うさるの厨二病な読書日記

厨二の着ぐるみが、本や漫画、ゲーム、ドラマなどについて好き勝手に語るブログ。

「創作は『悪』を描くもの」だと思っていた。

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以前から言われていたことだけれど、創作内の物事に現実の倫理観を当てはめて批判する、しかもそれを表明する人が増えているらしい。

そうは言ってもごく一部だろう。

世の中は色々な人がいるし。

感想や意見を表明するのは自由だし。

それくらいの気持ちだった。

 

しかしちょっと前にこの記事を読んだとき、桐野夏生やカズオ・イシグロといった既に実績が十分ある作家が懸念を表明するということは、自分が思っているより深刻な状況なのかなと思った。

gendai.ismedia.jp

やっぱり、インターネット社会で得体のしれない人たちから根拠のない批判や、表現について問題があると言われることが増えましたよね。作品の登場人物の考えをあたかも作家がそう考えている、と読まれてしまうこともあります。

私もある海外メディアから取材を受けたときに、登場人物の描写を私個人の考えであるという前提で質問が飛んできて驚愕しました。私は妻が夫を殺害してバラバラにする小説(『OUT』講談社文庫)を書いていますが、だからといって殺人を肯定しているわけでは、もちろんありません。

 

文脈を外して、作品のこの一文は問題だ、この考え方は問題だという批判をされても困るのです。どこから矢が飛んでくるかわからないし、防ぎようも反論のしようもない。

 (記事内より引用/太字は引用者)

桐野夏生は「驚愕した」と書いているが、自分も驚いた。

 

公表されているものは創作だろうとその感想だろうと批判だろうと本だろうとツイートだろうと、目にした人の意見が来ることはある。

ただ創作において

①書かれている内容全てを、作者の現実的な主張だと考え作者本人を批判する。*1

②何百ページも書かれて小説(創作)の中の、一文を取り上げて道徳的に問題だと言う。

①であれば、ノワール小説やホラーやミステリーは成り立たなくなる。

②であればそもそも「悪」を持つ登場人物すら描けなくなる。

その創作の流れを見て、「これはここがおかしいのでは」と思うことは有りうると思う。*2

上記の文章で桐野夏生が指摘しているのはそういうことではなく、「ただの一文やその登場人物の作内の立ち位置や流れを無視して、書かれた考えそのものを批判すること」を指摘している。

創作において作品内の文脈の中で「正しい」登場人物はいるかもしれないが、「言動全てが正しい」登場人物は見たことがないし、そもそも誰が「正しい」と判断するのか、その判断をする人は正しいのかなどと色々疑問が浮かぶ。

 

創作は、むしろ人間の中の「悪」や「正しくないもの」=特異性を描くものだと思っていた。(「正しさ」は相対的なものだから必然的にそうなると思っていた)

個性はその人個人が持つ特性の中で社会で認めてもらえる(評価される)ものであり、社会で歓迎されないものは特異性と呼ばれる。

「自分固有の特異性は何なのか。なぜそんなものがあるのか」ということは、自分にとっては重要だ。

考えるには、その特異性を「自分の外」に出さなければならない。

現実では出せないし出すつもりもないけれど、創作にはそれを見出すことが出来る。そこが創作は凄いと思う。

なので、自分が好きな創作は弱さや狡さを持ち、時に信じられないくらい馬鹿なことをする「正しくない」人ばかりが出てくるものが多い。

 

「社会で良しとされる規範」は、その国その地域、歴史、誰が権力を握るかによって簡単に覆る。社会そのものが百八十度変わることもありうる。*3

今日は個性、多様性と言われていたものが、明日には特異性と言われるかもしれない。(逆もまたありうる)

その「社会が良しとする規範とは何なのか」「いま、自分が立っている場所が正しいと何故分かるのか」ということをどう考えればいいのか、ということも、そういう「悪」を描いた創作や本から教えてもらった。

 

冒頭みたいに「まあそうは言っても、一部の人だろう」と暢気に考えていたんだけれど、好きな作家がそういう懸念を持つということは「自分が面白いと思うものが書かれなくなるのではないか」という不安が現実的になってきた。

「ただの一文やその登場人物の作内の立ち位置や流れを無視して、書かれた考えそのものを現実の尺度に合わせて批判することを作品批判と呼ぶ」

 こういう風潮に実際に創作家が困っているなら、積極的に反対していかないといけないかもしれないな、思った。

 

桐野夏生は、「普通に暮らしている人の本人もさほど自覚していない悪意」を描くのが天才的に上手い。稀有な作家だ。

書き手(描き手)がたくさんいる現代でも、自分にとっては唯一だと思う創作家もいる。

一番好きなのは「メタボラ」。

一番強烈に心に残っているのは「グロテスク」。

「グロテスク」なんて悪意しか出てこなくて痺れる。

 

カズオ・イシグロの話。

www.bbc.com

イシグロ氏はまた、地位が確立されていない作家が、特定の視点から書くことや身近に存在しないような人物を登場させることを避け、自主検閲をしているように思うと懸念を表明。

(記事内より引用/太字は引用者)

 

自分の好きなものがなくなっていくのは困るよ、ほんと。

www.saiusaruzzz.com

 

*1:作品全体を通してのテーマを批判するときは有り得ると思う。作家論とか

*2:自分もよく書く。創作はこんな感じで読んでいる。

*3:今もそういうことが起こっている国はある