんな天使のような可愛く優しい天真爛漫なキャラだったなんて。そのギャップにグッときて、知れば知るほど好きになる。可愛いところも強いところも優しいところ健気なところもいたずらに人を傷つける奴にはキュンとしないところも、飯をおいしそうにたくさん食うところも走馬灯のエピソードもぜんぶいい。作るパンケーキもめっちゃおいしそう。好き。

 

本題に戻る。

このあと22巻の時点でも「伊黒さん、死なないで。もう誰にも死んで欲しくないよお」と言っている。伊黒個人に死んで欲しくないというより「誰にも死んで欲しくないから、伊黒にも死んで欲しくない」と聞こえる。

この時点でも蜜璃の中で伊黒は、「誰にも死んで欲しくない」の「誰」の中に含まれる存在だ。

 

このときの伊黒の独白を聞くと、伊黒は蜜璃に明確に気持ちを伝えていない。

「キメツ学園物語」の蜜璃の設定を見ると、「異性にモテモテだが本人は気づいておらず、彼氏が欲しいと思っている」となっている。この設定を本編にそのまま当てはめると、蜜璃は伊黒の好意に気づいていなかったのではと思う。

「伊黒さん、ネチネチしているけれどたまに優しくて素敵。きゅん」くらいの認識で最後まできているのでは、と考えている。

蜜璃は死ぬ直前に突然、「きゅんとくる(周りのほとんどの)人の一人」から「伊黒さんと食べるご飯が一番美味しいこと」に気づいたのだ。

蜜璃は誰にでも優しいのでさほど不自然には見えないが、蜜璃→伊黒の感情だけを厳密に追っていくと、驚くほど急激に何の前触れもなく蜜璃の感情が変化している。

 

伊黒の蜜璃に対する言動は、相思相愛の身内に対するものに見える

それなのになぜ二人は「前から何となく相思相愛だったのでは」と見えてしまうかというと、伊黒の言動が「蜜璃と伊黒は来世を約束している相思相愛の関係である」ということを前提にしているからだ。

これはよくギャグとして描かれがちな「伊黒が蜜璃との関係を一方的に勘違いしている」ではない。

なぜ勘違いでないとわかるかというと、最期の二人の会話が「自分たちはずっと相思相愛だった」ことを前提にしている会話だからだ。

結末から判断すると、「二人は前からずっと相思相愛だった」という伊黒の態度は正しい。

しかし蜜璃が「伊黒さんと食べるご飯が一番美味しい」と気づいたのは最後の最後だ、というのもそう見える。

 

伊黒と蜜璃の関係は大まかに見ると「そんなものか」と思えるが、細かく見ていくとどこかちぐはぐだ。

自分が引っかかった「自分に特別な好意を持っているようには見えない女性にニーハイを贈る」という危険な行動も、ちぐはぐさのひとつだ。 

 

伊黒の蜜璃への態度は、一言で言うと「身内感」が強い。

「好きな女性に対する態度」よりは、既に付き合っていたり結婚を約束している相手、もしくは自分の庇護下にいる家族に対する態度に近い。

一番それが出ているのは、蜜璃があまねに痣が発現したときのことを教えて欲しいと言われたシーンだ。

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(引用元:「鬼滅の刃」15巻 吾峠呼世晴 集英社)

「自分の身内が場違いなことをしてしまい、しかもそれを本人が気にして恥ずかしがる性格なことを知っているから、本人以上に落ち込む」感じが一コマで表されている。すごい。

 

伊黒は蜜璃を大切な身内と考えているような言動をしているが、蜜璃は伊黒を仲間の一人としてしか見ていない。

二人が持つお互いの関係性に対する認識は一見矛盾しているが、実は矛盾していない。

この二人は「二人の関係においては、別の世界にいる」のだ。

 

伊黒と蜜璃は、お互いの関係では別の世界にいる

「二人が出会い、文通をしてご飯を一緒に食べに行き、伊黒が蜜璃に『好きだ』と伝えて相思相愛になり、恥ずかしがってもじもじする蜜璃(くはあっ)に伊黒が縞々の靴下を贈った世界」

6巻の時点で蜜璃は縞々の靴下をはいているので、このとき二人は既に相思相愛になっている。

これが二人の関係における正しい世界線で、伊黒はここにいる。

しかし作内の蜜璃はこの世界にいない。

文通をしたり縞々の靴下はもらっているが、そこから生じる伊黒への思いは存在しない世界にいる。だから「添い遂げる殿方」を夢見て色々な人にきゅんとしている。

 

なぜ蜜璃は、「二人の正しい関係の世界」にいないのか。

それは伊黒が「君の傍らにいることすら憚られる」という感情を持っているからだ。

この言葉も言葉だけを見ればおかしい。何故なら伊黒は文通をしたりご飯を食べに行ったり、蜜璃の傍らにいるからだ。

「一緒になることは憚られる」ならわかるが、「傍らにいることすら」という部分が不思議に思える。

伊黒の言葉をそのまま受けとるなら、伊黒は蜜璃の「傍らにいることすら憚っている」のだ。 

それは物理的な意味ではなく、次元的な意味だ。

伊黒の「君の傍らにいることすら憚られる」気持ちが、相思相愛のはずの蜜璃を「伊黒への特別な気持ちが生ぜず存在しない世界」に閉じ込めているのだ。

「伊黒は自分と蜜璃は相思相愛である、という前提の言動をしている→そしてそれは事実である」

「蜜璃は伊黒を特別視していない」

これが矛盾なく作内で成り立っているのはそのためだと思う。

 

伊黒は「特大級の罪悪感キャラ」

伊黒は「まず一度死んでから、汚い血が流れる肉体ごと取り替えなければ」「死んで俺の汚い血が浄化されなければ」何気ない日常で出会ってさえ、自分は蜜璃の傍らにいることすらできない、と考えている。

絵に描いたような罪悪感キャラだ。

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「相手が好きであればあるほど距離を置きたくなる」ところも、恋愛をしているときの「相手が好きだから側にいたい」状態と矛盾しているため葛藤が生じやすくなる。

「罪悪感」は「自分は悪い存在であり、人のためにならない」という感覚だ。

「俺(私)がいると周りが不幸になる」

「自分は人を不幸にしかできない」

「ただ存在しているだけでは相手にとってマイナス。相手に何かしてあげないと(プラスを与えないと)落ち着かない」

「相手に何かしてあげること(自分は相手の役に立っている、という感覚)があることでようやく安心して側にいられる」

「相手が好きであればあるほど距離を置きたくなる」

この辺りの考えがベースにある。

 

伊黒が持つ罪悪感は「自分が側にいることさえ許されない」「好きだということさえ許されない」という稀に見る強烈さだ。

相思相愛の関係になったら、一瞬も蜜璃の側にいられず、可能な限り遠くに逃げ出すか死ぬかどちらかだろう。「蜜璃は真の自分を知らない」「自分は蜜璃を騙している」という感覚に陥り、罪悪感はますます高まる。

だがそこまで苦しんでも、好きだからやはり側にいたいのだ。

伊黒は蜜璃に「好きだ」と伝えない(伝えられない)ことで、正規の二人の関係のルートから蜜璃を切り離し、「蜜璃の中に自分への思いが生じないルート」に閉じ込めたのだ。*1

文通をしようが一緒にご飯を食べようが靴下を贈ろうが、蜜璃の中に伊黒への思いが生じることはない。「蜜璃が自分のことを好きになる可能性のない世界にいる」からこそ、伊黒はかろうじて蜜璃の側にいられる。

ものすごく遠くから、自分への気持ちを思い出さない恋人を見ているのだ。伊黒は恐らく、現世ではそれで十分だと思っている。

 

罪悪感をどう克服するか

「罪悪感」は非常に厄介な感情で、その人の心の中にあるので他人が理屈でどうにかすることはできない。

蜜璃が伊黒の中の血を汚いと思うはずはないし、経緯を聞いても伊黒に同情しますます好きなるだけだろう。

しかし蜜璃が何をいくら言っても、恐らく伊黒の中の罪悪感は消えない。そもそも蜜璃が伊黒への思いを自覚した瞬間に伊黒は逃げ出すので(断言)、話すらできない。

罪悪感が極まると、相手の前に姿を見せることすらできなくなる。

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「罪悪感キャラ」がどう罪悪感を乗り越えるか、というのは罪悪感キャラ恋愛ものにおけるひとつの見どころだ。たいていの場合は罪悪感を持たないほうが「思いの強さ」をぶつけることで、強引に突破することが多い。

恋愛が主題の場合はそうしないと話が動かなくなる(←こういう話をけっこう見る)という事情もある。

 

自分がこの二人のエピソードが好きな点のひとつは、「罪悪感キャラの恋愛の乗り越え方で、こういうやり方もあるのか」という驚きがあったからだ。

蜜璃は伊黒の罪悪感という呪いを構成する要素を、ひとつひとつ外していく。

「女嫌い」を明るく話しかけることでクリアし、「痛々しい女性を見たくない」という痛みを「普通の女の子」であることで救い、毎日毎日持ってこられる食事に対するトラウマを、ご飯を山のようにおいしそうに食べることで消す。

そして「好きとは言えない」という呪いを、自分が「好き」ということで乗り越える。

伊黒は自分にとってトラウマがあるはずの「吐き気を催す大量の食事」を食べている蜜璃を、自分が「すごく優しい目で見ている」ことを蜜璃から教えられる。

極めつけは「もういい加減にしてよ、馬鹿ァ!」と言って無惨の腕を引きちぎったことだ。無惨の腕は、伊黒を「どこにも行けないよう俺の体を掴んで爪を立ててくる、恨みがましい目をした五十人の腐った」の暗喩に見立てられる。

蜜璃が伊黒をどこにも行けないようにつかんでいた、恨みがましい目をした50人の腐った手をすべて引きちぎったのだ。

蜜璃は伊黒を縛りつけているすべての枷を外し罪悪感を粉砕することで、自力で「自分と伊黒が相思相愛の世界」に戻ってきた。

 

伊黒が本来「無惨を殺して死んで自分の血を浄化したあと」でなければ無理だと考えていた蜜璃の気持ちに死ぬ前に応えることができたのは、このためではと思う。

「絶対に君を幸せにする」は、「ダイの大冒険」のヒュンケルがマァムに対して「俺ではお前を幸せにできない」と言っているように、罪悪感キャラは絶対に言えないセリフである。

伊黒は「まず一度死んでから、汚い血が流れる肉体ごと取り替えなければ、君の傍らにいることすら憚れる」というほど強烈な罪悪感から、蜜璃の手によって解放されたのだ。伊黒は本人が述解した通り、まさに理不尽に背負わされた罪悪感の地獄から「普通の女の子」である蜜璃に救われた。

「汚い血が流れる肉体ごと取り替えないまま、現世で蜜璃の傍らにいることができた」ということは、生まれ変わったあとの現代で一緒になった救済措置とは、まったく意味合いが違う。伊黒が抱えていた罪悪感の強烈さ(業の深さ)を考えると、奇跡的なことだ。

 

甘露寺蜜璃はすごい女性だ。伊黒が惚れこむわけである。ついでに自分も惚れこむわけである。

 

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(引用元:「鬼滅の刃」15巻 吾峠呼世晴 集英社)

この絵めっちゃ好き。ほんと美味しそうに食べるよなあ。

 

一番すごいのは、これだけ色々と考えることができ、「こういうこともできるのか」と思える話が、サブキャラのほんのわずかなエピソードに過ぎないところだ。

この話のポテンシャルの大きさを改めて感じた。

 

とりあえず最終回では、現代でも幸せになったようで良かった。

鬼滅の刃 19 (ジャンプコミックスDIGITAL)

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一体なぜ、こんなややこしく複雑で、だからこそ面白い様相になったのかは、恐らく伊黒×蜜璃の恋愛が後付け設定であり、さらに伊黒の背景が追加されたことで恋愛模様が変わったからではないか。

ファンブック「鬼殺隊見聞録」を読むと、この当初の伊黒⇒蜜璃の設定は「可愛すぎて度肝を抜かれたそうです。鏑丸もパニックになって何故か伊黒を噛みました」とギャグ寄りの描写だ。

少なくとも22巻時点の「あまりにも眩しく、自分が生まれてから見た何よりも美しい」とはだいぶニュアンスが違う。

蜜璃⇒元々の設定の世界を生きている。

伊黒⇒後付け設定の世界を生きている。

が世界線のズレの正体ではないか。

このメタ視点での設定の差がストーリー内で機能した姿が「伊黒の罪悪感」であり、「伊黒の罪悪感=設定の差」を乗り越えるための条件が「無惨が死ぬこと」ではないかと考えた。

後付け設定でも面白いものはあるが、不自然になりやすいことも多い、という先入観を覆し、「後付け設定だからこそ」伊黒と蜜璃の間の認識の齟齬が大きくなり、それが無茶苦茶面白い要素になったのではないか、というあくまで妄想推測です。

 

*1:作内で伊黒がそういうことができる、ということではなく、話の構造上そうなっているという推測