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うさるの厨二病日記

生涯中二の着ぐるみが、本や漫画、ドラマなどについて好きも嫌いも全力で語ります。【ネタバレ前提です。注意してください】

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ニコ生で脱ぐ女の子の話を読んで思う「かりそめの承認」に騙される人々。

うさるごと 社会問題 黒々しく毒々しい本音

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先日「ニコ生などのネットで承認欲求を満たす少女について」という記事を読んだ。

5年くらい前の古い記事だ。現実で満たされない承認欲求を、ニコ生で男性視聴者から性的対象として見られることで満たそうとする女の子がいる、という内容だった。中には視聴者の言葉に応えて、脱いでしまう女の子までいるという話で読んでいて暗澹とした気持ちになった。

とにかく他人からの承認ならばどんな承認でも欲しくて、自分の性的部分のみを承認されて搾取されているにすぎないのに、そこにすがりつき相手の要求に自分がボロボロになるまで応えてしまう。現実でもよくある話だ。

「かりそめの承認問題」

この問題は今も昔も変わらず続いているし、物の豊かな時代が続く限り、永遠に続く問題だと思う。

 

「それで本人たちは承認欲求を満たしているからいいのだ」という意見を読んだ。

彼女たちが本当に求めているのは、「自分という唯一の存在」に対する承認だと思う。「自分の性的欲求に都合よく応えてくれる若い女の子の一人」という承認のされ方をしたいわけではない。

誰も自分のことを「唯一無二の存在」として認めて尊重してくれる人がいないから、自分の女性としての部分だけでも求めてくれる人の承認を求めざるえないに過ぎない。

 

話を優しく聞いてくれるから、押し売りでも家にあげて商品を買ってしまう年配の人、2001年に青森県で発覚した巨額の横領事件のように、相手に分を越えた金品を貢ぐ人の話もこれに通じると思う。

 

相手の目的が性的欲望や金であることは百も分かっているのに、本当の自分を認識してくれているのではないことが百も分かっているのに、「かりそめの承認」でもいいから求めてしまう。

 

「かりそめの承認」は麻薬に似ている。

使っているときには心地よく孤独や寂しさを忘れられても、効力が切れたときは地獄だ。使ったときの快感を知っているだけに、孤独や寂しさの耐性がさらに弱くなる。それはかりそめのものであり、行きつく先は無限の地獄だと分かっていても、どんどんそれに依存してしまう。

そういう人に「本人も承認欲求が満たされるからいいんだ」といいながら、相手から様々なものを搾取する人間には怒りを感じる。

イジメを受けている人間が殴られないために要求されるがままに金銭を差し出している事実を聞いて、「殴られないからいいじゃないか。本人も殴られるよりも、金を出すことを選んでいるんだ」というのに等しい。

 

「この世界で唯一無二、独特な存在として自分を認めて欲しい」

これはある程度豊かな社会で生きる人間なら、誰もが持っている欲求だと思う。

誰からも「自分自身」として認識されない人間は、肉体的には生きていても、社会的には死ぬことになる。生き死にの問題だからこそ、人は何としてでもそれを得ようとし、己の肉体も自尊心も心も金銭も差出し、それでも足りなければ他人を否定し、犯罪にまで走るのだ。

他人を攻撃し傷つければ、どれほどネガティブな反応でも、他人が自分に対して反応するからだ。

どんなにネガティブな反応よりも、無反応よりはマシなのだ。

誰からも「自分という存在」を認識してもらえなくなったとき、人は死ぬ。肉体的には生きていたとしても。

 

相手からもらっているものが「かりそめの承認」だと分かっていて、自分という存在を削ることによってそれにすがりつけばその後は地獄が待っている。

そういうことが分かっていてなおそれにすがりついてしまう人に対しては何もかけるべき言葉はない。

「そんなに自分自身を削らなくても、他のやり方があるんじゃないか。何もかもわかっているのに、なぜ自分で自分を騙すんだ」

そう思うのは、自分が恵まれているからに過ぎないのかもしれない。

 

ただこういう仕組みが分からずに、相手が自分に「かりそめの承認」を与えているにすぎないのに、「自分という存在を認めてくれている」と信じて、相手の要求に応えてしまう人には、本当に相手は「自分という存在」自体を認めて尊重してくれているのか、ということを見直してほしいと思う。

「自分という存在」を本当に尊重してくれる人は、「脱げ」だの「金銭」などの要求はしない。金銭などが目的ではなく、自分の自尊心を満たすために、相対した人間の自尊心を傷つけようとする人間も大勢いる。(モラハラはその典型だと思う。)

 

自尊心というものは一度深く傷つけられると、回復するのがかなり難しい。

ましてや相手の性的欲求に応えたり金銭を渡さなければ他人から「承認された」と感じない人が、それを自力で回復させるのは不可能に近い。

かけがえのない自分の心を、自分で守って欲しい。自尊心が低下しているからこそ、そういう罠にハマっているのだとしてもそれでも、自分がハマっているループの存在に気づいて欲しい。

「自分自身という存在」に、赤の他人から値札をつけさせるようなことは、どうかしないで欲しいと思う。

 

人はみんな「他人に認めて欲しい。理解して欲しい」という欲求を持っている。

しかし「自分をこう認めて欲しい。自分をこう理解して欲しい」と望む通りに他人から認め理解してもらえることなど本当に稀だ。

「認めて欲しい自分像」と「他人から理解された自分像」

この評価の乖離に人は苦しむ。

その苦しみにつけこむ人間も、世の中には大勢いる。

特にネットは自分を気軽にさらけ出しやすく、呼吸するように他人から傷つけられやすい。

ネットでは人の悪意や欲望が非常に可視化されやすいし、実際に形になることも多い。自分はネットのそういう部分も好きだけれど、何の自衛策もとらずに傷ついている人を見るたびにいたたまれない気持ちになる。

 

こんなことを言っている自分も、孤独になれば押し売りを家にあげ、なけなしの貯金をはたいて百万円の羽毛布団や壺を買うかもしれない。

他者からの承認を求めてニコ生で脱ぐ女の子は、自分より少しだけ孤独に近いだけで、同じ線上に立っているのに過ぎないのかもしれない。

人はみんな誰にも理解されない、自分だけの孤独を生きている。

彼女たちと自分の差は、それに気づいているかいないかだけなのかもしれない。

 

補足

自分の中で「銀と金」は神威編で終わっているのだが、競馬編で唯一共感し面白いと思ったのは、銀二のこの言葉だ。

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(引用元:「銀と金」8巻 福本伸行 双葉社)

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 (引用元:「銀と金」8巻 福本伸行 双葉社)

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 (引用元:「銀と金」8巻 福本伸行 双葉社)

 

福本伸行は、本当にイヤになるくらい人間というものをよく知っているなあと読むたびに思う。

 

承認をめぐる病

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「認められたい」の正体 承認不安の時代 (講談社現代新書)

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