うさるの厨二病な読書日記

生涯中二の着ぐるみが、本や漫画、ゲーム、ドラマなどについて好きも嫌いも全力で語るブログ。

【ザ・ノンフィクション】「男と女の婚活クルーズ」を見ていて思ったこと。

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2018年9月23日(日)に放送された「ザ・ノンフィクション 男と女の婚活クルーズ」の感想です。

 

44歳舞台俳優のテキサスが、五泊六日の婚活クルーズに参加する。

最も安いプランでも18万円弱の費用がかかるこのクルーズに参加しているのは、高収入の男性ばかり。時にはひけめを感じながらも、テキサスは自分が気に入った女性を見つけ、告白する。

 

というあらすじ。

 

一番安い相部屋プランでも18万円というのは、すごいな。

男性は下限金額が18万円、女性はオーディションで選ばれた人が無料参加、となると「年の差婚多め」かあ。まあ、そうなるよな。

主催者側は、男女で年の差ができることを想定して、年の差婚のプレゼンを男性にも女性にもしている。

その内容が「こんな年上男性は年下女性に嫌われる」など、至れり尽くせりなものだ。

婚活業界は成婚率が最も大きな宣伝材料になるだろうから、成婚率が上がるように考え抜かれていた。見知らぬ男女が少しずつ距離を詰められるようにイベントの配列が考えられていたり、思い通りにいかなくて泣いている女性には、カウンセリング的なこともする。今の婚活イベントってここまでやるのか。 

他社との競争も激しく大変な業界だろうけれど、こういう企画を考えて運営する仕事も楽しそうだなとふと思った。

 

主人公のテキサスが、無事に意中の女性と結ばれたときは、テンションが上がって「うぉぉぉぉ、テキサスぅぅぅ」と叫んでしまった。難しいかもしれない、と思っていたから、良かった、ほんと。おめでとうございます。

 

このテキサスの相手の女性(〇〇さん)の話を聞いて、「そうか」と思ったことがある。

〇〇さんはテキサスとイケメン高収入の伊達さんの間で悩んでいた。

「どちらかがものすごく気に入っている、こちらがすごく好意を持っている」という状態ならばともかく、自分の気持ちが「どちらもいい人だから悩む」という程度ならば、そんなに悩むかなと思う人もいると思うのだ。

〇〇さんはなぜ悩んでいたかというと、「今まで伊達さんのような人とは付き合ったことがあって(ニュアンス的に世間でいう『高スペックの男性(この言い方は好きじゃないが)』とばかり付き合っていたと推測する)、結局ダメだった。だから自分が変わらなければいけないのでは、と思っている」ということを言っていた。

テキサスの言動やこの言葉を見るに、〇〇さんはそうとうモテる人なんだと思う。

今まで色々な人に好きになられて、付き合うことはできる。結婚したいとも思っている。でも結婚まで至らない、それは何故なんだろう? 

 

「性格がいい」とか「顔がいい」などは、恋愛ならばともかく結婚にはそんなに関係ないのでは、というのが自分の体感だ。

顔や性格が良くてモテるのに結婚に至らない人もたくさんいるし、自分から見ると「うーん、なぜこの人が」と思う人が複数回結婚しているケースもある。

最終的には、縁が全てじゃないかとも思う。

 

ただ〇〇さんの話を聞いていて思ったのは、「縁が全てだとしても、その縁に出会う確率を増やすために自分ができることは何かあるか」と考えると、それは「自分が一体、何にこだわる人間なのか」が分かってるかどうかではないかと思った。違う言い方をすれば、「どういう相手とならば、自分が日常生活を共にできるかイメージできているかどうか」は大事だなと思った。

 

「どういう相手を自分が求めるか」ということを知ることは、結局は「自分がどういう人間か」ということを知ることなのかもしれない。

創作物の好みや仕事に対する姿勢、家族や友人との付き合い方も、すべて自分に対する自分という存在についてのフィードバックが含まれる、と言われればそう思う。結婚相手というのは、その究極の形かもしれない。

「結婚したいけれど、どんな相手としたいかイメージできない」という場合は、「自分自身のことがイメージできていないのかもしれない」ということが、今回の内容を見て一番思ったことだ。

 

〇〇さんが婚活市場では敬遠されるタイプだろう(恋愛はまた別だと思うが)テキサスが気になったのは、「安心感があったから」「自分を作る必要がないから」と言っていた。

今までの恋愛ではきっと「安心感もなく」「自分を作ってきた」んだろうと思う。

結婚したら自分を作るのをやめたらいいのでは、とも思うけれど、〇〇さんは作為的にそういうことをやっていたわけではなく、そういう人が相手だと自然と身構えてしまうタイプなのでは、と思った。

今までに会ったことのないタイプであるテキサスに出会って、「こういう付き合いもあるんだな」と思って、そういうほうが自分には向いていると考えたんだろう。

この先、テキサスとどうなるかは分からないが、そういう自分を知れたことがこの婚活クルーズの一番の収穫なのでは、と思った。

 

テキサスみたいに「とにかく雰囲気が好み」で突っ走るのもいいと思う。「一緒にいて何かが違う」「よくわからんが、しっくりくる」という自分の感覚を尊重することも、同じ空間にいるのにはすごく大事なことだと思う。

考えた結果「結婚しなくてもいいんじゃないか?」と思う人もいると思うし。

 

一方で、もう一人出てきた女性のさっちんさんは見ていて少しもどかしかった。

「食事中に眼鏡(や食事に関係ないもの)をテーブルの上に置く男性は許せない」

でも、じゃあ「物を置かない男性ならば、誰でもいいのか」というとそんなことはない。

強いこだわりを持っていることを自覚していて、なお「自分が選ぶ」のではなく、「誰からも選ばれないこと」を嘆いているのは、ちょっと残念だった。

強いこだわりも含めて私自身だ、と思って、そのこだわりに合う男性がどれだけ希少でも探し求めてやる、くらいの気概で行くといいと思うんだが。

「結婚する」という目標を定めて、イベントに参加する行動力がすごいな、と思うだけにもったいなく感じる。

そういう意味でも、最終日の告白が男性から女性へに制限されているところは変えてもいいのでは、と思った。男女関係なく、気に入っている人がいれば告白できるシステムにしたほうがいいと思うんだが。「告白は男性から」というのは、「選んだり決断するのは男性」という文脈に読めて、今の時代にも即していないように感じる。

今は、男女関係なく告白してOKのイベントも増えているのだろうか。

 

その人が気にする部分を、自分はさほど気にしていなければすり合わせられるという人が多いと思うけれど、問題はさほど気にしていないから、日常的なことの場合、しょっちゅう忘れることがありうる、という点だ。

人は気になるところが違うし、自分が気にならないところは悪気なくスルーするから、なかなか難しい。

 

日常生活を一緒に過ごすわけだから、お互いに気になるところ、悪気なくスルーしてしまうところは必ず出てくる。

そういうときに、「自分はこういう条件の相手ならば許せるな」というところから、「自分はどんなことにこだわっているどんな人間なんだろう」ということを考えさせられることが、婚活の醍醐味のひとつかもしれないなと思った。

 

とりあえず、テキサス、〇〇さんカップルおめでとうございます。

末永い幸せを祈っています。