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うさるの厨二病な読書日記

生涯中二の着ぐるみが、本や漫画、ドラマなどについて好きも嫌いも全力で語ります。【ネタバレ前提です。注意してください】

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【プロフェッショナル 仕事の流儀】知床・伝説の猟師 久保俊治「独り、山の王者に挑む」の感想

 

2017年4月17日(月)に放送された「プロフェッショナル仕事の流儀・知床伝説の猟師 久保俊治」の感想です。

www.nhk.or.jp

  

知床の伝説の猟師

久保俊治は、知床半島で独りで40年間にわたってヒグマや鹿を獲っている猟師だ。

番組の冒頭の紹介を聞いて見たことがあると思ったら、情熱大陸でもとりあげられたことがある。

奥さんは亡くなっていて、二人の娘も独立していて、周りに一軒も家のない広大な山奥?で現在は独り暮らしをしている。

 

知床を旅行して感じたこと

昨年の8月に知床旅行に行ったのだけれど、とても美しくいいところだった。

www.saiusaruzzz.com

最果ての地というイメージだったので、不便なのかと思いきや、思ったよりは便利な場所だった。ウトロにはセブンイレブン、羅臼には北海道でおなじみのセイコーマートがあった。

ちなみにウトロのセブンイレブンには、過去に二度、ヒグマが出没したらしい。すごい場所だ。

 

知床で一番感じたのは、この地で生活している人は、「人間も自然の中の一部」という感覚を当たり前のように持っているということだ。

ヒグマと人間が対立するようなことがあれば、現代社会の建前として最終的には人命優先にならざるえない。できうる限りそのような事態を避けるために、「ゴミは絶対に持ち帰ってくれ。ましてやエサを置いていくなど言語同断」ということが、言葉でも文字でも口を酸っぱくして語られている。

 

自然の中で生きる哲学

「プロフェッショナル」の中で印象的だったのが、久保の娘の深雪さんが「もし、ヒグマ猟で死んだら、それは勝負に負けた、人間のほうが弱かったということだから仕方ない」ということを当然のことのように語っていたことだ。

本来は自然というものはそういうものであり、久保親子だけではなく、知床に生きている人は本音としてはそう思っているのでは、ということを感じた。別に直接、聞いたわけではないけれど。

生きるためには狩りをしたり獲物をとったりしなければならず、自然の中で迂闊だったり弱ったりすれば本来はやられるのが当然なのだ。だから全神経を集中させて、生きる方法を常に探らなくてはならない。

久保はそういう哲学で生きている人なのだろう。

 

番組中も、猟に同行した際、スタッフのちょっとした不注意にも声を荒げていた。

熊が気配を消したら、一メートルしか離れていなくても人間には気づけないという。それほど野生の能力に差があれば、些細なミスが命とりになる。

「猟をするとき、自然の中で異質であってはならない」

一瞬でも殺気を消すことを怠れば、やられるかもしれない、

漫画でしか見たことがないような世界だが、久保の独自の哲学は、そういった厳しい戦いを生き抜いた経験から生まれたものなのだろう。

 

自分の命を天秤にかけて、自然の中で戦う。

猟師と言えば、

「銀牙 -流れ星銀ー」竹田五兵衛や「ゴールデン・カムイ」二瓶鉄三、「羆嵐」山岡銀四郎などが思い浮かぶ。

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(引用元:「銀牙ー流れ星銀ー」高橋よしひろ 集英社)

「ゴールデンカムイ」の中で二瓶が「熊撃ちは犬を連れて単独で動く」と言っていたが、そういえば全員単独で猟をする。

そして全員、人当たりがきつく偏屈と言われている。口数が少なく(二瓶はおしゃべりだが)言葉ではなく、行動で自分の生き方や哲学を語る。

久保も番組の中で「若干、気難しい」と語られており、姿も含めて自分がフィクションで見てきた「熊撃ち猟師」そのものだった。

 

銃を持っているとはいえ、羆との戦いは決して人間が有利ではない。

彼らは人間である自分の命のほうが、羆と比べて尊い、優先されるべきだなどと恐らく微塵も思っておらず、自然という対等の舞台でお互いに命を天秤にかけて戦っているにすぎない。

自分が生きる(食べる)ために闘いを挑み、勝てば食う。負ければ死ぬ。(食われる)

そういう自然の摂理の中で、当たり前のように動物たちと生きている。

 

自然の中で生きられないのであれば、せめて邪魔はしない。

久保は何度か「猟をするなんて、動物がかわいそうと思わないのか」と言われたことがあるらしい。

多弁な人ではないので不器用な言葉で言い返していたが、こういう生き方をしている人に対してそういうことを言える人間がいる、という事実に驚く。

 

「動物がかわいそう」と、当たり前のように「自分たち人間は、常に殺す側であり食べる側だ」と考える傲慢さ。自分たちは動物と対等の存在であり、殺す側であり殺される側でもある、という発想が抜け落ちている。動物に相対して殺されそうになった瞬間に、「あいつらを殺せ」と誰かに頼むのだろう。たぶん「動物がかわいそうとは思わないのか」と言った熊撃ちたちに。

「負ければ自分が死ぬ。そしてそれが当然なのだ」という価値観で厳しい自然の中で生きている人間とは、生きている世界が違う。

 

逆に三毛別の事件のように、常に「殺されるかもしれない側」としてヒグマの脅威を感じながら生きる人にとっては、「それが自然の摂理なのだから」という言葉は余りに残酷すぎるとは感じる。

 

他人に殺してもらい、処理してもらった生き物を食べて生きている、自然の中で生き抜く術を持たない身としては、都会の中でひっそりと暮らし、自分にできる限りの方法で自然を守りながら、厳しい摂理の中で生きる生き物たちの闘争を邪魔せず見守るしかない。

 

関連書籍

羆撃ち (小学館文庫)

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銀牙 文庫版 コミック 全10巻完結セット (集英社文庫―コミック版)

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いま読むと、初期の五兵衛や大介たち人間が活躍していたころも面白い。

 

 

羆嵐 (新潮文庫)

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