完全にマジカルバナナ*1だが、「労働者の組合運動」を描いた「沈まぬ太陽」一巻二巻のことを思い出したので、話したい。
読んだのが大昔なので、かなりうろ覚えな記憶の感想だ。
「沈まぬ太陽」の第一巻第二巻は、日本航……じゃなくて国民航空の労働組合運動の話だ。
主人公の恩地は、人望がある、他になり手がいないという理由で、労働組合の委員長を引き受ける。
委員長になった後、会社側の懐柔策を拒否したために、誰も行きたがらないナイロビやテヘランなどの地に赴任させられるなど直球をパワハラを受ける。
確かナイロビだったと思うが、誰も他にスタッフがいない場所で一からオフィスを作るなど読んでいるほうは面白いのだが、外地をたらい回しにされ恩地はどんどん疲弊していく。
露骨な嫌がらせだが、その上さらにわざわざ「嫌がらせだよ」ということを言いに、本社から上司がやって来たりする。
「労組と手を切るなら、日本に戻してやる」と言われるが、恩地はそんな言葉には屈しない。ために冷や飯を食わされ続ける。
恩地が「飛ばされた」後の本社では、恩地が委員長を務めた旧組合とは別に、会社側の息がかかった第二組合(御用組合)が作られる。
御用組合員は一人一人勧誘したり、好条件で懐柔しようとしたりして、徐々に旧組合を切り崩していく。この辺りの展開は、政治劇か陰謀劇を見ているようだ。
旧組合を強引に潰すのではなく、「こちらも労働者のための組合ですよ」という顔をして新しい組合を作り、運動を実質乗っ取るという手法だ。
この話では御用組合は敵方なので汚いやり口とい言われるが、やり方としては効果的だと思う。
どちらに大義名分があるか、「正しさ」の旗印を奪い合うのはいつの時代も変わらないが、多数派になって「労働組合(正しさ)の概念」を塗り替え、実質を乗っ取ればいい、というところが面白かった。
思想などの主観的な物事は、その世界観(認識)を共有する人が増えれば増えれるほど広まる。「こちらが正しいですよ」と言って、人を呼び込めば呼び込むほど「正しさ」を認識する人が増え、その集まった多数の認識を以て「正しくなる」のだ。
敵も味方も、運動のやり方も対抗の仕方も手馴れている感が凄い。
当然、会社は御用組合を「本当の」組合と認め、交渉相手にする。旧組合からは次々と組合員が去っていくが、そういう逆風の中でも信念を持って残った人たちは嫌がらせを受ける。
本社の受付の横に椅子と机を置き、そこで何の仕事も与えずさらし者にしたりする。
某会社のパソナルームを始め似たような件を見た時に、自主退職に追い込むためではなく(『追い出し』部屋ではなく)組合を止めさせるために人件費を払っている人に嫌がらせをする、ある意味余裕がある時代だったんだな、と思った。
尊厳を傷つけて人を動かそうとするのだから、ひどいやり口であることは変わりないけれど。
閑話休題。
旧組合に残った人たちは、そういう差別や嫌がらせを受けながらも、「恩地さんのように何年も外地勤務に行かされる人もいるのだから」と頑張り続ける。
恩地の盟友で、「俺も一緒に頑張るから、組合の委員長を引き受けてくれ」と恩地に言った行天は、会社に懐柔されてニューヨーク支店に行き、出世街道を歩んでいる。
この辺りは余りに善悪の描きかたがはっきりしすぎていて、個人的には好みではない。
この後の三巻で御巣鷹山墜落事故が起き、恩地は日本に呼び戻される。
一番印象深かったのは、やはり墜落事故を描いた三巻だ。事故の原因は何なのかを、残された機体や事故当時の機内の様子から解明していく過程や、事故直後の様子や遺族の様子など、描写が生々しい。
一巻二巻は面白かったけれど、三巻で描かれていることが圧倒的すぎて、どうしても印象が薄かった。
「労働組合運動」をメインで扱っている創作は、自分が読んだものでは「沈まぬ太陽」くらいだ。
その内実がとても興味深くて面白かったな、と思い出した。
映画も見たはずだが、何故かほとんど内容を覚えていない。
*1:人の話に乗っかって、全然主旨の違う話をすること。