うさるの厨二病な読書日記

厨二の着ぐるみが、本や漫画、ゲーム、ドラマなどについて好き勝手に語るブログ。

【漫画感想】「AKB49~恋愛禁止条例~」関係性によって性差を超える反ハーレムもの。ぜひ先入観なしで読んで欲しい。

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マガジン連載当初から好きだった「AKB49~恋愛禁止条例~」全29巻を読んだ。

 

「好きな女の子を見守るために、女装してAKBのオーディションを一緒に受けた主人公が、アイドルとしての才能に目覚める話」

 

という粗筋だけを読むと「女の子の集団の中に男が一人紛れ込むよくあるハーレムもの」に思える。実際、物語初期はそういう方向性で始まる。

この話の面白さは、「女子アイドルグループの中に男が一人紛れ込む」というハーレムものの構造を取りながら、そのハーレム構造を壊すところ、その壊し方にある。

 

「恋愛漫画」「アイドル漫画」「成長物語」と複数の角度から楽しめるし、「性別というアイデンティティの仕組み」というシリアスなテーマも考えさせられる。

未読の人には、先入観抜きでぜひ読んで欲しい。

 

 

*以下ネタバレ注意。

 

ありとあらゆる角度から楽しめる「恋愛禁止条例」の面白さを支えているのは、主人公・浦山実の視点の面白さだ。

 

「キャラの面白さ」ではなく「視点の面白さ」。

 

浦山実は、十六歳まで男として生きてきた。

性自認は男であり、性的指向は女性(異性)である。

にも関わらず、女性アイドル・浦川みのりとしての彼は、同僚である女性アイドルたちに性欲をほぼ持たない。性愛感情も、寛子以外には皆無だ。

(ドキドキはするが、それは相手に悪いという感情だったり、バレたらどうしようという緊張感であり、性欲そのものではない。)

 

浦川みのりに化けるときに、実からみのりへの意識の切り替えはほぼない。

性別が異なるにも関わらず、実とみのりは(真の意味で)同一人物である。

浦山実も浦川みのりも、物語開始当初から好きだった寛子以外の女性陣に対しては、仲間、ライバル以外の視点を持っていない。

 

仲間たちがみのりが男だと判明した後、そのことはほとんど追及せず実をみのりとして受け入れるのは、実とみのりが(彼女たちの意識の上では、性別が異なるにも関わらず)同一人物であることが分かっているからだ。

 

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許せねぇ!

男だからって何だよ!

そんなもん卒業公演をすっぽかしていい理由にはなんねえぞ!

誰のためにみんな集まっていると思っているんだ!

卒業公演なんて、アイドルにとって一番大切なもんだろ!

命みてーなもんだ。

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(引用元:「AKB49 ~恋愛禁止条例~」28 巻 元麻布ファクトリー/宮島礼吏他 講談社)

春子……かっこヨス。

 

生物学的に男であって、性自認が男であっても、「女性に対して男としての視点を一切持っていない浦山実」は、AKBグループという社会(コミュニティ)の中では男として機能していないために男ではない。

 

思いきったじゃないか。

女装して国民的アイドルの園に潜入。

推しメンの下着は手に入ったか?

胸は触ったか?

寝顔にキスでもしたか?(略)

さしずめ『異常偏執者』ってとこか。

(引用元:「AKB49 ~恋愛禁止条例~」28 巻 元麻布ファクトリー/宮島礼吏他 講談社)

 

城ヶ崎が実に向かって言うこの言葉は、言い方は悪役特有の露悪的なものだが、「性別」が機能している社会の中では、ごく一般的な物の見方だ。

にも拘わらず、城ヶ崎の言葉が実=みのりの尊厳を傷つけるようなとてつもない邪推に聞こえるのは、物語を通して読者が「実の存在が性差を超えている社会の一員」になっているからだ。

浦山実が男として機能している外の社会では「女性アイドルグループの中に男が一人混じった異常な状態」と見えるものが、「浦山実が男として機能していない社会」の中に入った途端、人の心を抉るような最低な言いがかりになる。

 

この社会では「浦山実」は男ではないから、カツラが外れた状態で女装したまま寛子と話すシーンも、まったく違和感がない。

 

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(引用元:「AKB49 ~恋愛禁止条例~」28 巻 元麻布ファクトリー/宮島礼吏他 講談社)

 

男である浦山実が浦川みのりに化けていたではない。

「浦川みのり」は、浦山実そのもの、元々浦山実の中に存在していたものだった。

 

この話がなかったら(普通に男としてのみ生きていたら)、実は自分の中の「浦川みのり」に一生気付かなかっただろう。

「男」「女」という性別の枠組みを超えることで、男である浦山実は「女性アイドル浦川みのりとしての自分(の可能性)」を発見する。

「浦川みのりである自分」を発見した浦山実のほうが、そのことに気付かず男として生きた浦山実よりもより自分自身を体現して生きることが出来ている。

 

浦山実が「性自認は男で、性的指向は女性(寛子が好き)」という、昔ながらの一般的な恋愛漫画の男主人公であるところも良かった。

「片思いの女の子を側で見守りたい」という古風で標準的な男の恋愛観で話が始まっているから、いっそう二人の関係性の成長が読んでいて面白かった。

 

同じ恋愛感情でも「相手は内気でか弱い女の子だから、自分がついていてあげなければ」という旧来的な「男らしい考え」から「相手もアイドルとして成長しようとしているのだから、自分が乗り超える壁(ライバル)にならなければ」という「同じアイドルとしての考え」へ、最終的には「好きな女の子であり、対等の仲間」という関係になる。

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(引用元:「AKB49 ~恋愛禁止条例~」29巻 元麻布ファクトリー/宮島礼吏他 講談社)

 

内気で一人では何も出来なかった寛子が、実の正体を知っても動揺せず、叱咤して連れ戻すまで成長する。物語を通しての寛子の成長ぶりは、「ダイの大冒険」のポップを彷彿させる。

初期のころの「テンプレ的な、自信のない内気な守られヒロイン像」は、物語が寛子の成長譚も兼ねていたからだったのだ。

 

この話は、実を取り巻くヒロインたちがとにかく可愛くてカッコよくて魅力に溢れている。

実に一途に思いを寄せられるメインヒロインでいながら、「浦川みのり」とはアマデウスとサリエリの関係でもある努力家の吉永寛子。

狡猾で天才肌のツンデレライバル・岡部愛。

小悪魔的後輩でいながら、献身的な愛情を実に捧げる有栖莉空。

 

莉空が最初出てきたときは、愛の出番を奪ったようにしか思えなくて余り好きになれなかったけれど、最後のほうなんて推し変しようかと思うくらい好きになってしまった。

実への思いが、一途で健気すぎる。

 

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(引用元:「AKB49 ~恋愛禁止条例~」29巻 元麻布ファクトリー/宮島礼吏他 講談社)

こんなに可愛い子に「好き好き」言われても、まったく揺らがない実はすげえ。

 

話自体は「浦山実が男として機能してしまう」とぶち壊れる反ハーレムものであり、結末も「浦川みのりルート」で終わった。

でもハーレムものとして、寛子ルート、愛ルート、莉空ルートもアナザーストーリーとして読んでみたかったなあ……。

 

三人のヒロインそれぞれのキャラ語り。

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