うさるの厨二病な読書日記

厨二の着ぐるみが、本や漫画、ゲーム、ドラマなどについて好き勝手に語るブログ。

【漫画感想】高野ひと深「ジーンブライド」1巻を読んでみたが、自分はこう読んでここが面白かった。

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*この記事は「ジーンブライド」1巻のネタバレを含みます。

 

 

話題になっていた高野ひと深「ジーンブライド」1巻を購入して読んだ。

 

この話で一番面白いと思ったのは、文脈の読み取りづらさだ。

物語が何を肯定していて何を否定しているのか、そもそも何が語りたいのかがよくわからない。

社会における女性の生きづらさへの言及が多いので、最初はそのことを語りたい話なのかと思ったが、そうも思えない。

 

そのことを一番感じたのは、主人公の依知が正木をカフェに呼び出したシーンだ。

 

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(引用元:「ジーンブライド」1巻 高野ひと深 祥伝社)

 

このシーンで依知の言葉は、ここまでのストーリー内の描写で積み上がってきたこと、

自分たち女性に性的な眼差しを向ける男に対する怒り、

議員は男ばかりである社会に苛立ち、

だから社会が男の論理によって支配され、自分たちが我慢しなければならないことに腹を立てていて、

何故、セクハラ被害を受けている声優には男である正木についてきて欲しくないのか、何故、テレビ局の打ち合わせには女である自分が一人では行けず、男である正木に同伴してもらわなければならないのか、

なぜ、それを防ぐために指輪を買ってつけなければならないのか

なぜ、そういうことを男である正木は知ることがなく、質問して自分の口から「セクハラされるからだ」と被害を言わせようとするのか、

なぜ、そういうことを被害者側である女性の自分が「セクハラされるからだ」「声優の子がセクハラ被害者で男を連れて行くことが出来ないからだ」と説明しなければならないのか、

そういう積み重ねから出てきた言葉である。

 

「今度はぼくは付いていかないほうがいいのか?(略)テレビ局には付いてこいと言ったのに」

なぜ女である自分はテレビ局に行ったらセクハラをされるのか。

なぜ女である声優・高梨さゆは、性的被害にあうのか。

なぜこの質問を男である正木が女である自分にするのか。

そんなことは自分が聞きたい。

そういう怒りを感じる。

 

そういった積み重ねから、「セクハラ被害にあうからだ」と答えさせようとする質問(正木に悪気はないが)が苛立ちの最後のひと押しになった、ということが読み取れる。

 

さらに言うと、この時に依知が正木に強い言葉を投げつけた一番の動機は「防衛」ではないかと自分は思った。

声優・高梨さゆは性的被害にあっていることに加え、正木の「似ている」という言及によって、物語上、えなみに接続する。

依知はえなみを「男」から守るために、正木を強く拒絶したのだ。

この後も「そうであること」を示唆するシーンが出てくる。

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(引用元:「ジーンブライド」1巻 高野ひと深 祥伝社)

 

1話でも依知は、正木をえなみと重ね合わせて、正木が自殺するのではないかと思い込んでいる。

それくらい依知にとって、えなみとの思い出は未だに深い傷として残っている。(この時点では、正木が名前を出すことを無理矢理遮っていたのに、上記の引用シーンでは自分から正木に名前を出している。こういう関係性の進展がわかるのもいい)

 

ただ正木は、依知にせよえなみにせよ誰にせよ、被害を与えてはいないので正木にとってはただの八つ当たりである。

八つ当たりはある程度相手に心を開いていなければ出来ない、一種の甘えなので(いいことだとは思わないが、あくまで創作なので)おっ、関係が発展してきているんだなと思う。

 

文章で箇条書きにするとこんなに長いものが、10ページくらいでストーリーの中にまったく不自然さがなく組み込まれている。凄い。(小並感)

 

こういうシーンの後の展開で、自分が思い浮かべるパターンは二つある。

①依知の言葉に正木が感じ入る→女性の生きづらさに初めて思い至るような描写が入る

②そうは言っても依知の言葉は八つ当たりであり、批判されるべきものであることが文脈上明確である。

 

ところが、「ジーンブライド」はどちらでもなかった。

そこが面白かった。

 

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(引用元:「ジーンブライド」1巻 高野ひと深 祥伝社)

 

正木は依知に言われた言葉の意味がまったく分からず、自分で考え調べ出す。

正木は依知が言葉を投げつけたような「あんたらのことだけ考えてりゃいい」人ではないのだ。

正木が依知が言った言葉のひとつひとつを真剣に考える描写が、依知が正木に投げつけた言葉は理不尽であり、依知もまた状況によっては「あんたら(自分)のことだけ考えてりゃいい人」になることが描かれている。

 

「ジーンブライド」の物事の見方、描き方はこういう風に白黒はっきりしない。

 

一話で依知を女性扱いしかせず不快にさせる貝原監督も、撮る映画は、インタビューで不快な思いをさせられた依知が観ても素晴らしいものであることが伝わってくる。

そして映画のことを語るとき「素敵な笑顔」になり、なぜ自分にはその笑顔が引き出せなかったのか自問する。

スカート(女)だから悪かったのか、それとも何か別の要素があったのか。

 

「ジーンブライト」は依知の視点に立って寄り添っているが、かと言って依知の言動を全肯定はしていない。

白黒がはっきりせず曖昧で、文脈が読み取りづらい。だから読む人間の見方が割れる。こういう話が大好きだ。

 

その上で自分がこの話から読み取れる、「不完全である人間を助けるのも不完全な他の誰かだ」というところがとても好きだ。

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(引用元:「ジーンブライド」1巻 高野ひと深 祥伝社)

 

正木の「たすけて」というラインによって呼び出された依知は、行きがかり上、キャッシュカードを探す手伝いをする。

依知は、友達に譲ろうと思っていたスカート(女性)を、正木の存在があったがゆえに偶然、売らずに終わっている。

 

お互いに八つ当たりしたり、誤爆ラインを送ってしまったり、突然職場に押し掛けたりする不完全さを持つ存在であっても、その人が存在するだけで誰かの人生を支えたりいい方向へ向けることがある。

 

そういう発想が滅茶苦茶好きなのだ。

 

ストーリー上の誘導が一見強いわりにはどこに向かうのかがわからない、文脈の読み取りづらい話の造りが、そういう登場人物の不完全さや関係性のちぐはぐさに華を添えているように感じる。

個人的な好みで言えば、この二人の関係は恋愛には発展して欲しくない。噛み合わない部分があるちぐはぐな友達?なままだといいな。

 

一巻の最後の急展開はびっくりした。ここからが本題なのか。

わたしを離さないで」」(*ネタバレ予想反転)みたいな話になるのかな。

 

事前に聞いて予想した話とまったく違った。

物語は人によって読み方や注目点、どの角度から読むかがまったく違うから、読んでみないと「自分にとってはどういう話か」はわからないなと改めて思った。