うさるの厨二病な読書日記

厨二の着ぐるみが、本や漫画、ゲーム、ドラマなどについて好き勝手に語るブログ。

【小説感想】余りの怖さに家においておけない 小野不由美「残穢」

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小野不由美のホラー小説「残穢」のネタバレ感想です。発表当初は余りの怖さに、大の男が家においておくのを怖がるほどだ、と言われていました。

 

自分はすさまじい妄想力を持つかなりの怖がりなのですが、最初読んだときは余り怖いとは思いませんでした。丁寧に作られているし、面白いんだけれども、何だか地味だしピンとこない本だなと思いました。

先日、もう一度読んでみようかなと思って、もう一度読んでみました。

 

なにこれ、めっちゃ怖いんだけど((((;゚Д゚))))

 

「残穢」はとても地味な本です。

怪異は派手な形では現れません。怪物や殺人鬼が出てきて、襲い掛かってくるわけでもありません。

目に見えず、いつの間にか自分にとりついている「穢れ」がもたらすもの、人間が対処することもできず逃れることもできないその不条理な恐ろしさを描いています。

 

「穢れ」とは何か

「残穢」は土地や物、人に憑いた「穢れ」が次々と伝染することによって起こる、人知では理解しがたい現象について描いています。

 

この「穢れ」とは何なのか?

 

一言でいうのならば「忌避すべき対象」である、と本書の中でも説明されています。「罪」であったり、「死や出産、女性の月経などの生理現象」も、むかしは「穢れ」とされていました。この中でも「死」の穢れは、最も強いと考えられていたようです。

 

「穢れ」の特徴はふたつあり、ひとつは人間の内面ではなく外面的につくものである、という点です。なのである一定の期間を過ぎれば、穢れは自然に消えます。

もうひとつは伝染性があるということです。穢れを持つ人間が他の人間の家に行くと、その家に穢れが持ち込まれてしまいます。

特徴だけ考えれば、伝染性の病気に近いです。

人にうつる、ある一定の期間をすぎると治る。だから穢れに伝染している間は、家に閉じこもっていなければならない。

「源氏物語」などを読むと「物忌」といって、しょっちゅう公務も休んで家の中にこもりますよね。

穢れを伝染させないために、家の中にこもっているのです。

 

本書の中では、この「穢れ」が土地や人に根深く残っているさまを描いています。

 

 伝染し、拡大し続ける穢れ

事の始まりは、マンションの一室で、「誰もいないのに箒で床を掃くような音が聞こえる」という相談からでした。そしてそれが晴れ着姿で首を吊った女性の帯が、畳をする音だと分かります。

しかし不思議なのは、そのマンションは新しいマンションで、過去にその部屋で首をつった人など存在しないということです。

 

その「首を吊った女性」はどこから来たのか??

 

調べていくうちに、今度はマンションの他の部屋でも、子供が「首をつって揺れている女性が見える」と言っているという情報が入ります。

この女性は、マンション全体に憑いているのか??

そう思っていると、マンションの向かいの集合住宅にもこの「首を吊った女性」の目撃情報が入ります。

一体、この女性は何者なのか? いつ首を吊ったのか?? なせ、マンションだけではなく、他の場所にも現れるのか??

 

最初にこの女性を目撃した女性は、怖くなってマンションを引っ越します。しかし、新しい住居でも畳をする音は続きます。

そして調べていくうちに、「首をつった女性」を目撃した集合住宅の中に、短い年月で何人もの人が入れ替わり立ち代わり出て行っている家があるとわかります。

 

マンションから出ていった男性も、転居先で首つり自殺をします。新しく移った部屋でも「晴れ着で首をつった女が見える」「床下から変な声が聞こえる」という現象に悩まされたためです。

この自殺した男性の部屋に新しく入居した人間も、「首をつった晴れ着の女が見える」といって、部屋を出ていってしまいます。

 

呪われているのはマンションではないのか? 人なのか? 一体、呪いはどこまで伝染していくのか??

 

筆者はマンションと向かいの集合住宅の土地に「首をつった女性」が憑いているのではないかと考え、過去を遡って調べます。

何回となく住民が代わり、家も取り壊されたり建て直したりを繰り返している土地ですが、調べるうちに今度は別の話が出てきます。

「床下をはいまわる者がいる」

「床下に住み着いた者が、焼け、殺せ、死ねと繰り返す」

そんな話が一軒だけではなく、何軒も出てきます。

その不気味な声に怯え、新興宗教に家族ごと入信した一家、その声を聞くまいとしてゴミを家にため込み、床下にまでゴミを敷き詰めた男性、その声を聞き続け、母親に暴力をふるい近所に放火をした青年、「床下をはいまわる者の声」も様々な人間に、年月をまたいで影響を与えます。

 

そしてついに筆者は、「娘の結婚式から帰ってきた直後に、晴れ着で首をつった女性」がマンションの跡地に住んでいたことを突き止めます。

しかし今度は、その女性が聞こえるはずのない何人もの赤ん坊の声に悩まされ、ノイローゼ状態だったことを知ります。

そんなはずはないのに、そこら中から赤ん坊の声が聞こえると言い張り、ついには首をつって死んだ女性。

怪異の源となっていた女性が、実は別の怪異に呪われて死んでいたのです。

女性を死に追いやった「赤ん坊の声」は、どこからきたのか? 

そしてもう一つの怪異である「床下をはいまわり、死ね、殺せとささやく声の主」はどこからきたのか。

 

怪異が怪異を呼び、穢れが穢れを呼び続ける。

 

その土地にたまたま生まれたり、たまたま住んだ人は、原因が何か、どう対処すればいいのか考えるどころか、一体、何が起こっているのかすらわからず、ひたすら怪異に怯え、恐怖に狂い、ある者は暴発し周りを殺し、ある者は死んでいきます。

その様が淡々と描かれています。

 

まるで家系図のように広がり続けるこの穢れは、最終的には明治時代の北九州のある家に辿りつきます。巨大な炭鉱で富を築いたものの、その炭鉱で酷使されて死んだり生き埋めにされたりした者たちの怨念が家主にとりつき、家主が一家全員を惨殺して心中するという事件を起こしています。

「北九州最大の怪談」と呼ばれるこの物語の伝染力はすさまじく、呪われた当人とその家族が全滅したあとも穢れが消えません。

この家の木材を使った旅館は強盗に押し入られて一家が皆殺しにされ、この家の跡地にたった家は四人いた息子が全員自殺している、ということが淡々と語れていきます。

 

そしてこの家の娘が後妻に入った家が、戦前、現在のマンションがあった場所に建っていたことが分かります。

 

「残穢」の恐ろしさ

残穢の怖いところは、「何が原因でどうしてその現象が起こるのか」ということが皆目わからないので、対処のしようがない点です。

「晴れ着姿で首をつる女」の霊を見た梶川という青年は、怪異から逃れるためにマンションから出ます。しかし新しい転居先でも、相変わらず「首をつった女」の姿は見え続け、おまけにいないはずの子供の声まで聞こえだします。

その怪異に追い詰められて梶川は自殺しますが、その後に「事故物件で安いから」という理由で梶川の部屋に入った人物も、「晴れ着姿で首をつった女」と「床下からの不気味な声」を聞きます。

これはマンションの土地にあった穢れが梶川に伝染し、梶川から新しい部屋に穢れが伝染しているのですが、そんなこと新しい住民には分かるはずがありません。

この部屋で首をつったのは男性のはずなのに、なぜ、晴れ着姿の女性の霊が出るのか。床下からの声は何なのか?? 死んだ男性と何か関係があるのか??

訳も分からないまま怪異に悩まされ続け、「この部屋が原因に違いない」と思って引っ越しても、自分が伝染してしまっている場合には、どこまでも穢れはついてきます。

 

自分が伝染してしまった場合、どうすればその穢れを落とせるのかが分からない。

 

この本の中で一番怖かったのは、発端である北九州の奥山家の跡地に建っていた真辺家の様子です。

家にある戸という戸に張られたお札、廃墟となった家の中には所せましといくつもの仏具や神棚がおかれています。それほど色々なものにすがっても、この地にとり憑いた怪異から逃れられなかった真辺家の主人は、いわくつきの刀や骨とう品を集め出します。

「神にすがっても仏にすがっても助からなかったので、魔をもって魔を祓おうとした」

新たな魔を呼び込んででも怪異から逃れようとした、真辺家の狂気のような恐怖が伝わってきます。

これほど人間を恐怖に追い込む怪異とは、どのようなものだったのだろうと想像するだけで背筋が寒くなります。

 

科学が現在ほど発達していなかった古代、人間は、今よりもずっと自分たちの概念ではとらえきれないものに対する畏怖の念を持っていたのだと思います。

現代から見れば非科学的な物忌などの風習も、そういう自分たちが理解ができない偉大なものに対する畏敬の念から生まれたものなのだと思います。

人間から見れば理屈が通らない、意味も分からない、概念を理解することすらできない、そういった理不尽とすら思える大いなるものに対する畏敬の念。

「目に見えないものは信じない」そんな風に思いがちな現代で、恐怖と共にそういった気持ちを呼び覚ましてくれる本なのではと思いました。

 

ちなみに余りに強すぎる怪談は、聞いても伝えても祟られるので記録することができないから、逆に伝わらないそうです。

「北九州最強の怪談」を、この本で読んでしまった自分たちはどうなるの??

という、とても怖いメタ構造になっています。

そういうのが気になる人は、読まないほうがいいです。まじで。

映画も観ました。すごくよかった。

www.saiusaruzzz.com