個々の人物の思想の説明もわかりやすく面白かったけれど、それ以上に「哲学を読む時にどういう角度で読むべきか」「哲学とはそもそも何なのか」という話が面白かった。
その中で特に「宗教と哲学の違い」の説明が印象的だった。
ふつう哲学というと、なぜ世界は存在するのか、自分の存在の意味は何か、死んだらどうなるか、それから、なぜ人は生きて苦しむのか、というような、世界や自己の存在についての根本の問い(謎)を問うものだ、という俗説がある。
だけど、あんまり信用してはいけない。
そういう「存在の問い」は、むしろ哲学の先行者である宗教に固有の問いだったんだからね。(略)
哲学が独自の思考方法のルールを持っていたことがわかる。(略)
①概念 ②原理 ③再始発(略)
宗教の世界説明の基本の方法は「物語」。つまり神話だね。(略)
物語なので共同体を超えることができない。
これに対して、哲学は概念を論理的に使って世界を説明する。
「概念」は少し進んだ文化ならどこにも共通にあるから、共同体を超える普遍性を獲得するんだね。
このことによって哲学は、開かれた言語ゲームになったんだ。(略)
一番のポイントは、哲学はどんな問題でもいいがある問題を立てて、誰がそれをいちばんうまく説明する「キーワード」を出せるか、という「キーワード」のゲームだということ。
そのキーワードを哲学では「原理(アルケー)」と呼ぶんだ。
(引用元:「21世紀を読み解く竹田教授の哲学講義21講」 竹田青嗣 みやび出版 P43-P45/太字は引用者)
哲学は「人それぞれ(価値観や信念など広義の信仰)」とは別のことを話している。
そういう印象がずっとあった。
宗教であればそれぞれが別の体系を持つ「別世界」だ。
哲学はそうではなく全員が通じ合っている。だからお互いの考えに干渉し合う。
「人それぞれではないこと」を話しているから、お互いに考えを取り入れて進化させたり、批判し合うことでさらに新しい考えが生まれているのではないか。
神学から哲学に移る人が多いように(「移る」ように)宗教と哲学は一見似ているように見えて違うもの。それはわかる。だがその違いが何なのかがわからなかった。
この説明を読んで「なるほど」と納得した。
「世界の意味」「生きる意味」「死の意味」そういった事象の意味を問題にしているのであれば、「人それぞれ違う」で話は終わる。(実際宗教では、それぞれの宗旨で違う)
そうではなく「多くの人がうっすら感じていること、考えていること」の成り立ちは何なのか、その感覚はどこからきているのかを一番うまく当てるゲームをしているのだ、と考えると納得がいくことが多い。
宗教ではほとんどの場合(略)教祖の言葉は、ある絶対的なものとして聖化される。
フォロワーたちがその教説を変えたりするのは厳禁だね。
あえて変える必要が出てきたら、その解釈だけを変えていくんだ。
しかし哲学はこれと正反対。(略)
哲学では、始祖の言葉に絶対的な真理があると考えて、これを固守してやっていくのではなくて、より包括的に新しい「原理」(キーワード)を置いて、説明体系をもういちど、できるだけ根本的な仕方で編み直す。
このことが、哲学が、「概念」、「原理」、「再始発」という方法でより普遍的な説明方式を創出するために開かれた「言語ゲーム」であることを保証しているんだね。(略)
哲学は、そういう存在の問いだけではなくて、どんな問いについてもそれを普遍的に思考していく。
つまり人々の共通了解を拡張してゆく独自の方法として登場したんだね。
(引用元:「21世紀を読み解く竹田教授の哲学講義21講」 竹田青嗣 みやび出版 P48-P49/太字は引用者)
哲学史を読んでいると、最初ある人物の思想に傾倒した人は多くの場合、その思想に批判的になる。(批判的に継承することも多い)
そういう現象が多いのは何故だろうと思っていたが、「多くの人(やその集合体)が普遍的に持っている感覚や認識、思考方法などを一番うまく言い当てるゲームをしている」と考えると納得がいく。ガチすぎるゲームだ。
逆に言えば「大元の思想(人)を批判したり塗り替えたりすることは許されず、その言葉の解釈のみが許されているもの」は哲学ではなく宗教ということになる。
最後まで読み終わったが、学生との質疑応答形式になっているのでとても読みやすかった。
質問者の学生は本のための「非実在学生」だと思うが、「竹田先生の話を聞いていると、近代の哲学者はほとんどみなサイコーに偉いけど、またサイコーに理解されていない、みたいな感じがするんですけどねえ」(P115)などツッコミが鋭い。
ここに書かれている竹田青嗣の見方が正しいとすると、「原理でなく例えで批判されている(プラトン)」「前提をすり替えて批判されている(ルソー)」「そもそもそんなことは言ってない、という点で批判されている(フッサール)」ということになる。
本書の見方がどこまで妥当かは自分で読んでみないとわからないけれど、その人物の思想がどんなものでどんな角度からの批判が多いかということがわかりやすかった。