「後ハッピーマニア」を読んだあと、そういえば「監督不行届」を最初のほうしか読んでいないな、と思い出して購入。
kindle版だと385円だったのでもデカかった。
安野モヨコ(ロンパース)の「カントクくん」に対する愛情が、これでもかというほど伝わってくる。大げさな愛情表現がなくとも、「他人の他人に対する愛情」がここまで伝わってくるものなのかと驚く。
ロンパースの溢れる愛を受け取るカントクくんに感情移入して読むと、メタクソ癒される。
20年近く前の新婚当初の話だから、今はもう少し落ち着いた関係性かもしれない。
冒頭に書いてある通り「実話を元にしたフィクション」なので、ここから現在の二人の人物像や関係性を推測するよりは、癒し系漫画として読むのが吉だと思う。
何でこんなに愛に満ち溢れて見えるのか、というとロンパースの目から見たカントクくんがとにかく可愛いからだろう。こんな可愛い生物がこの世に存在するのか、と思うくらい可愛い。
冷静に考えると「ちょっとそれはどうなんだろう?」と思う事柄やシーンでさえ、可愛く見える。まさに溺愛だ。
誰かが「庵野監督は滅茶苦茶モテる」って言っているのを聞いたとき、「意外だ」(失礼)と思ったけれど、この本を読むと確かにモテるだろうなと思った。
(引用元:「監督不行届」安野モヨコ 祥伝社)
「もう知らないからね」と言って、こんなん返されたら気絶するだろ。
一番好きな第拾話。
風邪を引いたカントクくんにロンパースが意地悪をするものの、結局心配になって家に帰る回。
(引用元:「監督不行届」安野モヨコ 祥伝社)
「いたいけさ」って強力な兵器だよな。
最初にこの二人の結婚を聞いたとき、「エヴァ」に代表される庵野秀明の世界観と「ハッピー・マニア」や「働きマン」、「花とみつばち」などに代表される安野モヨコの世界観がまったく噛み合わないけれど、作者同士はそうでもないのかなとけっこう不思議だった。
創作=作者そのものではないけれど、創ったものは間違いなくその人から出てきたものだろうから。
「エヴァ」にそれほど思い入れがなく、「ハッピー・マニア」が大好きで強く影響を受けた自分としては、安野モヨコが「庵野秀明の妻」としてのみ語られるのを見るたびに、割とモヤモヤしていた。
勝手な思いなのは百も承知だけれど、安野モヨコが誰かの妻ということを第一に語られるとは……と思っていた。
巻末の庵野秀明のインタビューを読むと、そういうことを誰よりも庵野秀明が分かっていたようだ。
『エヴァ』で自分が最後までできなかったことが嫁さんのマンガでは実現されていたんです。ホント、衝撃でした。(略)
自分よりも才能があると思うし、物書きとして尊敬できるからこうして一緒にいられるんだと思います。
(引用元:「監督不行届」安野モヨコ/庵野秀明 祥伝社)
二人の世界観の違いも安野モヨコの才能も、どこに凄みがあるかも庵野秀明が全部わかっているのを読んで、やっぱりすごい人なんだと改めて思った。
余り現実の作者の言葉と創作内のことを接続して考えるのは好きではないのだけれど、このインタビューだけを読むと、庵野秀明と「エヴァ」にとって、安野モヨコが「最初の他者」だったのかなとちょっと穿って見てしまう。
嫁さんは巷ではすごく気丈な女性というイメージが大きいと思いますが、本当のウチの嫁さんは、ものすごく繊細で脆く弱い女性なんですよ。(略)
だからこそ、自分の持てる仕事以外の時間は全て嫁さんに費やしたい。そのために結婚もしたし、全力で守りたいですね。この先もずっとです。
(引用元:「監督不行届」安野モヨコ/庵野秀明 祥伝社)
新婚の時とはいえ、こういうことを素で言えるのは凄いな。
「愛情とは何か」は人によって考えかたは様々だろうけれど、個人的には自分の持てるものをどれだけ相手に費やせるかだと思う。
恋愛で言うと、付き合いたてや新婚のときなど気持ちが高まっているときは、「リソースをどれだけ使うか」だと思うけれど、たぶんその先、関係性が長く続いたときは「相手のために、自分のスペースをどれだけ空けておけるか」ではと思う。
普段はお互い別の方角を向いていて別のことをしていて、ほったらかしで無駄に見えるスペースや備蓄品を、いざという時相手のために使えるものとして取っておく、みたいな感覚が自分の中では愛情だ。
恋愛や結婚に限らず、親でも兄弟でも友達でもそうだ。
そういう自分からすると、 「全力で守りたい」よりも「自分の持てる仕事以外の時間は全て嫁さんに費やしたい」のほうが強烈な愛情表現に思える。
趣味の欄に色々なものと並んで「嫁」と記載するのが、オタクにとっては最高の愛情表現かもしれない。
カントクくんこと庵野秀明みたいな人は、「人のためのスペース」を空けるのが人一倍大変なタイプに見える。(実際、部屋の片づけも大変そうだった)
それをロンパースこと安野モヨコのために一生懸命空けようとしている様子が愛だなあと思った。
片づけをし続けるカントクくんの姿と、その姿を見て「うちの子が世界で一番可愛い」と、終始言い続けるロンパースに癒され、「ごちそうさまでした」という感想に最終的にすべてが行き着いた。