うさるの厨二病な読書日記

厨二の着ぐるみが、本や漫画、ゲーム、ドラマなどについて好き勝手に語るブログ。

エドガー・アラン・ポー「ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語」感想

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エドガー・アラン・ポーの「ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語」が、ラブクラフトの「狂気の山脈にて」に影響を与えていたり、大岡昇平の「野火」の外枠になっているという話を聞いたので読んでみた。

 

「ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語」あらすじ

(Ⅰ)

ナンタケット島に住むアーサー・ゴードン・ピムは、友人のオーガスタスに誘われて、オーガスタスの父親が船長をしているグランブス号にこっそり乗り込む。

出航まで暗い船倉の中に隠れていて、船がナンタケット島まで引き返せないところまできたら、オーガスタスがアーサーも一緒に連れて行ってくれるよう、説得する手はずだった。

船が出航したことは確実なのに、何日経っても、オーガスタスから連絡がない。

水や食料が尽きかけてきたため、アーサーは甲板に上がろうとするが、船室からの秘密の通路が何かで塞がれてしまっているため外に出られない。

一体、外で何が起こったのか。

飢えと乾きと恐怖に耐えるアーサーのいる場所に、愛犬のタイガーがやってくる。

タイガーの体には、オーガスタスからと思われる手紙が巻き付けられていた。その手紙の文字は赤いインクで書かれていた。

「血で……隠れていないと命に関わるぞ」

やがてオーガスタスがアーサーの下にやってくる。

彼の説明では、船長である父親に不満を持っていた航海士が反乱を起こし、ある者は殺されある者は海に放り出され、船は乗っ取られたという。

反乱者一味の中でオーガスタスを気に入ったダーク・ピーターズと協力し、三人は何とか船を取り返す。

しかし船が浸水してしまったため、アーサー、オーガスタス、ピーターズ、一味の中の生き残りパーカーの四人で海の中を漂流することになる。

 

(Ⅱ)

漂流は長期間に及び、四人は飢えと乾きに苦しめられる。

このままでは全員死ぬと考えたパーカーが恐ろしい提案をする。

「クジを引いて当たった者を殺して、他の三人が食う」

アーサーは最初はその提案に反対したが、他の三人が賛成したため、クジを引くことになる。

当たったのはパーカーだった。

パーカーは殺され、他の三人はその肉を喰らう。

しかしその後も漂流は続き、反乱者との戦いで傷を負っていたオーガスタスの衰弱が激しく、彼も息を引き取る。

その後、アーサーとピーターズは、イギリスの商船ジェイン・ガイ号に救われる。

 

(Ⅲ)

ジェイン・ガイ号は、南太平洋を猟をしながら旅を続けていたが、ある場所で現地人によって船を止められる。

「テケリ・リ」という声で鳴く、奇妙な鳥が生息する島に住む現地人たちは、ジェイン・ガイ号の乗組員たちを熱心に歓待した。

しかし乗組員たちが気を許し、奥地に現地人たちと共に探検に行ったとき、その大半を現地人によって殺されてしまう。

アーサーとピーターズは岩の割れ目に紛れ込み、何とか助かった。

彼らは現地人の一人ヌヌを捕らえ、カヌーで脱出を試みた。

ヌヌは白い帆布や白い影を異常に恐れる。彼は船底に突っ伏したまま、「テケリ・リ」と呟くだけになってしまった。

そして「テケリ・リ」と鳴く巨大な青白い鳥が飛ぶところまでやってくると、かすかに痙攣してそのまま死んでしまう。カヌーの行く手には、青白い肌をした巨大な人影が見えていた。

 

アーサーの手記はここで終わっている。彼は帰ってきたあと、自殺してしまい、その騒動のさなか、この文章の最後の二、三章は失われてしまった。

 

ネタバレ感想

あらすじが「Ⅰ」「Ⅱ」「Ⅲ」と分かれているのは、こちらで便宜的に分けたものだ。

この物語は主に「①グランブス号が乗っ取られ取り返すまで」「②四人で漂流」「③ジェイン・ガイ号が招かれた奇妙な島の話」の三つの部分に分かれているのだが、この三つにほとんどつながりがない。

そしてそれぞれ別の怖さがある。

「Ⅰ」の外で何が起こっているのか分からないまま、一人暗い場所に閉じ込められて、飢えと乾きに苦しめられる描写は、これだけでも独立した読み物として面白い。

ふさがれた出口、信頼している友人からは何の音沙汰もなく、愛犬でさえ狂犬病にかかり自分に襲い掛かってくる。

自分が信じる日常が次々と崩壊していく怖さ、今まで疑問に思ったことがない、自分という存在への不安感、時間が過ぎるたびに死へ近づいていく、神経をやすりにかけられるような恐怖、こういう自分の足元が揺らぐような恐怖は、ポーの真骨頂だ。

 

また「Ⅱ」では、人間の肉体と精神の脆さが描かれている。

オーガスタスが死んでいく描写「ここまでやるか」と思うくらい、かなり陰惨なものだ。

オーガスタスはただ衰弱して死んでいくのではなく、その人格の荒廃ぶりが生々しい。

「Ⅰ」では常に友人であるアーサーの身を案じ、敵の中に一人残されても理性的に打開策を考える聡明さがあったオーガスタスが、衰弱するにつれ、人肉を喰うことに賛成し、別人のような容貌になって死んでしまう。

そして海に落ちた彼の死体は、サメにズタズタに引き裂かれ、ただの肉片になっていく。

 

しかしこの話の一番怖い点は、最後の部分である「Ⅲ」が、陰惨で衝撃的な展開だった「Ⅰ」と「Ⅱ」を何も踏まえていないものだ、というところだ。

船を乗っ取られ船員が皆殺しにされる、飢えが余りにもひどく人を殺して食う、という衝撃的な展開が次から次へ起こったのに、「Ⅲ」では主人公のアーサーは「Ⅰ」と「Ⅱ」の部分に起こったことをほとんど忘れてしまっている。

心理的葛藤もまったく描かれていないので、罪悪感があるから、とか余りに辛くて思い出せないというわけでもない。

本人が若干言い訳のように、「そのときのことは覚えていても、そのとき感じたことは覚えていられない」と言っている。

しかし人を殺してその肉を食べて生き延び、友人を悲惨な死に方で失ったばかりなのに、ジェイン・ガイ号に救われたとたん、南極へ向けての冒険に行かないのはもったいないと船長にすすめたりしている。

物語の展開的に見ても「Ⅲ」は、「Ⅰ」と「Ⅱ」と何の関連性もなく、独立した話だと言われても違和感がない。

一体、何を思ってこんな話にしたのだろう? という怖さがある。

 

ヌヌは何故、白い帆布を恐れるのか、「テケリ・リ」と鳴く白い鳥は何なのか。ヌヌの島の人々は、なぜジェイン・ガイ号の乗組員を襲ったのか。ヌヌはいきなり死んでしまうし、最終章ではアーサーも自殺していることが分かる。

 

「Ⅲ」は漂流しているアーサーが見た、妄想だったとも考えられる。現実ではない別の世界の話であり、飢えと乾きがひどい漂流の中でアーサーは気が狂い、自殺してしまったのかもしれない。

自分としてはそれが一番しっくりくる説明だ。「Ⅰ」と「Ⅱ」は、感覚的な描写が異様に細かいのに、「Ⅲ」は夢の中のような曖昧で雑然とした描写が多いところからもそういう気がする。

ただそれでもはっきりとはそう断言しきれない。

「何かおかしい。でも何がおかしいのか分からない」

そんなはっきりとしない不安感、不条理な恐怖が好きな人にはおススメだ。

 

「ショゴス、お前だったのか。いつもテケリ・リ鳴いていたのは」

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(引用元:「クトゥルフ神話がよくわかる本」株式会社レッカ社編 PHP研究所 P123)

 

 

「野火」未読。読んでみたい。