ジョンとメアリーは公園にいる。
公園にはアイス屋さんの車も来ていた。
メアリーはアイスを買いたかったが、お金を持ってきていなかった。
アイス屋さんは午後もこの公園にいるというので、メアリーはお金を取りに戻った。
しばらくしてアイス屋さんは「教会に行く」とジョンに伝え去っていった。
その途中、アイス屋さんはメアリーの家の前を通り、メアリーに教会に行く事を伝えた。
少し経って自宅に戻ったジョンだったが、宿題の事で聞きたいことがありメアリーの家に行ったものの、メアリーはすでにアイスを買いに出た後だった。
ジョンはメアリーを追いかけていったのだが、ジョンは彼女が何処に行ったと思い、何処に向かうか。
「ジョン、あなた、お金を持っている?」
突然、話しかけられて僕は戸惑った。
生憎、僕はお金を持っていなかった。
メアリーは横目で僕をジッと見ていたが、やがて「仕方ない」と言いたげに肩をすくめた。
車に近寄り、何やらアイス屋と話していたが、すぐに戻ってきた。
「ジョン、あのアイス屋さん、午後も公園にいるんですって。だから私、一度家に帰ってお金を取ってくるわ」
「ああ、分かった」
メアリーは一度、何かを思い込むと後に引かない。
このアイス屋でアイスを買って食べると決めたら、何が何でもこのアイス屋からアイスを買って食べるまでその意思を曲げない。
(一度、家に帰るほどのことかな?)
と思ったが、僕は黙っていた。
メアリーがいなくなってしばらく経ったあと、アイス屋が車から離れ、僕のほうへ近寄ってきた。
「これから教会に行くよ」
僕は「え?」という顔をしてアイス屋を見た。
「つまり……教会に行ってから、午後にここに戻ってくる、ということですか?」
「いや、戻ってこない」
アイス屋は妙に明快な口調でそう言った。
日差し除けのために目深にかぶった帽子と、光線の加減のせいで表情がよくわからない。
「でも……、ついさっき、メアリーに『午後もこの公園にいる』って伝えたんですよね」
「伝えたよ」
アイス屋が言った。
「でも伝えただけだ」
何だかひどい話のように聞こえるが、僕にそう聞こえるだけかもしれない。他の人にとっては、これが当たり前なのかもしれない、と思い、僕は黙っていた。
アイス屋は僕の顔を見て、口を笑いの形にした。
「大丈夫だよ」
アイス屋はそう言ったが、何が大丈夫なのかよくわからなかった。
公園にいるのは、僕一人になってしまった。
僕は仕方なく家に帰った。
しばらく家で宿題をしていたが、さきほどのメアリーとアイス屋のことが気になって集中できなかった。
宿題でちょうどわからない箇所が出てきたので、そこを聞くということを口実に、メアリーの家に様子を見に行った。
出てきたのは、メアリーのお母さんだった。
妙に顔色が白く、ぼんやりとした目つきで僕のことを見ている。
メアリーのお母さんって、こんな人だったっけ?
僕は少し考えこんだ。
そうだったような気もするしそうでないような気もする。
「あのメアリーは……」
僕が言い終える前に、メアリーのお母さんは突然言った。
「アイスを買いに行ったわ」
「えっと…、どこに…」
「アイスを買いに行ったの!」
だからどこに……ともう一度聞きたかったが、メアリーのお母さんに言えるのは「メアリーがアイスを買いに行った」ということだけのようだった。
まるで見たこともない生物でも見るような目つきで、僕のことをジッと観察している。
「『何処に』買いに行ったのか」ともう一度聞いたら、何だかとんでもないことが起こりそうだった。
僕は仕方なく礼を言い、メアリーを探しに出た。
そこで僕は考え込む。
僕は一体、何処にメアリーを探しに行けばいいのだろう。
公園に行くと、先ほどとまったく同じ位置にアイス屋がいた。
まるで時間が戻ったかのようだった。
違う点と言えば、メアリーがいないことくらいだ。
「メアリー? ああ、さっきの女の子? いや見ていないな」
僕の質問に、アイス屋は首を捻る。
僕はアイス屋の顔をジッと見つめた。
「教会には行ったんですか?」
「行ったよ」
アイス屋は付け加えた。
「そして、戻ってきた」
「でも、さっきは公園には戻ってこないって…」
アイス屋は笑った。
「ああ、そう伝えたね。でも」
アイス屋は首を傾げた。
「伝えただけだ」
「そんな風でアイスが売れるんですか」
僕は何だか腹が立って、そう言った。
するとアイス屋は我が意を得たりとばかりに、得意げに話し出した。
アイスを売るのがいかに、繊細かつ大胆な商売であり細心の注意と的確な判断力、大胆な決断力と巧緻な智恵、巧妙な話術と精緻な人間観察、長年に渡って培ってきた経験と、そこから生まれる直観及び理屈では説明がつかないある種の嗅覚を必要とするか。アイスというものがいかに芸術的な食べ物で、その芸術性は日の下では溶けてしまうという儚い一瞬の運命によって支えられていて…。
当然のことながら僕は途中で聞くのをやめた。
「とにかく、メアリーはアイス屋であるあなたは、午後も公園にいると思っているんです。だから、必ずここに来るはずだ」
メアリーは鋼鉄の意思を持っている。
このアイス屋からアイスを買うと決めたら、必ず買う。だから必ず公園に来る。
すると、アイス屋は首を振った。
「いや、実は君と別れたあと、彼女の家に行って『教会に行く』と伝えたんだ。悪いと思ってね」
僕は呆気に取られて、アイス屋の顔を見つめた。
「え? 彼女の家を知っているんですか」
アイス屋は笑っただけで何も答えなかった。
メアリーがアイス屋に自分の家の場所を教えたのだろうか?
何のために?
だってメアリーは、アイス屋は午後もこの公園にいると思い、自分でこの公園に来るつもりだったのだ。
教える必要がない。
第一……。
「じゃあ、メアリーの家に行ったときにアイスを売れば良かったじゃないですか?」
アイス屋は首を振った。
「さっきも言っただろう? アイスを売るということがいかに、繊細かつ……」
僕が聞いていたのは、その部分までだった。
「アイスを売るとはどういうことか」という講釈を終えたアイス屋が、ふと言った。
「彼女は、アイスを『買いたかった』んじゃなくて、アイスを『買いに行きたかった』んじゃないかな?」
僕はしばらく黙ったあと、尋ねた。
「その二つに何の違いがあるですか?」
アイス屋は興味がなさそうに、肩をすくめた。
「さあ?」
それがいま覚えている、僕とメアリーの唯一の思い出だ。