うさるの厨二病な読書日記

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【小説感想】高橋克彦「炎立つ」は、「この歴史の先に現代がある」ことを実感させてくれた。

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高橋克彦の「炎立つ」全5巻を読み終わった。

炎立つ 全5冊合本版 (講談社文庫)

炎立つ 全5冊合本版 (講談社文庫)

  • 作者:高橋克彦
  • 発売日: 2017/08/18
  • メディア: Kindle版
 

 

傑作と名高いのもうなずける。

すごい話だった。

 

「炎立つ」は、異なる年代の主人公三人の話を通して、奥州藤原氏の勃興から滅亡までの百五十年近い歴史を描いている。

 

一巻~三巻は奥州藤原氏の祖である藤原経清の主人公にして、陸奥で権勢を誇った阿倍氏と縁を結び、朝廷の将軍である源頼義・義家親子と戦う前九年の役が描かれている。

四巻は、経清の遺児で敵方の清原氏の養子として育てられた清衡が主人公になる。清原氏の一族内の争いである後三年の役で勝利し、奥州藤原氏の初代となる。

五巻は歴史上よく知られている源義経をかくまうことで頼朝により滅ぼされた奥州藤原氏の末路を、最後の当主・泰衡の視点で描いている。

 

この三部は三部とも甲乙つけがたいくらい面白いうえに、それぞれがまったく別の面白さを持っている。

一部は、誰もが真の武士、快男児と認める主人公・経清と彼の義兄であり盟友でもある阿倍貞任、敵役でありながら彼らを「理想とする武士」として慕う源義家の三人が繰り広げる、熱い友情と戦いの物語だ。

少年漫画的なドストレートな悲劇の英雄譚で、話も戦がメインになっている。

二部では一転して、血なまぐさい一族内の争いになる。

主人公の清衡は、一部で阿倍氏を裏切り台頭した清原氏で養子として育てられる。そのために一部とは真逆の、耐え続ける物語になる。

ストーリーの性質上、二部の主人公清衡は、父の経清や伯父の貞任とは違い、どこか達観した物静かな性格をしている。

三部は阿倍氏や清衡が夢見たように、奥州は都にも負けない栄華を誇る場所になる。巨大な力を持つからこそ、奥州は時代の変わり目にどうふるまうべきか、どの道を行くべきか問われる。

一部からの課題である「蝦夷はどう生きるべきか」から始まる「蝦夷とは何なのか」という自己探求的な話になっている。

 

一部、二部、三部とまったく別のジャンルの話だが、「蝦夷」「奥州の歴史」でつながっている。一部で語られたことが二部、三部で生き、一部の影響を受けた二部が三部に影響している。

一巻プロローグで

阿倍頼良。

それが炎の中心に立つ男である。

この男が燃やした炎は、これから先、百三十年の永きにわたって陸奥を光の国とした。

 (引用元:「炎立つ壱 北の埋み火」 高橋克彦 講談社 P10)

生まれた炎が、泰衡まで受け継がれ、その「蝦夷」という炎を守るためにこそ奥州藤原氏は滅びの道を選んだ、というラストは腰が砕けるほど感動的だった。

 

「炎立つ」は、登場人物たちの人間性が複雑で魅力的だ。

「他人から見ると矛盾しているように見えても、その人間の中では矛盾せず一貫している法則性が『人格』だ」

ということをこの話ほどうまく見せている話は、なかなか見ない。

 

登場人物たちが個人としての自分を離れた、世界を俯瞰する視点を持っているところも人物や物語に深みを与えている。

 

一部の主人公・経清は、どんな手を使っても阿倍氏を戦に引きずり出そうとする源頼義の卑劣さに憤りを感じている反面、「頼義」という事象が朝廷や武士にとってどういう意味を持つかを、冷静に考えている。

「人(武士)が自己を託せる場」となり「朝廷」という幻想を打ち砕き支配体制を変えうる可能性としての「頼義」に、朝廷は怯えを感じている。頼義本人だけがそのことに気づかず、朝廷という体制の中での出世を夢見ている。

経清はその構図に気づき、そのことから人が支配者としていただく「朝廷」の本質とは何なのかにまで考えを及ばせている。

 

また第三部では国衡が「炎立つ」全体を通して「奥州の敵役」であった源氏を、

一人源氏だけがいつも我らを敵とする。つまり我らを同等のものと見倣しておるからだ。蝦夷を恐れしは世に源氏ばかり。(略)

源義家を先祖らが慕ったのはそれぞ。

敵ではあるが、義家は蝦夷と本気でやり合った男。それが先祖らにも嬉しかったのに違いない。

 (引用元:「炎立つ伍 光彩楽土」 高橋克彦 講談社 P372-373 太字は引用者)

こう語っている。

 

一部では源頼義が自分の野望のために阿倍氏を戦に引っ張り出そうとし、三部では源頼朝が自分たちの領土と民の安心を守ろうとするだけの陸奥を何が何でも滅ぼそうとする。

「源氏はなぜ、平和に暮らしているだけの蝦夷をそれほど憎むのか」

一部からたびたび出てくる疑問に、百五十年後の滅亡の間際に国衡が答えを出す。

「人外の者」と都ではただただ蔑みと軽侮の対象だった「蝦夷」を、源氏だけが対等の相手、放っておくことができない脅威と見ていた。

だから百五十年のあいだ、ずっと戦い続けてきたのだ。

人が他人との関係の中で「自分とは何なのか」を知るのだとしたら、源氏ほど「蝦夷とは何なのか」を蝦夷に語り続けた者はいない。

 

さらにうならされたのは、源氏が奥州藤原氏を滅ぼしたのは、その政治システムを奪うためだったという解釈だ。

平氏がああいう政策しかとれなかったことへの不思議さも。(略)

そこに何百年も続いた公家政治の凄さがあるのだと気付くまで時間がかかった。この公家政治から脱却するには武力だけでは果たされない。(略)

どこで頼朝はそのアイデアを得たのだろうか? 平泉に違いないと私は確信した。

平泉の民は蝦夷と呼ばれ、蔑まれていたことで公家政治の外側に追いやられていた。それが逆に公家政治とはまったく異なる政のシステムを完成させることに成功したのである。

 (引用元:「炎立つ伍 光彩楽土」余滴より 高橋克彦 講談社 P398-399 太字は引用者)

 

史実としてどこまで妥当な説なのかはわからないが、発想としてすごい。

この説自体も面白いが、それが「なぜ、頼朝があれほど執拗に奥州を滅ぼそうとしたのか」という話にうまく組み込まれている。

しかも「奥州が生んだ政治システムが、鎌倉幕府という支配体制の中で生き続けた」と考えると、国衡の「蝦夷を真に認めていたのは源氏だ」という言葉や、「奥州藤原氏は滅んでも、蝦夷の炎は人々の血肉の中に生き続ける」という言葉とつながり実証され続けていることになる。

 

自分が「炎立つ」という話で最もすごいと思ったのは、物語上に放射上に広がり、そして直線上に後世に届く、その射程の永さと広大さだ。

奥州藤原氏という国が滅んでも、百五十年の歴史が次の世の中につながり、現代にまで届く、すさまじく射程が長い話なのだ。

そしてそうやって俯瞰した長いまなざしを持ちながら、登場人物たちは決して「歴史をすべて知っている現代の人間の代弁者」でも「神視点」でもない。

主人公サイドも敵役サイドも、人間としての小ささや無力さを持っていて、この時代を右往左往して誰かを愛して憎んで悩んで必死に生きている。

何が正しいのかわからず、何でこうなってしまったのかわからず、それでもその場の状況で最善と考える道を信じて生きてきた。

 

五巻まで読んで、一巻から語られ、ずっと登場人物たちが迷いながら自問自答してきた「蝦夷とは何なのか」ということがわかる。

「蝦夷」とは、彼らが迷いながら刻んできた生きざまそのものなのだ。その生きざまが歴史となって積み重なって、その地に生きる人の血肉になり受け継がれていく。

だから表層上滅んでも、そこで人々が生きてその歴史を忘れない限り「蝦夷の炎」は失われることはない。

現代の東北の地でも、経清、貞任、清衡、秀衡、泰衡が夢見て守った「蝦夷」は生き続けている。

それを現代で生きている自分たちが、「確かに受け取った」と答える話なのだ。

 

「過去」でも「お話」でもなく、自分自身の「血肉」としての歴史を実感させてくれる。 こういう歴史小説はなかなかない。

こういう人たちが歴史のそこかしこで生きていて、未来の自分たちに「少しでも何かがつながったら」ともしかしたら本当に思っていたのかもしれない、そう思わせてくれる話だった。

 

こまごました話

とにかくそのすごさを語りだすと止まらないくらいすごい話だが、欲を言えば不満も少しある。

主人公サイド、一部の経清と三部の泰衡は欠点があまりなく「立派」すぎて物足りなかった。

主人公では、清衡が一番好きだった。「暗く耐える」という展開も面白かった。

作者は清衡がよくわからず書くのが大変だった、とあとがきに書いているので好みが真逆なのかもしれない。

 

敵役サイドでは、一部の頼義と三部の頼朝が良かった。頼朝がよく「それでは人ではない」と言われていたが、自分が頼朝の立場でもそう考えると思うことが多かったのでちょっとショックだった。

ただそういう「明らかに価値観が違うし、考え方もよくわからない」という人物も、生きた人間として魅力的に描かれている。

姫神 ゴールデン☆ベスト

姫神 ゴールデン☆ベスト

  • アーティスト:姫神
  • 発売日: 2011/05/18
  • メディア: CD
 

 「炎立つ」を読もうと思ったきっかけは、久しぶりに「大地燃ゆ~秀衡のテーマ~」を聴いたから。

読んだあとに聴くとさらに感動的だ。

 

 「人は他人との関係の中で『自分は何者なのか』を知る」と「射程の永さ」で思い出すのは、「さよならの朝に約束の花を飾ろう」。

引き算が上手い点も似ている。

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