*ネタバレが含まれます。未読のかたはご注意下さい。
読めば読むほど連載でサスペンスは難しいと思う。
一冊の本ならラスト手前まで伏線を張りつつ緩急をつけて最後にどんでん返し、という「じっくりストーリーを作る」も出来るが、連載だとその話ごと(三話ごとくらいには)引きを作らないといけない。
そのため、サスペンスは後でゆっくり考えた時に「矛盾だらけだ」と感じても、読んでいる間が面白ければいいかなと思うようにしている。(読んでいるあいだに「うん?」と思うものはどうかと思うが)
「君が獣になる前に」も基本的には、この路線の話だ。
謎がどんどん提示されて、登場人物の意外な裏面や過去が次々と明かされる。「それだと以前のこの言動と矛盾しないか」「その設定は無理がある」「ちょっとご都合主義では」と思う箇所もある。
でもこの漫画は、気になる箇所があっても面白いと感じた。
この話で最も面白い部分は、「幼馴染みが無差別テロを起こしたのは何故か。その謎を解く」という表向きで描かれていることではないのでは、と思ったからだ。
「61人の死者を出した無差別テロを琴音が起こした」というのは、根本的な問題から派生した現象に過ぎない。
神崎が「琴音を獣にしたくない一番の理由」は、他の人が犠牲になるからでもなく琴音が大切だからでもない。
「琴音を獣にしないこと」が、神崎の責任だからだ。
神崎は本来は琴音に愛情がなく、ただ琴音がテロを起こさないようにするためだけに二回目のループでは琴音と付き合う。
(それ以前に「好きな女」と言っているにも関わらず)「あなたから彼女に対して、愛情のようなものが一切感じられない」(4巻)という柳からの神崎への指摘に、すんなり納得できる。
琴音が「壊れた」理由は、毒親の呪縛、神崎の親の死への責任、親の死への罪悪感と作内でわかりやすく語られている。
この話で最も重要なことは、「わかりやすく語られている」琴音の問題ではなく、「作内でほとんど語られない」神崎の問題だ。
だから神崎は「獣になりかけてまで」琴音がテロを起こした理由を突き止めようとしている。
この話は「琴音がなぜテロを起こしたのか」を解き明かす話ではない。「神崎がなぜテロを起こすのか」を神崎自身が知る話なのだ。
琴音は神崎の闇を代行しているに過ぎない。
「私を止められたのは、お兄ぃ、あなただけだったのに」(1巻)
という犯行前の琴音の言葉は、そのことを指している。
神崎の中の「獣」が琴音なのだ。
サスペンスを読んでいて矛盾が気になるのは、その理由が「話を面白くするため」などの「作外のみの理由と感じる時」だ。
「矛盾があるから気になる」のではなく、「作外という概念が頭に浮かんでしまうから」気になる。
しかし「君が獣になる前に」は、「神崎の問題を直接語らないために、作内の事象がブレている」。
作内描写では、琴音の闇に神崎が引きずられそうになっているように見えるが、これは逆だ。
琴音は神崎の代わりに獣を引き受けている。だから神崎は(ずっと好きだったと言いつつ)琴音に関わらないようにしていた。
神崎は自分の中の「獣」から逃げ回っていたが追いつかれた。(自分の内部にいるものだから当たり前だが)
追いつかれたために、神崎は自分の中の獣と向き合い抑え込むために奔走する。
「君が獣になる前に」は、自分から見るとこういう話だ。
色々考え合わせると、この話は意識的にそう作られているわけではないと思う。
元々は「幼馴染み(他人)が無差別テロに走った背景を追うサスペンス(琴音主体)」として作られたものが、話が進むにつれて出てきた「自分の中に眠る獣と戦う話(神崎主体)」というテーマに引きずられそうになっている。どうにか前者に力点を置くために次々と衝撃的な背景や設定を加えている。そう見える。
初登場時の平凡で穏やかで目立たない神崎が、どんどん変貌していく様にそれが表れている。真相を聞き出すために神崎は玄奘を躊躇いなく痛めつけるが、あれが本来の神崎だ。
「61人の死者を出す無差別テロ」「自分の両親が目玉をくりぬかれて惨殺される」*1が「語りうる闇」だとしたら、それを語ってでも外に出すことが出来ない獣とはどんなものなのだろう?
ストーリーが進むうちに、インパクトがある設定でさえ抑えきれない獣が、物語を内部から食い破って出てくるようなそんな感覚がある。
そういう話が好きな人におススメだ。
余談
あるキャラ*2の問題を直接語らない(語れない)ために他の大きな問題が起きる、他のキャラが問題を起こす。(問題視される)
そういう「語ることができない話」が大好きだ。
続き。7巻の感想。