うさるの厨二病な読書日記

厨二の着ぐるみが、本や漫画、ゲーム、ドラマなどについて好き勝手に語るブログ。

「八人との対話」の中で、立花隆と司馬遼太郎の対話「宇宙飛行士と空海」が面白かった。

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立花隆の訃報を聞いて、今まで読んだ立花隆の本のことを思い出した。

「東大生はバカになったか」は、内容はともかく語り口が余り好きになれなかった記憶がある。

実際の講義を元にしている「脳を鍛える」のほうが面白かったと思い、探したら家にも「脳を鍛える」しか残っていなかった。

読んだのはかなり前で、内容をほとんど覚えていない。いまパラパラめくってみても、色々な分野の話をしていて面白そうなので後で読み返そうと思う。

 

自分の中で一番印象に残って*1面白かったのは、司馬遼太郎「八人との対話」の中で行われた対談「宇宙飛行士と空海」だ。

 

立花隆が書いた宇宙飛行士のその後を追った「宇宙からの帰還」を司馬遼太郎が読んだ、という話から対談が始まる。

そこから、空海の室戸岬の体験が「宇宙論的体験」だったのでは、という方向へ話が進む。

空海の体験は宇宙飛行士が体験した「宇宙体験」であり、宇宙飛行士が体験したのは空海が体験した「悟り」だったのではないかという話の展開が、ワクワクするほど面白い。

 

司馬 (前略)そこで何日も坐ってますと、結局、あれは金星でしたか空海の口の中に入る。その時に宇宙を感じたとすべきでしょうね。つまり彼は宇宙体験を書いているんでしょうね。結局、宇宙ですら崩れるかもしれないけれども、とにかく宇宙と一緒にならなきゃならないんだから、金星も口に入った。

立花 あれはどういうことなんですかね。

司馬 分からないんですよ。なにかの思想的象徴でなければ、神秘体験でしょうから、それを噛み砕いてうまく説明出来ない感じで、彼自身それを言っているものですからね。(略)

立花 初めは象徴的な表現かと思ったが、どうもそれだけではないような気がする。

司馬 多分に形而上的な神秘家でしょうけど、しかしああいう精神の時期ですから実際に入ったんでしょう、彼の中に。

 (引用元:「八人との対話」司馬遼太郎/立花隆 (株)文藝春秋 P285‐286/太字は引用者)

 

この後に立花隆が、個人の人格的要素は関係なく「荒涼たる自然に一人でいると誰でも宇宙体験を感じるのではないか」という話をする。

立花(前略)砂漠の中の野宿のように、その人に特別のパーソナリティーなんかなくても、そこに放り出されたら必ず持てる、そういう種類の内的体験がある。

少なくとも文明時代以前の人間にとっては、それはわりとポピュラーな体験だったんじゃないかと思うんです。文明以後、それはポピュラーじゃなくなった。

(引用元:「八人との対話」司馬遼太郎/立花隆 (株)文藝春秋 P304/太字は引用者)

 

この話が面白いと思ったのは、「悟り」につながる体験は、人の内的要素ではなく空間が条件として重要なのではないかというところだ。

立花 ぼくの砂漠体験で言うと、まさに宇宙飛行士が体験したみたいに、生命はここにあるけれども、あとはずーっと死の空間なんですね。

それが密林の中で一人で夜中に野宿したときとはぜんぜん違うんじゃないかと思うんです。密林は周りじゅうに生命が充満している。

 (引用元:「八人との対話」司馬遼太郎/立花隆 (株)文藝春秋 P305/太字は引用者)

 

「自分以外の人間がいない」「自然の中にいる」というのではなく、「自分以外は死に絶えたように静か」という空間が条件として最適なのではないか、と語っている。

文明以前だと「悟り」は取り立てて言うほどの体験ではなかったのかもしれない、という発想が面白かった。

 

今見ている、アラスカの荒野の中で生きる人たちの姿を追った「氷点下で生きるということ」の登場人物の一人であるエリック・サリタンも「(アラスカを)静かに散歩していると、自分の思考を遮るものは何もない。まるで教会だ」とこの話に類似したことを話している。

他の登場人物も「アラスカに来る前の生活に取り立てて不満であったわけではなく、アラスカに呼ばれたんだ」という話や「どうしてもここに来なければならないような気がした」という話をする。

アラスカは自然は多いけれど、極北なので生命活動がすごく静かだ。熱帯のように見るからにエネルギーが満ち溢れている、という感じではない。

これが「自分以外のものは静かに死に絶えている」感覚に近いのではないか、と思った。

 

神秘体験をするのに重要なのは、自分の内面ではなく空間と自分との関係でありそこから内面が生じる、という考えが面白いし、宇宙飛行士、空海、立花隆、エリック・サリタンと場所も時代も関係ない人間がだいたい似たような感覚を語るなら、そうなのかもしれないなと思う。

 

この話から興味を持って「宇宙からの帰還」も読んでみた。面白かった。

 

「空海の風景」の空海は、才能を持つがゆえに傲岸不遜な華麗な天才という感じでそこが良かった。最澄が「アマデウス」のサリエリを彷彿させる。

 

*1:いるのは、雫の父親だけど。「耳すま」大好き